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「ヤベェ本」2万RTで異例の重版、「有職装束大全」が絵師のハートをつかんだ理由

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2019年10月21日 07:02  ITmedia NEWS

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ITmedia NEWS

写真有職装束大全では、即位の礼に関連した装束の法令や決まり事も解説している
有職装束大全では、即位の礼に関連した装束の法令や決まり事も解説している

 「ヤベェ本を買ったぞ……」



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 たった一つのツイートをきっかけに、創業100年を超える老舗出版社でちょっとした騒動が起きた。



 この「ヤベェ本」とは、平凡社が出版する学術書「有職装束大全」のことだ。日本に伝わる有職装束研究の第一人者である八條忠基さんが執筆した全320ページの大作で、2018年6月の発売以来、装束研究者を中心に高い評価を得ている。初刷は3000部で在庫はじわじわ減っていき、19年9月時点では数百部が残る程度だったという。



 9月21日に冒頭のツイートが投稿されると、その状況が一変した。



 同書を購入したrobinさんが「ヤベェ本を買ったぞ…」と有職装束大全の魅力をTwitterで紹介。この投稿は2万8000件以上のリツイートと6万3000件以上のいいねがつくほど拡散され、3連休明けの24日には日本全国の書店から大量の問い合わせが平凡社に押し寄せ、数百部あった在庫が一瞬でなくなった。Twitterがきっかけで重版が決定するという、学術専門書籍としては異例の事態に、平凡社の社員は大いに驚いたという。重版が決定したのは、21日のツイートから4日後、わずか2営業日後のことだった。



 異例の重版が決まった現場で、一体何が起きていたのか。また、伝統的な装束文化に多くのイラストレーター(絵師)がTwitter上で関心を寄せたのはなぜなのか。有職装束大全の内容とその魅力から、天皇陛下が即位を内外に宣言する「即位の礼」(22日から)の注目ポイントまで含め、著者の八條忠基さんと平凡社の清田康晃さん(営業部 販売1課)、竹内清乃さん(編集2課長 「別冊太陽」編集長)に聞いた。



(編集:ITmedia村上)



●Twitterで異例の重版 「これまでにないスピード」に驚き



──Twitterの投稿をきっかけに、有職装束大全の重版が決まりました。



八條忠基さん(以下八條さん) あれよあれよという間に重版が決まりました。表向きには「特殊な本なので重版に驚きました」と言っていますが、実をいうと私はそれほど特殊な本だと思っておらず、2年以内には重版するだろうという自信がありました。14年前に出した本(注1)も最終的に5刷りまで版を重ねています。需要はあるわけです。ただ、その販売先は個人というより図書館になります。中学校以上の学校図書館や自治体の図書館など全国でかなりの数になります(注2)。それぞれに1冊ずつ所蔵してもらうだけでも重版になるという見立てはありました。



注1:2005年に誠文堂新光社から出版した「素晴らしい装束の世界−いまに生きる千年のファッション」



注2:図書館調査事業委員会の2018年度の調査資料によると、公共図書館の数は3000以上、大学図書館の数は1300以上。2018年度の文部科学省・学校基本調査によると、中学校と高校の数(学校図書館の数)は合わせて1万5000校以上



清田さん 図書館需要は手堅く有職装束大全の販売も順調で、発売後1年から1年半ほどで重版する予定でした。ただ、今回の件で重版のタイミングが早くなったというのはあります。



竹内さん 私はネットの盛り上がりのスピードが速いことにびっくりしましたし、この本を「ヤベェ本」と表現する言葉のセンスにも驚きましたね。



──予定より早いタイミングでの重版に迷いはありませんでしたか。



清田さん いずれは重版する予定だったので、迷いはありませんでした。やるんだったら、ツイートが盛り上がっているタイミングですぐ重版しようと決断しました。15日には刷り上がり、16日午後から全国の書店に順次並ぶ予定です(取材日は10月11日)。併せて、ネット書店にも在庫を送ります。通常は重版作業に3〜4週間かかりますが、今回はスピーディーに進みました。ツイートが21日で、問い合わせの電話が掛かってきたのが24日。25日には重版を決定しました。



──書店からの問い合わせが殺到したと聞きました。24日の社内はどのような状況だったのでしょうか。



清田さん 書店からの問い合わせを受ける部署から、「何かいつもより注文が多いんですけど」と報告されました。でも、こちらもよく分からないんですね。広告も出していないし販促のツイートもしていなかったので。こういうことはこれまでもあったのでSNSが原因だろうとは思っていたのですが、robinさんのツイートには書名が書かれていなかったので、検索しても分かりませんでした。



八條さん 私も最初はTwitterをやっていなかったので、よく分かりませんでした。そのうち弟子の何人かが「こんなもの(ツイート)がありましたよ」と教えてくれたんです。



清田さん 竹内が「こんなツイートを見つけた」と言ってきたのが翌日。それまでは、何が起きているのか全然分からなかったです。でも、これってバズるツイートのセオリーですよね。著者名もタイトルも出版社名もない、宣伝にならない内容で。販売する側が読ませようとするツイートはバズりません。いちユーザーが自分たちに引き寄せて「こんなに便利な本がある」と言ってくれるのが、いまバズるツイートの“型”だなと思います。



 出版社や著者のツイートがバズることは、そうないんです。やはり、読者のツイートが一番影響力が大きい。創作畑の人のツイートは強いですよね。創作畑の人は情報収集に意欲があり、お金もかけている。有職装束大全の価格は税別で6800円ですが、それでもみなさんどんどん買っています。



──図書館需要は手堅いという話ですが、どれくらい数が出るものなのでしょう。



清田さん 有職装束大全は初刷りが3000部で、その半分以上は図書館で購入されています。書店の外商部が直接図書館に案内するんです。有職装束大全は資料性が高く、図書館が予算を使うタイミングに合わせて順調に販売を重ねていました。



──ということは、有職装束大全で個人向けの需要はあまり想定していなかったのでしょうか。



八條さん (質問の途中で勢いよく)いえ、個人も買うと思っていましたよ! 今回関心を持ってくれた人たちの需要は絶対あると考えていました。私も、そのような人たちとのお付き合いはたくさんありまして、彼らは絶対に欲しいだろうなと。



●「絶対ある」と思っていた個人クリエイター需要



──八條先生は、個人創作者の需要を最初から想定されていたんですね。



八條さん イラストレーターというか、ものづくりの人たちに、この本はいいと思います。彼らはちゃんとした絵を描きたいと思っています。“本物”が何なのかを分かりやすくビジュアルで書いた本はこれまでなかったので、需要は絶対あると思っていました。



 映画やドラマだとイメージが優先されてしまいがちですが、正しいことを知っているとできるものが違ってきます。例えば、とある歴史解説番組で平清盛の継室で後に尼となる平時子――尼になると「二位尼」と呼ばれますが、その人を取り上げた回で、私は衣装の色について番組スタッフに助言しました。しかし、番組では私の助言が生かされず、例えば袴の色は派手な赤のままでした。



 実際には、喪に服した尼が着用する袴の色は淡い橙の「萱草(かんぞう)色」が正しいのです。その後、同じ番組で和泉式部を取り上げたとき、喪に服した場面で袴の色は萱草色、袿(うちぎ)は鈍色(にびいろ)になっていて、作法通りでした。すごく美しかったですし、喪に服しているのが画面から伝わってきました。これならきっと、作法が分からない人にも雰囲気は分かってもらえると思うんです。そういうところは侮ってはいけません。



──クリエイターは本物を求めているんですね。編集部では、そのような個人の需要を想定していましたか。



竹内さん 編集部は、そのような個人の需要を把握していませんでした。しかし、有職装束大全は平凡社が重視しているリファレンス書籍として非常にいい仕上がりになったという自信はありましたね。ただ、価格が高いので、個人の購入は相当な専門知識を必要とする人に限られるのではないかと考えていました。



八條さん robinさんのツイートで、有職装束大全の巻末に載せた資料集を「えぐい(誉めている)」と紹介しているのを見て、「あぁ、分かってらっしゃる」と思いましたね。あの原文を記載しているかいないかで、有職装束大全の価値はだいぶ違ってきます(注3)。



注3:通常、リファレンス文献の最後には参考文献のリストを掲載する。しかし、有職装束大全の巻末には参考文献のタイトルのみならず、装束関係の内容を記述した原文の一部も記載している



──なぜ、元資料の原文を収録しようと思ったのですか。



八條さん 理由は2つあります。1つは、参考文献リストでタイトルと記載場所を書いたとしても、原書が入手できなければ調べようがないからです。なので、本書に参考資料の原文を収録すれば、資料としての価値が一気に高まります。有職装束大全は、アニメイラストを模写する中学生から研究者まで広く使える資料にしたかったのです。そうなると、原文を収録する必要がありました。



 2つ目は、「著者の言いっぱなし」にしたくなかったからです。原文を収録することで、読者が本書の信ぴょう性を検証できるようにしたかった。また、自分が知っている知識だけで真偽を判断する人も少なからずいますが、そのような方も原文に当たった上で真偽を判断できるようになります。



竹内さん 編集部としては、通常通り参考資料のタイトルと記載場所のリストでいいと考えていました。原文まで収録するケースは今まで見たことがありません。



八條さん 私のほうで押し切りましたね。本当はあの十倍の内容を収録したいと考えていました。自分でも20年以上かけて装束に関する文献を独自にデジタルデータ化してまとめています。



●SNSでバズるとネット書店が動く



──平凡社として、今回の件で新しい知見を得ることはできましたか。



清田さん これまでも参考になるような情報をSNSに投稿すると、創作者の皆さんは強く反応していました。例えば「ゲイ短編小説集」(1999年12月出版)などは、SNSの反応がきっかけで重版になっています。



 営業の仕事は、その本を求めている人に届けることです。有職装束大全は、書店では茶道や着物の棚に並ぶのですが、コミック作者向けに販売したいと思えば、作画資料の棚に並べてもらうようにお願いしたりします。創作する人はその世界観をどれだけ細かく正確に描くかを大切にされるので、そのために有職装束大全を使ってもらえればと。



竹内さん 編集部としては、同人作家などの個人に対する需要については、まだ追い付けていないというのが正直なところかもしれません。ですので、robinさんのツイートが2万リツイートされたのがまず驚きですし、それが一瞬のうちに出た数字というのにも驚きました。これまで編集部でSNSを使うことは少なかったですが、今回の件でだいぶ意識は変わりました。若い編集者は個人的にSNSを利用して企画のための情報を収集したりしています。



清田さん 平凡社の本で、これほど多くのリツイートがあったのは初めてのことです。それほどまでに話題になっていることを把握できたことに加えて、ネット書店を始めとした書店さんからの問い合わせや注文が数多く来たことから確信を深め、いつもより多めに重版しました。



竹内さん 営業部がこんなに早く動いたのは初めてのことかもしれません。



──書店の在庫がなかったり、図書館も貸し出し中の所が多いです。特にAmazonなどネット書店の反響がいつもより大きかったと聞いていますが。



清田さん 通常、ネット書店にはあまり在庫を置かないのですが、今回はネット書店からの注文がリアルの書店と比べて圧倒的に多かったです。Twitterで話題になるとネット書店の問い合わせが多くなるという傾向は、前からありました。特に創作者層に響くと皆さんネット書店から購入されます。一方で、ネット書店での反響をリアル書店にも拡大していくことが重要になります。



──これほど多くの人が有職装束大全に関心を持った理由について、どう分析されていますか。



八條さん 個人の創作者の皆さんや平安時代の文化を好む人たちに関心を持ってもらえるというのは、最初から予想していました。ですから、知ってもらえれば買ってもらえるだろうと。今回、影響力のある方にSNSで言及してもらったことで、多くの創作者や平安文化を好む人に知ってもらうことができたと考えています。



●平安時代の楽しみ方と「即位の礼」



──平安時代の文化と一口にいっても幅があります。なぜ装束に着目されたのでしょうか。



八條さん 衣食住は多くの人が興味を持つものです。例えば、平安時代の食文化をまとめた本を作っても、多くの人が関心を持つでしょう。加えて、文学の理解には衣食住の理解が欠かせません。紫式部は「源氏物語」を現代小説として書いていましたが、現代になって私たちが当時の衣食住の知識なしに読んでもその内容を理解できないのです。特に紫式部などが活躍した平安中期から後期(西暦900年から1000年前後)は、奈良時代からの唐文化の影響と日本人の感性が合致した平安文化がピークを迎えます。平和が続き、女性が文化の面で台頭した世界でも珍しい時期でもありました。



──平安時代は約400年にわたります。有職装束大全をきっかけに平安時代の文化に関心を持った人は、まずはどこに着目するといいでしょうか。



八條さん やはり、紫式部が活躍した時代(西暦1000年前後)ですね。それ以前はあまり記録が残っていないので。まずは、見た目がきれいな女性の装束から入っていくのがいいでしょう。女性の装束はある程度自由だったのに対して、男性の装束は法令できっちり定められていました。分かりやすいのですが、自由度が少なくて面白くない面もあります。例えば、束帯は位によって色が変わりますが、形は同じです。太刀を帯びるときに着用する平緒は現代でいうネクタイみたいなもので、個人が自由なデザインを身に着けることができました。



──有職装束大全はボリュームのある本ですが、どこから読めばいいですか。



八條さん やはり第一章にある「装束の歴史」を最初に読んでいただきたいです。その後は、興味のある項目から読んでいたければと。装束は歴史が進むにつれて簡略化していくのですが、その流れを把握してもらいたいですね。



──装束の入門として良い機会ともいえる「即位の礼」が22日に始まります。有職装束大全も「即位の礼」の解説に1章分丸々使っていますね。



八條さん 即位の礼は、奈良時代から江戸時代末期の孝明天皇まで途絶えることなく同じ形式で執り行われていました。明治即位の礼で、まず大きく変わり、大正即位の礼から、(皇室令の1つ「登極令」にて)定められた形式で執り行われています。即位の礼では、そのときにしか見ることができない貴重な装束を身につけます。男性皇族の束帯も、女性皇族の五衣唐衣裳も、即位の礼とご成婚でしか着用しないので、本書でも1章を使って解説しています。即位の礼はテレビでも中継があると思いますが、そのとき、有職装束大全が手元にあるとより興味深く見ることができるはずです。



 即位の礼では、天皇は黄櫨染(こうろぜん)の御袍を、皇太子は黄丹(おうに)の袍を着用することがしきたりとして決まっていますが、皇后と皇太子妃はお好みの色と柄の五衣唐衣裳(十二単)を新調されます。このとき、唐衣(注4)や表衣(注5)にあしらう文様や襲色目(かさねいろめ:内側に着用する5枚の五衣と単衣の6色で構成する襟元や裾におけるカラーコーディネート)がどのようになるのかは注目したいポイントです。



注4:とうい:五衣唐衣裳で一番外側に着るジャケットのようなもの



注5:うわぎ:唐衣の下に着る



──今回の盛り上がりをきっかけに、過去作の復刻や新しい企画の話も持ち上がったみたいですね。



八條さん マール社から発売された「平安文様素材CD-ROM」(2009年)は絶版状態でしたが、今回の件でダウンロード形式と紙の書籍での復刻がそれぞれ決まりました。また、有職の色彩や、有職文様に関する書籍を新しく執筆する予定です。


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  • ��������Ĵ�٤���
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  • よく考えてもみよう。千年後になっても、「素晴らしい」と注目される衣装デザインなんですよ、コレ。
    • イイネ!60
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