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文武両道、医師への夢=東京五輪後に再挑戦−ラグビーW杯・福岡選手

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2019年10月21日 07:31  時事通信社

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時事通信社

写真小学校時代の福岡堅樹選手(家族提供)
小学校時代の福岡堅樹選手(家族提供)
 ラグビーワールドカップ(W杯)1次リーグで3試合連続のトライを決め、初の決勝トーナメント進出に大きく貢献した日本代表の福岡堅樹選手(27)。ベスト8という日本ラグビー界の悲願を実現させた福岡選手は、2020年東京五輪後は一線を退き、医師というもう一つの夢に挑むことを公言している。

 福岡選手がラグビーを始めたのは5歳の時、父綱二郎さん(61)に地元のスクールへ連れて行かれたのがきっかけだった。当時から快足で、「駆けっこは断トツで1番。その頃から自然と前傾姿勢で走っていた」(綱二郎さん)。

 関心は多岐にわたり、水泳や習字、ピアノも習った。小学5年から中学3年までは学習塾で勉強に励み、学校の成績はトップクラス。進学校の福岡県立福岡高校に進学するとラグビーに熱中し、全国大会出場も果たした。

 福岡選手の祖父は開業医。自身も歯科医の綱二郎さんは「小さい頃からじいちゃんばあちゃんに医者になれと言われ、なんとなく頭にあったと思う」と話す。進路が具体化したのは高校時代。2度にわたり膝に大けがをした際、治療を受けた医師との出会いが大きな影響を与えた。

 ラグビーと医師への道の両立を目指し、1年間の浪人生活を経て筑波大の医学専門学群に挑戦したが、願いはかなわなかった。「一番後悔しない道を選べ」。綱二郎さんの助言に福岡選手が出した答えは「医師はラグビーを辞めてからでもなれる。今はラグビーがしたい」だった。同大情報学群に進学、2年時に日本代表へ初選出され、前回W杯にも出場を果たした。

 2016年リオデジャネイロ五輪のニュージーランド戦。僅差のリードで終盤を迎えた日本だが、終了間際にディフェンスを突破された。トライで逆転負けのピンチを救ったのは、快足を生かして相手選手にタックルした福岡選手だった。当時のヘッドコーチ瀬川智広さん(48)は「あれは福岡じゃないと追い付いていない」と振り返る。

 今でも時間があれば勉強を続ける福岡選手。「これだけラグビーをやって、まだ医者を目指すというのはすごいと思う。僕はたぶんできないな」。綱二郎さんはわが子に敬意を払う。 

中学校時代の福岡堅樹選手(家族提供)
中学校時代の福岡堅樹選手(家族提供)

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  • 医者の道に進むより、ラグビーの道に進んだほうが大成しますよ。(-.- )y-.,☆
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