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バイエルン&ドイツ代表を「結果の出るニュースター」がけん引する

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2019年10月22日 06:52  webスポルティーバ

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 10月1日の欧州チャンピオンズリーグ第2節。この大会昨シーズン準優勝のトットナムを相手に、敵地ロンドンで7−2という衝撃的な結果で大勝したバイエルン。その試合の中心には、ドイツ代表のセルジュ・ニャブリがいた。左ウイングとして先発出場したニャブリが挙げた4得点は、それぞれバリエーション豊富で、前線の選手としてプレーの幅広さを示した。

 後半8分、スピードに乗ったドリブルから左サイドを突破すると、そのまま持ち込んでチームの3点目となるシュートを決めた。後半38分の自身の3得点目では、左サイドからのフリーランニングで相手DFラインの裏を破り、冷静に右隅に流し込んだ。試合終盤には、精度の高いミドルシュートで自身の4得点目を挙げた。

 この決定力、そして得点パターンの豊富さは、ドイツ代表ではさらに際立つ。前線の選手のポジションが流動的なドイツ代表にとって、1トップとしても、ウイングやトップ下としてもプレーできるニャブリは貴重な存在だ。

 2018年10月のフランス戦で定位置を確保すると、この試合以降の出場した9試合で7得点とエースとしての活躍を見せている。ドイツ代表のヨアヒム・レーヴ監督も、9月のオランダ戦前に「セルジュ(ニャブリ)は、常にプレーする」と発言。現在、不動の地位を築きつつある。

 ニャブリは、コートジボワール人の父とドイツ人の母の間に生まれた。シュツットガルト近郊で育ち、岡崎慎司や酒井高徳、浅野拓磨らが所属したシュツットガルトの下部組織に入団すると、15歳になる頃には欧州中のスカウトの目に留まるほどの成長を見せた。

 数あるオファーの中から、16歳のニャブリはイングランドのアーセナルへの移籍を選択する。ドイツメディア『SPOX』で、ニャブリは「(当時監督だった)アーセン・ベンゲルが率いるアーセナルが、『僕を欲しい』と言ってきたら、それは大きなチャンスだ。ベンゲル監督が若手にチャンスを与えることは、よく知られていたからね」と当時を振り返る。

 だが、2011年の夏に渡ったイングランドでは、思うような出場機会を得ることができなかった。アーセナルでは、もっぱらU−23のリザーブリーグに招集され、プレミアリーグでの出場は、ケガも重なり、4年間通算でわずか471分にとどまった。

 2015−16シーズンにはウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンにレンタルに出されてしまうが、そこでも思うように出場機会を掴むことはなかった。英国人トニー・ピュリス監督の好みには合わず、わずか1試合の出場にとどまった。

 キャリアの上では大きな成功を収めることができなかったものの、アーセナルでの4年間に後悔はない。「イングランドで過ごした時間は、僕を磨き上げてくれた。もし、人生をやり直せるとしても、同じ決断をするだろうね」と、当時アーセナルに所属していたルーカス・ポドルスキ、メスト・エジル、ペア・メルテザッカーらドイツ代表選手たちの支援にも感謝を述べている。

 転機は、2016年のリオデジャネイロ五輪だ。「あの大会は、自分のキャリアのなかで最も重要な出来事だった。あそこですべてが一変した。ただ、あの時はリオ五輪に参加するか、アーセナルでプレシーズンに帯同すべきか、僕自身でも決めかねていたんだ」とニャブリは振り返る。

 ギリギリまで迷ったものの、28年ぶりにオリンピック出場を果たしたドイツ代表のアタッカーとして帯同することを決断。本大会では、6試合でチーム最多タイの6得点を決める大活躍。これまでドイツ国内で”消えた存在”だったニャブリに、日を追うごとに注目が集まっていった。

 この活躍に素早く反応し、500万ユーロ(約6億円)のオファーを出したのはブレーメンだった。「資金に余裕がないブレーメンの、どこにそんな金があったのか」と驚く声も聞こえた移籍の背景には、バイエルンが動いていたようだ。

 アーセナルの監督としてニャブリ残留の説得にあたっていたベンゲルは、カタールメディアの『ビーイン・スポーツ』に当時のことを振り返ってこう話していた。

「ニャブリがブレーメンに行けるように、バイエルンが背後で動いていたようだ。ブレーメンに移籍すれば、バイエルンがさらに高額で買い取ることで話を進めていたんだ」

 ベンゲルは、ニャブリが「ウェスト・ブロムウィッチで自信を失い、酷い状態でアーセナルに戻ってきた」ことを認めており、リオ五輪代表への参加を決めたニャブリは、自身の決断が正しかったことを証明したのだった。

 ブレーメンで過ごした2016−17シーズンの1年間で、27試合に出場、11得点2アシストの活躍。ドイツA代表にも招集され、推定市場価値は、加入前の250万ユーロから、1500万ユーロ(約18億円)と6倍に膨れ上がった。シーズン終了後、バイエルンは”約束どおり”800万ユーロ(約9億6000万ユーロ)でニャブリを買い取り、すぐさまホッフェンハイムに1年間のレンタルで放出した。

 この移籍には、ニャブリの意向も反映されている。「ブレーメンでホッフェンハイムと対戦した時に、ボコボコにされたんだ。その時の攻撃的なスタイルが好きになって、一度ユリアン・ナーゲルスマン監督の下でプレーしたかったんだ」と振り返る。ドイツメディアの『ドイチェ・ヴェレ』で、ニャブリは現在バイエルンのライバルであるライプツィヒを率いる指揮官を絶賛する。

「常に学習し、自分の成長を感じることができた。ナーゲルスマンの戦術には、将来的に自分のプレーがよくなるために身に着けておきたい要素がたくさん含まれていたんだ」と、ホッフェンハイムでの1年が現在の活躍の布石になったことを明かした。

 ナーゲルスマン監督自身も、ニャブリの貪欲に学ぶ姿勢を評価する。

「彼にポジショニングやスペースを使うタイミングを習得させるために、多くの時間を費やした。『どこに立たないといけないのか』『できるだけ早くゴール前に行くためには、どのタイミングでDFラインの裏に抜け出すのか』といったことだ。ニャブリにとって、フォワードやウイング、ウイングバックの3つのポジションでプレーしたことは、成長の大きな礎となったはずだ。オフ・ザ・ボールの動きが似ているポジションなら、複数のポジションをできる自信を身に着けたんだ」

 ナーゲルスマンがニャブリを高く評価すれば、バイエルンのウイングとしてチームを引っ張り続けた元オランダ代表のアリエン・ロッベンも称賛を惜しまない。ニャブリの練習熱心な姿勢を手放しで称賛し、10歳以上の年の差にもかかわらず”友人”と呼び、「真のプロフェッショナル」と評価していた。

 ただ、そのロッベンと同様に、懸念されるのが筋肉系のケガだ。スピードが武器の選手特有の問題で、爆発的な力を引き出す速筋の量が多いことが理由として挙げられる。ホッフェンハイム時代に、ニャブリの体を検査したナーゲルスマンは、「セルジュはスピードとパワーに秀でたタイプだ。速筋の量が圧倒的に多い。速筋(瞬発力系の筋肉繊維)は、遅筋(持久力系の筋繊維)に比べて、疲れやすく、ケガをしやすい。気を使わないといけないんだ」と説明する。

 幸運にも、この10年の間にサッカー界のケガへの対処法や食事・休息を含むリカバリーの重要性が大きく注目され、ケガを予防するテクノロジーもますます発展している。バイエルンでもコンディションを見ながら、出場時間の調節をしていることが伺える。昨季は長期離脱もなく、公式戦の42試合に出場できており、市場価値はますます上昇し続けている。

 バイエルンに加入した当時1500万ユーロだった史上推定価格は、6000万ユーロ(72億円)まで上昇、3年間で自身の価値を24倍にした。ニャブリがもはやバイエルン、そしてドイツ代表で不可欠な存在となったことを示している。

 バイエルンでの1年で国内タイトルをすべて勝ち獲ったニャブリにとって、目標とするのは「欧州チャンピオンズリーグ制覇」。”新生”バイエルンを代表するひとりとして、2013年以来の”トリプル(3冠)”達成を目指す。

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