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独自にフォーム磨いた佐々木朗希 球団担当者に熱心に質問も

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2019年10月22日 16:00  AERA dot.

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写真ともに厳しい表情でドラフト会議を見守った佐々木朗希(右、大船渡)と奥川恭伸(星稜)。期待と責任の大きさを自覚しているように見えた/10月17日 (c)朝日新聞社
ともに厳しい表情でドラフト会議を見守った佐々木朗希(右、大船渡)と奥川恭伸(星稜)。期待と責任の大きさを自覚しているように見えた/10月17日 (c)朝日新聞社
 高校野球の2大スター、佐々木朗希と奥川恭伸がドラフトで1位指名を受けた。高校時代の活躍は対照的だった2人。プロではともに輝きを放てるか。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *
 4球団による競合の末、千葉ロッテに交渉権が確定しても、佐々木朗希(大船渡)は硬い表情を崩さなかった。

「100点のドラフトの結果になりました。今ある、日本最速(165キロ)は超えられるような投手になりたい。(マリンスタジアムは)浜風が強いと思う。風に気をつけたい」

 同じ岩手出身でその国内最速記録を持つ大谷翔平を育成した北海道日本ハムは、春の段階から佐々木の指名を公言していたが、当たりくじを逃した。「12球団OK」の姿勢を表明していた佐々木とて、意中の球団がなかったはずがない。硬い表情はそうした胸中を見すかされないためだったようにみえる。

 10月2日にプロ志望届提出の表明会見を開いて以来、佐々木は面談に訪れる各球団の担当者に球団の育成方針やトレーニング施設について熱心に質問していたという。まだまだ身体が出来上がっておらず、このままでは163キロという豪速球に耐えられないことを誰より自覚しているのだろう。

 佐々木は大船渡第一中学の軟式野球部に所属し、高校は花巻東や盛岡大附といった県内強豪私立高校の勧誘を断り、地元の公立である大船渡を選んだ。そのため中学の硬式野球チームや強豪私立で行われているような、いわば野球人として生きていくための専門的な指導を受けてこなかった。

 成長痛や腰痛に苦しんだ時期も、独学で身体の仕組みを調べてきた。あの左足を高々と上げる独特なフォームも、独自の研鑽の中で生み出した。

 この夏の岩手大会決勝で、大船渡の國保陽平監督は、準決勝から連投となる佐々木を登板させなかった。賛否両論が渦巻いた指揮官の決断だったが、私には球界の宝を壊してしまうことを恐れるあまり、試合そのものを放棄したような采配に映った。その詳細は拙著『投げない怪物』(小学館刊)に記した。

 甲子園には出場できず、日本代表として臨んだU−18W杯もわずか1イニング、19球で終えた。誤解を恐れずにいえば、佐々木は高校野球に何も足跡を刻めなかった。だからこそ、何げない次の一言が重たく響く。

「これがスタートラインだと思う。日本一のピッチャーに、チームを優勝に導けるようなピッチャーになりたい」

 一方、3球団がクジを引いた星稜の奥川恭伸も、代名詞となった「必笑」ではなく厳しい表情で見守った。奥川の場合は佐々木と異なり、「即戦力」と期待されての1位指名。東京ヤクルトの期待に応えられるのか、自身の将来を案じて当然だろう。

 甲子園に春夏通算4回出場し、最後の夏は準優勝に輝いた。最大の武器は、最速154キロの直球やスライダー、フォークボールを、コースの四隅に投げわけられ、簡単には四球を出さない制球力だ。プロのスカウトが評価する「安定感」と「完成度」。だが、未来が広がる18歳の伸びしろにこそ期待したい。奥川には投球時、右足が突っ立ってしまう悪癖がある。もう少し右膝が沈み込むような身体の使い方ができたら、よりスピンの利いたボールがいくようになるだろう。

 佐々木、奥川と共に「高校四天王」と呼ばれた創志学園(岡山)の西純矢と横浜(神奈川)の及川雅貴は、そろって阪神に指名された。

 とりわけ西は、夏の甲子園に出られなかった悔しさをU−18W杯にぶつけ、投打に活躍したことが1位指名につながった。昨夏の甲子園、派手なガッツポーズで咆哮する姿が批判されたが、「バッシングが自分を成長させてくれた」と話す。

 いち早く大輪の花を咲かせるのは奥川か、佐々木か、それとも──。まさしく彼らはスタートラインに立った。(ノンフィクションライター・柳川悠二)

※AERA 2019年10月28日号

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