『FAVRIC』が提示した、「バーチャル」×「ファッション」の多様性

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2019年10月22日 21:11  リアルサウンド

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リアルサウンド

FAVRIC

 VTuberを筆頭にしたバーチャルタレントの活躍は、動画投稿やライブ配信、音楽活動などに加えて、ファッションの世界でも進んでいる。近年では国内外問わずバーチャルモデルやバーチャルインフルエンサーが登場。様々なジャンルと同じように、「バーチャル」と「ファッション」の距離もまた、今まさに近づきつつある。そんな時代ゆえの試みとして、VTuberとファッション、音楽を融合させたイベント『FAVRIC』が幕張メッセで開催された。


(参考:『四月一日さん家の』五箇公貴Pが語る、“VTuberドラマ”の可能性 「アニメと人間の中間的な魅力がある」


 このイベントは、人気VTuberが多数出演し、モデルとしてランウェイを歩いたり、ライブを披露したりする大型リアルイベント。ステージ上に巨大スクリーンが設置されているだけでなく、会場の中央部分には無数のスクリーンを使用して組まれたリアルなランウェイが出現し、観客がそれを「コ」の字型に取り囲む形で会場を埋め尽くしている。これまでのVTuberによるリアルイベントでも他に例を見ない、新鮮な風景が会場に広がっていた。


 まずはオープニングDJとして、2019年1月の『Re:animation 13』にDJとして出演したことも記憶に新しいミライアカリのDJセットがスタート。燦鳥ノムの「Life is tasty!」では冷蔵庫を開けるジェスチャーで盛り上げたり、ヒメヒナの「ヒトガタ」ではコマネチをしたりと、VTuber仲間の魅力をジェスチャーでも表現しつつ、今年屈指のガラージポップ名曲「ネオンライト」(TEMPLIME+星宮とと)、フューチャーベースを取り入れた「クレイジークレイジー」(『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』)なども加えて会場を盛り上げる。


 終盤には自身のキラーチューン「ミライトミライ」などで観客を早くも興奮状態に。「バーチャルな存在」という共通点で集まっているからこそ、VTuberの音楽シーンで人気を集める楽曲は、ポップの王道からボカロ曲、ヒップホップや最新のクラブ・カルチャーを取り込んだ楽曲まで、多岐にわたっている。その雰囲気が伝わるような素晴らしい選曲で、会場のムードを一気に盛り上げていった。


・VTuberのリアルライブで表現された「奥行き」の魅力
 その後イベント本編がスタート。まずは出演者全員がランウェイを歩いてポーズを決めると、そのままファッションショーがはじまる。ここでまず印象的だったのは、大型スクリーンを多数重ねたランウェイが、現状はまだ平面のスクリーンから抜け出すことが難しいVTuberのリアルイベントに「奥行き」を与えていたこと。VR空間を自由に動き回れるVRライブで感じられる臨場感をリアルイベントでも再現するかのような演出に、会場からも大歓声が上がった。また、毎日同じ服が着られるバーチャルな存在だからこそ目を引くこの日だけの新衣装も、それぞれに個性的だった。


 たとえばKMNZは「▽」型の雨が和装を流れ落ちる衣装で、ピンキーポップヘップバーンは背中の両サイドにブースター風の装置が浮かぶスリムな宇宙服を思わせる衣装で登場。一方でMonsterZ MATEはリアルクローズを意識した衣装で登場し、ミライアカリは重力を無視した形状のスカートでランウェイを歩いていく。YuNiは肩とスカートの裾が燃え続ける幻想的な服を身にまとい、アイドル部は丈はそれぞれ違うものの、ジャージをテーマに統一したファッションで登場。普段とは異なる衣装を身に着けることで、それぞれの新たな一面が見える新鮮な雰囲気はこの日ならではだ。


・バーチャルならではの演出が多数生まれたライブパート
 とはいえ、このイベントでは服だけではなく音も「まとうもの」として捉え、ライブパートでも「ライブ」と「ファッションショー」が同時進行する。まずはライブパートの出演者全員で「ロキ」を披露すると、以降はそれぞれのライブがスタート。まずは電脳少女シロがスカートのデザインなどを筆頭に立体的な素材感が意識された衣装で「ダンスロボットダンス」を歌いはじめると、振り付けのロボットダンスも衣装の素材感を見せるファッションショー的な雰囲気で、この日ならではの魅力が生まれていく。


 その後、彼女の後輩にあたるアイドル部が加わった「ダダダダ天使」を経て、アイドル部だけでの「お願いマッスル」がスタート。この曲では終盤、統一されたモノトーンのジャージを着ていた彼女たちがそれぞれに個性的な普段の衣装に一瞬にして戻り、観客から大歓声が巻き起こる。衣装チェンジの時間が必要ないバーチャルならではの特性を生かした演出であると同時に、一度個性を排することで、逆説的に様々なメンバーが集まって生まれるアイドル部ならではの賑やかさを実感させてくれる瞬間だった。


 また、この曲では明らかにアイドル部のメンバーではない声が合いの手を担当。「一体誰だ!?」とザワザワしていたところ、その正体はなんとピンキーポップヘップバーン! ひとりステージに残ったもこ田めめめが普段からめめめファンを公言する彼女をステージに迎え入れ、2人で「ワールズエンド・ダンスホール」を披露した。


 ピンキーポップヘップバーンのライブはオリジナル曲「P!NG PONG QUEST」でスタート。ブレイクコアやハードコアを筆頭にしたクラブ・シーンの音楽にも通じる高速BPMのシンセパンク・サウンドと、ニックネームの「平田」を思わせる「Hit Ran Attack!」といった歌詞を加えたユニークな楽曲で会場を盛り上げる。続いて自身が大好きな『アイカツ!』の「アイドル活動」も熱唱。原色を生かしたポップな照明や舞台演出も印象的な、めくるめくポップ・ワールドを生み出した。


 続いて登場したアンジョーとコーサカのユニット、MonsterZ MATEは、歌とラップのミクスチャーで成り立つオリジナル曲の数々、「千年愛」や「Diver×Diver」「hero_」を披露。スキルの高いラップと歌を生かした、バーチャル/現実の音楽シーンの垣根を壊すような音&パフォーマンスで会場の熱気をさらに引き上げていった。


 続いてバーチャルシンガーのYuNiが登場すると、まずはYUC’eとともに制作した彼女の初のオリジナル曲「透明精彩」を披露。この日の彼女は肩とスカートの裾がイメージカラーの緑に燃え続けるシックなドレスを身にまとい、バーチャル界屈指の澄んだ歌声と豊かな表現力で観客を魅了する。「モノ」としての決まった形を持たず、つねに形が変化していく衣装は、バーチャルならではのファッションの可能性を伝えてくれるようだ。


 続いて披露された彼女きってのライブ曲「ウタオウヨ、ウタオウヨ」では、観客が「せーの!」と声を合わせ、ライブならではの一体感が生まれていく。この曲はヒゲドライバーによる楽曲で、他にも彼女の楽曲はkzやla la larksなど、様々なクリエイターとのタッグで生み出されている。これまでVRライブ/リアルライブともに様々なステージに立ち、バーチャルな音楽シーンの魅力を伝えてきた今の彼女だからこその、安定感を感じさせるステージだった。


 一方、ケモミミのバーチャルユニットKMNZは、普段はクールなイメージのLITAがシャツとスカート+白和装、キュートなイメージのLIZがタイトなニットとパンツ+黒和装という、普段のお互いのイメージを交換するような雰囲気のスタイリッシュな衣装で登場。2人が持つ傘の形状に合わせて「▽」の図形で表現された雨粒が衣装を伝っていく「天候をまとうファッション」をテーマに、先端テクノロジーとハイファッションが融合したスタイルで観客を魅了する。


 Moe Shopがトラックを担当したエレクトロヒップホップ「Augmentation」では歌詞に合わせて街をモチーフにした映像が重ねられ、Snail’s Houseがトラックを担当した「VR」では2人が両サイドの観客とも向き合いながらランウェイを縦断。クールなラップとキュートなラップがコントラストを描く彼女たちらしさ全開の雰囲気でありつつも、同時によりパワーアップした印象のパフォーマンスで会場を沸かせた。


 こうして、バーチャルならではの特性を生かした衣装でのライブが続く中、そこにリアルイベントならではの特性も加えていたのが、樋口楓のステージ。本編冒頭のランウェイと同じくニット素材のショート丈のワンピースで登場した彼女は、定番曲「MapleDancer」でライブをスタート。ランウェイを歩いて観客のもとへ向かい、クラップをうながして盛り上げると、続く「響鳴」ではサビで衣装が一気に黒と赤を基調にしたモザイク柄に変わり、その柄がリアルタイムで複雑に変化していく。このワンピースは、観客の声援が反映される「声援をまとえる衣装」。「どこまでも届けたい/君と創るこの歌を」という歌詞を持つ「響鳴」の世界観にマッチした衣装と、観客との掛け合いを大切にしたステージング、パワフルな歌声で会場をさらに盛り上げていった。


 彼女が所属するにじさんじは、生放送でリスナーとやり取りをするバーチャル界のライブ配信勢を代表する存在のひとつで、ファンメイドの要素を音楽活動にも積極的に取り入れることで知られている。そういう意味では、この日の衣装自体が、にじさんじの音楽活動を引っ張ってきた彼女らしいものなのかもしれない。


 続いて登場した花譜は、甲虫のようなフードがついた普段の衣装の世界観はそのままに、メタリックな質感&青とオレンジを基調にしたカラーを基調にした、まるでステンドグラスをまとっているかのような衣装で登場。他に比較対象が見つからない特別な歌声で、きゃりーぱみゅぱみゅの「きみがいいねくれたら」を独自アレンジで披露すると、続いて近年海外のリスナーの間で再評価著しい日本のシティ・ポップ名曲、竹内まりやの「Plastic Love」もカバーした。


 最後に披露した自身の楽曲「魔女」もサビでドラムンベース風のビートが加速する大沼パセリによるアレンジバージョンで披露すると、この曲の最後のサビでは衣装が変形。甲虫のさなぎが花開いて蝶になるような新形態に変化して大歓声が生まれた。


 そしてライブパートのラストはTVアニメ『ギルティクラウン』から誕生した音楽ユニット・EGOISTがスペシャルゲストとして登場。ステージに3Dモデルのchellyが登場し、「名前のない怪物」ではEDテーマとして起用された『PSYCHO-PASS サイコパス』の映像をバックに、「The Everlasting Guilty Crown」ではスクリーンに投影された『ギルティクラウン』の映像をバックにchellyが熱唱する。


 続く『Fate/Apocrypha』のOPテーマ「英雄 運命の詩」では、chellyの衣装が作品に登場するジャンヌ・ダルクの衣装に変わるなど、このユニットならではのアニメ作品との視覚的なコラボレーション演出で観客を盛り上げる。そしてラスト曲「咲かせや咲かせ」では、歌詞に合わせて鳴子を持った和装のchellyに加え、ステージ奥のスクリーンに出演者全員が集結。ライブパートを華やかに締めくくった。


・バーチャル×ファッション×音楽が生む多様性のエクストリーム
 このイベントで何よりも印象的だったのは、ファッションイベントとしての魅力、VTuberのリアルイベントとしての魅力、音楽ライブとしての魅力のそれぞれが、ひとつとしておざなりにされることなく、細部まで愛が感じられる形で追求されていたこと。


 ファッションイベントとしてのスタイリッシュさや現実の物理法則を無視した衣装の数々、サウンド&アレンジ面での多彩さや充実度、パフォーマンスの魅力を最大化する舞台演出、普段の活動を踏まえての特別なコラボレーション――。そのすべてにおいて、「何かをつくる/表現する」ことの魅力が、他分野を横断する形で立ち上がってくるような雰囲気だった。


 そもそも、バーチャルなタレント/ミュージシャンの活動には、それぞれの違いを楽しむ「多様性のエクストリーム」のような雰囲気があり、それがこのシーンに多くの人々が惹かれる理由のひとつにもなっている。多領域のプロフェッショナルが手を取り合った『FAVRIC』は、そうした意味でも、バーチャルな存在の魅力を伝えてくれるイベントになっていたように思える。


 ラストは「Rookie’s Runway」と銘打ち、本編には出演しなかった総勢51名の公募企画の当選者たちが登場。このコーナーには新人VTuber以外にも、3Dモデリングもできる人気VTuberのもちひよこや、かしこまりの相棒兼マネージャーとして知られるパンディ、直近の開催回で延べ70万⼈以上を動員したVR空間での即売会『バーチャルマーケット』の主催者・動く城のフィオらを筆頭に、これまでバーチャル文化をつくってきた様々な顔ぶれも集結しており、人気や活動歴にとらわれない多彩な面々がひとつになってランウェイでボカロ曲「Dear」を熱唱。まだまだはじまったばかりの文化であるVTuberやバーチャルな領域で活動する人々の多様性を、改めて伝えてくれるような雰囲気が生まれていた。


 終演後のスクリーンには「See You Next Year!!」というメッセージが表示され、来年の開催への期待を感じさせる形で終了。これが毎年恒例のイベントになってほしい――。心からそう感じられるような、バーチャルならではの可能性が全編にぎっしりと詰まった空間だった。


(杉山 仁)


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