娘を虐待・息子を刺殺、受刑者の詩からひも解く「男らしさの呪い」

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2019年10月30日 17:00  週刊女性PRIME

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『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築奈良少年刑務所』(西日本出版社)より庁舎

 親が子どもを手にかける……恐ろしいことだ。いったい人は、どんな理由でわが子を殺してしまうのだろう。

 2019年3月、東京・目黒区で、当時5歳だった船戸結愛ちゃんが虐待の末、放置され死亡した。父親は、連れ子である結愛ちゃんを「理想の子どもに育てたい」と過剰なしつけを行っていた。5歳児が、自ら目覚まし時計をかけて朝4時に起床、かけ算の九九やひらがなを練習していたという。「モデル体形でなくてはならない」と食べ物まで制限された。結愛ちゃんが書いた

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」

 という手紙は、衝撃的だった。父親に懲役13年、虐待を止めようとしなかったとされる母親には懲役8年の判決が出ている。

 6月に起きた元高級官僚による長男の刺殺事件も、胸の痛む事件だった。父親は農林水産省事務次官や元チェコ大使を歴任。当時44歳の長男は引きこもりでオンラインゲームに没頭、家庭内暴力も激しかったという。長男が、近所で開かれていた小学校の運動会の音に「うるせーな、子どもぶっ殺すぞ」と言ったのを聞いて「自分の息子が第三者に危害を加えるかもしれないと思った」と殺害を決意(この事件の直前、川崎市多摩区の路上でスクールバスを待っていた小学生ら20人が殺傷される事件が起きている。51歳になる容疑者は「引きこもり生活をしていた」と報道されていた)

 父親は息子が引きこもっていることを悩んでいたが、誰にも相談しなかった。たったひとりで抱えていたのだ。

 この父親には「親としての覚悟を感じる」「親としての責任を取って立派だ」といった称賛の声がある一方、逮捕後も悪びれることもなく正面を見据えて毅然(きぜん)と歩む父親の様子に「自分の正しさをアピールしているよう」「冷たい」「悲しみや苦しみが感じられない」などの声もあった。

 2つの事件に共通するのは「立派な父親でありたい」という強い願いだ。後者には「世間に迷惑をかけられない」という気持ちや面子もあり、相談すらできなかったのだろう。実はこの「立派でありたい」「男らしくありたい」「迷惑をかけたくない」という気持ちが、犯罪の大きなリスクになっている。

受刑者の詩に隠された「呪い」

 私が9年間、講師をしていた奈良少年刑務所にも、高い理想に追い詰められて、結果的に犯罪を犯してしまった子が来ていた。刑務所に来ても、最初からピンと背筋が伸び、ハキハキと返事をし、立派でまっとうなことを言う。そんな子が書いてきた詩がある。

 

 『ここ一番の心がまえ』

 

 ここ一番の心がまえ

 己の筋道歩みとおしきり

 礼儀わきまえ義務を知る

 これこそ

 我男なり

 かけた情けは水に流せ

 受けた恩義は石に刻め

 ろくでなしの俺らでも

 時には辛いときもある

 だが

 地獄にも咲く友情の花がある

 

 素晴らしい言葉が並んでいるが、これは格言や人気漫画から借用したパッチワーク。この子の心には、こんな「男らしい」言葉がびんびんと響いてきたのだろう。しかし、これが、彼を息苦しくさせている原因だ。「男子かくあるべし」「長男かくあるべし」といった“男らしさの神話”にがんじがらめになっている子ほど、なかなか心を開けず、様子が変わらない。それは、「呪い」といっていいほどだ。

「理想の自分」は、親から期待されたり、世間が期待しているものであることが多い。根がまじめな彼らは「期待に応えたい」と必死になる。自己を律し、背伸びをし、無理を重ねる。期待に応えられれば、ほめてもらえるし、愛してももらえる。しかし、それは「これができるあなたを愛している」というメッセージであり、同時に「できなかったら、愛してあげない」という脅迫と裏表一体だ。だから、なおさら死に物狂いで頑張る。

 期待に応えられれば自信を持てる。しかし、それは所詮「条件つき自信」にすぎない。頑張りだけでは結果が出ない場面が出てきたとき、無条件に愛された「根源的自信」のない彼らは、急速に自信を失ってしまう。「こんな自分じゃダメだ」「価値がない」と自己差別して、自分で自分を貶(おとし)めて、大きな挫折を味わうことになる。外部からの「期待される人間像」に依拠してしまったがゆえに、あるがままの自分自身を認められなくなってしまうのだ。

 すると、問題行動を起こすようになる。苦しみや葛藤が内に向かえば、不登校や引きこもり、家庭内暴力、自傷行為に。外に向くと、非行や犯罪につながっていく。根はひとつだ。自己否定感から逃避するために、アルコールや違法薬物に手を出して依存症になってしまうこともある。

「泣くときには、しっかり泣こうや」

 

 『いまの自分へ

 

 つらい時こそ

 胸を張れ 

 顔を上げろ

 そして 笑え!

 明日の笑顔へ

 笑っても一日

 泣いても一日

 だったら

 笑って過ごそう

 

 この詩が教室で発表されたとき、刑務所の教官はすかさず、「なぁ、人間、下を向きたい日もあるさ。泣くときには、しっかり泣こうや」と言った。まずそう言っておかないと、詩の教室の仲間たちが「そのとおりだと思います」「ぼくもそうしたいです」と次々に称賛の声を上げ、「男らしさの神話」を強化してしまうからだ。いいことを書いたから、ほめてもらえると期待していた作者は、肩すかしを食らって、ぽかんとしていた。

 人間、無理に笑っても苦しくなるばかりだ。「歯を食いしばって笑う」なんてことが、できるわけがない。無理に笑顔をつくることで、彼らは自分自身の感情を失っていく。やがて、自分がほんとうは何を感じているのかさえ、わからなくなってしまうのだ。

 そんな彼らが、ぶすっと不機嫌そうな顔をしたり、ピンと伸びていた背筋がぐにゃりと曲がったり、うとうとし始めることがある。すると、教官や私たちは、あとで「見た? あの子、きょう、居眠りしてたよ!」と喜ぶのだ。それは、彼らが鎧(よろい)を脱ぎ、心を開いて、自分らしい自分を開示する予兆だからだ。すると、次にはこんな詩を書いてくる。

 

 『自分

 

 プライドや面子のために 自分を痛めつけ

 日々 折れそうになるのを 怒りでごまかす

 俺 何しとるねん……

 弱い自分、小さい自分を素直に受けいれ

 自分らしく 自分の道を歩きたい

 自分を思ってくれるすべての人のために

 

 男だって泣いてもいい、弱音を吐いてもいい、強くなくてもいい、と自分を許すことができてはじめて、「ほんとうの自分」を解放できる。大切なのは外側から押しつけられた「男らしさ」や「女らしさ」ではなく、内側から湧きあがる「自分らしさ」だ

「かくあるべき」の縛りを、ひとつでも多く取り払ってあげることが、彼らを楽にしてあげることだ。気持ちが楽になれば、心の扉を開くことができるようになる。無理な笑顔ではなく、自然な笑顔もこぼれてくる。そうすれば、人とつながれる。虚勢を張ったり、無理をしなくても、世界がありのままの自分を受け入れてくれることを知る。

 自分と世界に対して「条件つき自信」ではなく「根源的自信」を育み始めるのだ。その結果、困ったときには、プライドなどかなぐり捨てて、素直に人に助けを求められるようにもなる。そうなってはじめて、再犯のリスクがグッと低くなる。

 結愛ちゃん虐殺事件は、父親が幼い娘に完璧さを求めず、自身も立派な父親であろうとしなければ防げただろうし、元高級官僚による息子の殺害事件も、もっと早く、父親が弱音を吐いて助けを求めることができたら、こんな結末にはならなかったはずだ。残念でならない。

 野矢茂樹さん(哲学者・立正大学文学部哲学科教授)が、書評集『そっとページをめくる──読むことと考えること』(岩波書店)で、それをこう表現してくれた。

《おとぎ話とは逆に、がんばって王子のふりをしようとしてきた自分がほんとうはカエルだったとしても、その姿を受け止めてもらえたならば、私は安心してカエルでいられるだろう。だが、それがどれほど難しいことか。奈良少年刑務所で起きたことは、著者は奇跡ではないと言うけれど、私にはやはり奇跡のように思われる》

 拙著『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』への書評だ。重ねて言おう。これは奇跡ではない。誰もがちょっとしたきっかけで鎧を脱げるはずだ。少年たちは、目の前で王子さまの鎧を脱ぎ、それぞれの姿に戻っていった。それは千差万別ででありながら、一様に愛らしかった。世界から受け入れられるために、理想の王子や勇者に変身する必要はない。本来の自分に戻ればいいのだ。ありのままの自分を受け入れられれば、世界はきっといまよりずっとやさしい場所になるだろう。

PROFILE


●寮 美千子(りょう・みちこ)●作家。東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 


奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓(じょうし)。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)発売中。ノンフィクション『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(西日本出版社)が大きな話題になっている。

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