レクサスが目指す「スッキリと奥深い」走りとは? 重要人物を直撃

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2019年11月07日 11:52  マイナビニュース

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レクサスには、クルマの「味」を決める2人の「TAKUMI」がいる。商品性を磨きこむ“静”のTAKUMIと動的性能を見極める“動”のTAKUMIだ。2人にインタビューする機会を得たので、レクサス車の現状と今後について話を聞いてきた。2回目の今回は“動”の伊藤好章氏だ。

○レクサスの評価軸をどこに置くか

運動性能という”動”の部分を担当するの伊藤氏は、前出の尾崎氏と同じタイミングで3代目のTAKUMIに就任した。そもそも、どんな人物がレクサスのTAKUMIになるのか。「初代と2代目はエンジニア出身で、私はテクニシャンだったんです」と伊藤氏は説明する。

「テクニシャン」とは、実務を行う部門に属する社員のことだ。伊藤氏は元々、ハンドリングをテストするトヨタ東富士研究所の実験部門で、足回りの部品を組み換えたり、ボディーを改造したりしてクルマを評価していたのだそうだ。

実際のTAKUMIの業務は、レクサスの「味」を統一させる仕事なので、実務に近い人の方が適していると考えた初代が、伊藤氏をTAKUMIに任命したという。「(テクニシャンだった)当時は若い部下がたくさんいて、マネージメントのような仕事になったので、ちょっとだけ落ち込んでいました(笑)。実務に戻りたかったし、興味もあった。それで、この仕事をやることにしました」と伊藤氏は述懐する。

レクサスの動的性能を考える上で、当初は「ジャーマン・スリー」(メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ)を意識したと伊藤氏は語る。

「レクサスは、すごく若いブランドです。ジャーマン・スリーに比べたら、本当に歴史が短い。最初の頃のレクサスは、ジャーマン・スリーのコピー的なところもあり、追いつけ追い越せでやっていました。運動性能でみると、例えばハンドリングと乗り心地という2軸のグラフに当てはめてみて、ポルシェはここ、メルセデスはここ、BMWはここ、アウディはここ、といった感じで、レクサスと比べていました。でも、そのグラフで、どこかと被ってしまうとダメなんです。どこにも属さないところにレクサスをハメにいかないと、存在意義がないと考えました」

クルマを作っている以上は、ユーザーに買ってもらわないと意味がない。そこで伊藤氏は、評価軸を性能面での「勝った負けた」ではなく、各セグメント内で購入対象として選んでもらえるかどうかとしたそうだ。

○「スッキリと奥深い」クルマとは何か

さまざまなタイプのクルマを取り扱うレクサスだが、運動性能や力学に関していうと、同じ方向を向いて作っていても、クルマによって異なる乗り味に仕上がってしまうそうだ。「例えばお酒でも、水や米が変われば違う味のものができますよね? それと同じです」と伊藤氏は説明する。

レクサスでは以前から、「スッキリと奥深い」走りを目標に掲げている。そこを全てのレクサス車が目指しているわけだが、具体的にはどんな乗り味のことを指すのだろうか。これを尋ねるのに、伊藤氏ほどふさわしい人はいない。

「クルマは人が扱うものです。BMWが先に言ってしまっているのが悔しいんですけれど、『操る喜び』とか『意のままに』というのが、個人的な解釈ではあるんですが、大正解ではないかと思うんです。まず、我々がいう“スッキリ”とは、時間遅れがないということです。レーシングカーのように急激ではなく、スッと切ったらスッと動く。アクセルを踏んだらスーッと加速態勢に入る。アクセルを抜いたら減速感を感じる。ブレーキペダルを踏んだら減速を始める。そのレスポンスの部分が、“スッキリ”と表現しているものです。動き出しや動き終わりには統一感があり、その先は、例えば『LC』と『LS』で異なる。それでよいのです」

それでは、もう一方の“奥深さ”とは何か。

「スキーのモーグルをイメージしてください。コブを通過する時、スキーヤーの足はものすごく動いているけれど、頭は動かない。あれは、悪路をサスペンションでうまくいなしているので、乗員室を安定させているクルマの動きと同じなんです。また、ハードなコーナリング中に路面が急に変化した時には、ブレーキを踏んで『ギュギュギュッ』となるものの、破綻しない。その感じはポルシェに乗ると分かりやすいのですが、自動車ジャーナリストが「アゴが出る」とか「フトコロが浅い」と表現するような動きが出ない。つまり、ちょっとした道路でも厳しい条件でも破綻せず、何事もなかったように走ってくれる。そういう『フトコロの深さ』を含め、“奥深い”といっているんです」

レクサスの若手社員から、「スッキリと奥深いってなんですか」と聞かれることがよくあるという伊藤氏。それぞれの部門に対し、シーンと現象に当てはめて噛み砕いた説明を行うことで、各部門で「これを直そう」「あそこを改良しよう」というアイデアが出て、レクサスのストライクゾーンに入るクルマが仕上がるという。「ビーンボール(野球で投手が打者にぶつけるような悪球)を投げられないようにしていくことが、私や尾崎の仕事なんです」とも伊藤氏は表現していた。

この“スッキリ”という感覚、日本人にはすぐに伝わるものの、海外で伝えるのはなかなか難しいそうだ。とはいえ、いいものは1つなので、米国向けでも中国向けでも、タイヤなどは異なるものの、クルマのスペックは基本的に同じにしているという。

○自分で開発した「LC」を手に入れる

レクサスが走りの深奥を究めようとする中、世の中ではクルマの電動化と自動化が待ったなしで進んでいる。クルマを動かす仕組みやクルマを構成するパーツは変わるが、それでもレクサスは、レクサスらしい乗り味を残していけるのだろうか。

「EV時代になっても考え方は同じで、レクサスが求めてきたことをやっていくだけです。例えば、テスラを否定するわけではないのですが、あの加速や動きは、レクサスとは違います。モーターのコントロールの仕方は、レクサスならではのものになるでしょう。内燃機関を搭載する従来のレクサスと、異なるフィーリングにはならないはずです」

自動運転についても同じで、制御の仕方でレクサスらしさを感じさせることは可能だという。具体的には「コーナリングやレーンチェンジ、ブレーキングなどを『運転のうまい人』人のように」制御することで、ユーザーに歓迎されるクルマが作れるはずだというのが伊藤氏の見立てだ。そこを調整するのが、TAKUMIの仕事でもある。

クルマの味付けに重要な役割を果たしているレクサスのTAKUMIだが、この役割にふさわしい人材を見つけるのは容易ではないはず。後継者を選ぶ上で伊藤氏が大切にしているポイントとしては、「走れて、評価できて、改善のアドバイスができるのは当然」で、あとは「性格とか人間性」の問題になってくるそうだ。

「TAKUMIになるまでは、『アルテッツァ』(トヨタの小型4ドアスポーツセダン)にロールバーやバケットシートを取り付けて乗っていたんです」と語る伊藤氏だが、現在の愛車はレクサス「LC500」だそう。

「レクサス車として最初に購入したのは『CT』で、その後はスピンドルグリルになったCTに乗り継いでいたんですが、子供が独立したのを機にクルマを変えようと思った時、『どうせ買うなら』と思ってLCを購入し、ものすごいローンを組みました(笑)」

伊藤氏が買ったのはLCの初期型だが、当時の同氏はLCの年次改良に携わっていて、すでに2020年モデルまでが見えていた時期だったという。

「戦闘力が上がるのが分かっていながら、初期型を買うという体験をしました。技術部にいると、クルマの能力が向上していくのが見えてしまうんで、決断するのが難しいんですよ(笑)」

実際にレクサスディーラーに足を運び、顧客と同じ目線でクルマを購入してみると、開発テストでレクサス車に乗るのと、実際に身銭を切ってレクサス車を買うのとでは話が違うということを、身をもって感じることができたそうだ。

自分にプレッシャーをかける意味もあり、一生モノとして手に入れたLC500。ボディ剛性やステアリングの制御、V8エンジンのスロットル特性などは最新型ですでに改良されているとのことだが、初期型の購入者として、最新LCの出来のよさを少し自虐的に語る伊藤さんは、本当に楽しそうだ。レクサス車を開発する喜びと、レクサス車を持つ喜びの2つを、同時に味わっているからなのだろう。

○著者情報:原アキラ(ハラ・アキラ)
1983年、某通信社写真部に入社。カメラマン、デスクを経験後、デジタル部門で自動車を担当。週1本、年間50本の試乗記を約5年間執筆。現在フリーで各メディアに記事を発表中。試乗会、発表会に関わらず、自ら写真を撮影することを信条とする。(原アキラ)
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