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本当に歌のうまいアイドルは誰だったのか 聖子、あやや、AKB48は?

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2019年11月12日 11:30  AERA dot.

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写真荻野目洋子(左上)、松田聖子(右上)、岩崎宏美(右下)、松浦亜弥 (C)朝日新聞社
荻野目洋子(左上)、松田聖子(右上)、岩崎宏美(右下)、松浦亜弥 (C)朝日新聞社
 アイドルの歌唱力。これを論じるのは難しい。芸能や芸術の巧拙なんて、しょせんは好みによるところが大だし、そもそも、アイドルの魅力において「歌のうまさ」がどれほどの意味を持つのか、よくわからないからだ。

【写真】本田美奈子.さんのまぶしすぎる水着姿

 ちなみに、メリー喜多川さんはアイドルのライブについて「何か鳴ってりゃいいのよ」と言い放ったという。男性アイドルの場合「ヘタなほうが女の子の母性本能をくすぐる」として事務所が歌の練習をさせないケースもあるようだ。これは、女性アイドルにも通じる話だろう。歌のうまさはともすれば「可愛げのなさ」につながるから、両刃の剣でもある。

 そんななか、歌唱力と可愛げとを高いレベルで両立させたのが、松田聖子と松浦亜弥だ。ふたりとも、可愛い歌を聴かせるとともに、自分を可愛く見せる天才だった。それゆえ、歌のうまさが嫌味にならず、いわば「歌ウマ」アイドルの理想型となれたのである。

 という意見に、同意してくれる人はかなりいるのではないか。そして、このふたりとは違うタイプの、山口百恵や中森明菜という「歌ウマ」アイドルの理想型もある。ただ、理想型というのは容易に生まれるものではない。アイドルがまず可愛い存在でなくてはならない以上、歌のうまさは二の次になりがちだし、それゆえ、歌のうまさだけで成功するアイドルなど皆無だ。

 それでも、歌唱力が特別に評価されつつ、アイドルとしても人気が出る人がまれにいる。世間がいう「歌のうまいアイドル」とは、聖子やあややより、むしろこういうタイプだろう。

■「スタ誕」出身の岩崎宏美

 たとえば、70年代の第一次アイドルブームでは、岩崎宏美がいた。素人オーディション番組「スター誕生」の出身だが、その審査員でもあったソプラノ歌手・松田トシに声楽を学んだ本格派として、最初から歌唱力は折り紙つきだった。デビュー時のキャッチコピーは「天まで響け」。その言葉どおり、2曲目の「ロマンス」(75年)で大ヒットを飛ばしてトップシーンに躍り出ると、82年の「聖母たちのララバイ」では日本歌謡大賞に輝くことになる。

 その歌唱力を何より堪能できるのが「ロマンス」のB面「私たち」だ。全体で3回出て来る「愛しています〜」の高音の伸びがとにかく絶品で、マニア向け評論誌「よい子の歌謡曲」10号には「血液中の二酸化炭素が全て消え去っちゃうようなスガスガしさ」(波田浩之)という評がある。これに比肩するものがあるとしたら、あややのデビュー曲「ドッキドキ!LOVEメール」のサビの高揚感くらいだろう。

■高田みづえ、荻野目洋子、そして本田美奈子

 70年代にはもうひとり、高田みづえもいた。こちらはデビュー曲「硝子坂」以来、カバー曲を得意にしていて、それ自体、高い歌唱力の証しである。特に彼女はどんな音楽も歌謡曲にしてしまう異能の持ち主だった。なかでも「潮騒のメロディー」はカナダのピアニストによるインストゥルメンタルに日本語詞をつけたもの。彼女の力業なくして、ヒットは覚束なかったはずだ。

 続いて、80年代の第二次アイドルブームでは、荻野目洋子を挙げたい。「ちびっこ歌まねベストテン」で注目され、小学生女子3人のグループで2枚レコードを出したあと、15歳で本格デビューを果たした。最初のブレイク、かつ最近の再ブレイクにもつながった「ダンシング・ヒーロー」が有名だが、そこにいたる前のアイドルポップスにも佳作が多い。いずれにせよ、ちびっこのど自慢的なところから出発しながら、ユーロビートのダンスナンバーという当時の流行りモノにも適応できたという、間口の広い歌唱力が彼女を一流にしたのである。

 そして、80年代ではもうひとり、本田美奈子(のちに本田美奈子.)がいる。ある意味、本稿の主役的存在だ。というのも、彼女ほど「歌唱力」が両刃の剣となったアイドルはいない。11月6日で死後14年がたったが、もっと別なかたちのアイドルになれたのではと今なお惜しまれるくらいだ。

 彼女に直接聞いた話では「声を出すために使う喉の筋肉」が特別に発達していたとのこと。生まれつきか、歌好きな母といつも一緒に歌っていたおかげかは不明だが、歌手になるべくしてなった少女だった。ただ、本人が演歌志望だったにもかかわらず、事務所にそのノウハウがなかったことからアイドル歌手としてスタートすることに。しかし、彼女がデビューした月には、おニャン子クラブが誕生するなど、実力派アイドルに追い風が吹いている時期ではなかった。

 それでも、彼女は歌唱力で勝負に出る。デビュー曲「殺意のバカンス」や賞レースの勝負曲「Temptation(誘惑)」は実力がないと歌えない大人っぽい歌謡ポップスだった。が、日本レコード大賞の最優秀新人賞を中山美穂にさらわれ、大荒れに荒れたという彼女は翌年以降、別の攻め方に転じる。洋楽&ロック志向だ。

 マドンナのようなへそ出しルックで「1986年のマリリン」を大ヒットさせ、ゲイリー・ムーアやブライアン・メイといった海外の一流アーティストの作品を歌った。ついには「MINAKO with WILD CATS」というバンドまで結成。ただ、それはアイドル的な可愛げから遠ざかることでもあり、エスカレートするにつれ、普通の歌謡曲ファンには馴染めないものになっていった。

 その頃について、彼女はこう振り返っている。

「きっと背伸びをしてたんだと思うんです。仕事は楽しかったし、あの頃があるからこそ今の私があるんだけど、目指しているものに私自身の中身が届いていなかったから。ただのワガママ娘でね」

 ちなみに、彼女には他にもデビュー曲候補があった。セカンドシングルとなった「好きと言いなさい」がそれだ。キュートなアイドルポップスで、こちらを好きな人も多かった。実際に会った印象でも、前者より後者が似合う感じだったし、こういう路線で押していったほうが、等身大の素の魅力を発揮できたのではないか。

 おそらく彼女の歌唱力が平凡だったら、和製マドンナやらロックバンドといった路線は選択されなかっただろう。両刃の剣たるゆえんだ。

 そういう意味で、彼女がその後、ミュージカルだったり、クラシックとのクロスオーバーだったりという展開に行けたのはよかったと思う。それらの世界では「歌がうまい」のは当たり前で、嫌味にもならないからだ。一方、容姿については美形ばかりでもないから、その分、彼女の抜群の「可愛げ」がひときわ輝くことになる。

 病気のため、38年の短い生涯に終わったが、彼女は「オーケストラの人と共演すると、鳥肌が立つんですよ」と嬉しそうに話していた。歌手として、そういう居場所にたどりつけたのは幸せなことだ。

■“歌う天才子役”SPEED島袋寛子

 さて、90年代になると、アイドルシーンではソロからグループへという流れが加速していく。個人の歌唱力についてはわかりにくくなったが、そのなかでも強烈な「歌ウマ」オーラを放ったのが、SPEEDの島袋寛子だ。12歳でデビューし、歌う天才子役の趣きで国民的グループを引っ張った姿はなかなかのものだった。

 ただ、歌のうまさはときに嫌味やアクにもつながる。その点、このグループには上原多香子という、90年代有数の「歌が覚束ないアイドル」がいたことにも注目したい。これにより、絶妙のバランスが生まれていたのだ。

 こうしたバランスは、そのあとに続いたモーニング娘。やAKB48などにも受け継がれている。が、よりいっそうの大所帯で激しく複雑なダンスをしながら歌うパフォーマンススタイルは、全体のバランスはともかく、個人の歌唱力をますますわかりにくくした。

 それでも、歌のうまい子は必ずいるからそこがクローズアップされることもある。ただ、気になるのはその歌唱力がアイドル的なうまさとはズレがちだったりすることだ。山本彩(元NMB48)の場合、もともとバンドをやっていたというだけあって、ロック系のテイスト。生田絵梨花(乃木坂46)の場合は、ミュージカルをやるうちに歌い方もそれ仕様になっていった。

 そのなかにあって、AKB48の最新シングル「サステナブル」で初のセンターを務めた矢作萌夏は世が世なら王道的な「歌ウマ」系アイドル歌手になれそうな素材だ。しかし、来年2月での卒業が決まった。ぜひ、ソロで歌手活動も行なってほしいが、はたしてどうなるだろうか。

 ところで「歌ウマ」とは逆に「歌ヘタ」いや「ヘタウマ」系というべき人たちもいる。もしかしたら、そちらのほうがアイドルらしいのかもしれない。そのうち、そういうアイドルについても考えてみたいものだ。とりあげても、本人に喜ばれるとは限らないが!?

このニュースに関するつぶやき

  • 松田聖子さんを「歌が下手だ」と言う人は、耳が節穴なのか。低い音から高い音まで、音程はほぼ完璧だし、息継ぎの難しい曲を、簡単そうに歌っている。所謂「表現力」が凄い(以前にも書いた)。
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