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「いつ僕を1軍で使うの?」 プロ野球新人が放った“超ビッグマウス発言”

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2019年11月12日 16:00  AERA dot.

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写真オリックス時代の川口知哉 (C)朝日新聞社
オリックス時代の川口知哉 (C)朝日新聞社
 今年のドラフトで中日に1位指名された高校ナンバーワンスラッガー・石川昂弥(東邦)が「新人王を獲って、1年目からレギュラーを獲る。(本塁打は)30本ぐらいで」と宣言し、ビッグマウスぶりが話題になった。1989年の近鉄のドラ1・野茂英雄(新日鉄堺)も「自信がなければ、こういう商売はやっていけない。ある程度の自信はある」とコメントしたように、プロの世界へはばたこうとする若者がでっかい夢や目標を口にするのは、ある意味当然のこと。ドラフト史上、過去にはどんなビッグマウスがいたか、振り返ってみよう。

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 数あるビッグマウスの中で、いの一番に名前が挙がるのが、97年のオリックスのドラ1・川口知哉(平安)だ。

 同年夏の甲子園準V左腕は、「完全試合を達成します!」と発言して以来、“ビッグマウス”と呼ばれるようになった。ドラフトで5球団競合の末、意中のオリックスが交渉権を獲得すると、「僕は投手だから、背番号10番台が欲しい。11がいいですね」とリクエストして、周囲を驚かせた。

 なぜなら、当時オリックスの11番は、通算165勝のベテラン右腕・佐藤義則だった。それを18歳の高校生がいきなり「譲ってほしい」は、あまりにも大胆不敵だった。

 だが、川口は「佐藤さんが着けている?知ってますよ」と事もなげに答え、さらに仮契約の会見でも「(仰木彬監督に会ったら)僕をいつから1軍で使うか、聞いてみたい」の大胆発言が飛び出した。

 契約金も当時の高校生では異例の5千万円のインセンティブを含む総額1億円とビッグ。「5年以内に1軍登録250日」の条件を満たせばOKだったが、在籍7年で1軍登板はわずか9試合に終わった。

「世界一へ成り上がる」というビッグな見出しで話題をさらったのが、03年のヤクルト5巡目、吉田幸央(城郷)だ。

 高3春の県大会で23奪三振を記録した“公立の星”は、ドラフト前にパドレスのテストにも合格。マイナー契約での入団が内定していただけに、ヤクルト入団会見の席でも「絶対に(メジャーに)行きたい。FA獲って行きます!」と力強く宣言した。

 そして、背番号「54」を貰うと、「53番の先輩・五十嵐(亮太)さんを超えるようにということだと思います」と勝手に(?)解釈し、「日本記録(当時は158キロ)を抜いて160キロを出したい」と公約。さらに5年後に開催される北京五輪についても、「1戦目の先発は僕で、2戦目が松坂(大輔)さん」と日本代表チームのエース宣言も飛び出し、色紙にしたためた言葉も「世界一」だった。

「ありきたりのことは言いたくない。目標がないと、何していいかわからないでしょ?自分へのプレッシャーでもあります」と説明した吉田だったが、入団からわずか半年後の翌年6月8日、内臓疾患を理由に、2軍戦でも1試合も登板できないまま退団となった。
 
「エースになる」を飛び越えて、「監督になる」とぶち上げたのが、04年、ドラフト史上最年少の15歳で阪神に8巡目指名された辻本賢人投手(マタデーハイスクール)だ。

 小学6年のときに単身渡米。140キロ台の速球を武器に全米大会に出場し、帰国後、即プロ入りを希望したところ、日米9球団が関心を示し、「そんなに有望な選手は、地元の球団が支えなあかん」という星野仙一SDの鶴のひと声で指名が決まった。

 15歳のプロ野球選手誕生という歴史的快挙に、芦屋市の自宅には、テレビ7局、新聞、雑誌など約100人の報道陣が殺到。そんななか、辻本は「監督になるまで阪神にいたい」とビッグな目標を掲げた。

 だが、当時シダックスの監督だった野村克也氏が「大反対だ。人生を無駄にする必要はない。獲るほうも獲るほうだし、出すほうも出すほうだよ」と非難したのをはじめ、「高校も出ないで、プロでダメだったらどうするの?」と心配する声が多かったのも事実。結局、阪神では相次ぐ故障に悩まされ、1軍登板のないまま、20歳で退団した。

 こうして見ると、プロで結果を出せなかった顔ぶれが並ぶが、その一方で成功した選手も多い。「日本シリーズで、勝ったら優勝という場面で投げてみたい」(85年巨人1位・桑田真澄)、「(イチローと対戦したら)真っすぐで勝負したい。そして、力でねじ伏せたい」(98年西武1位・松坂大輔)、「(目標は日本代表の4番?)もちろん。上のレベルの人がいなくなるまで突き進みたい」(07年日本ハム1位・中田翔)。

 いずれも高校生の発言としてはビッグマウスの部類に入るが、彼らがそう呼ばれないのは、プロで一流の実績を残したからにほかならない。すべてはプロ入り後の結果しだいなのだ。

 昨年の楽天のドラ1・辰己涼介(立命大)も「新人王?獲れる自信はある。すべてのタイトルを獲れる能力があると思ってますよ。ゆくゆくはトリプルスリーを獲れる選手になりたい」とコメントし、川口同様、“ビッグマウス”が代名詞になった。

 大学入学時、「4年後にドラフト1位でプロに入る」と公約し、見事実現した有言実行の男も、今季はレギュラー獲りをはたしたものの、打率2割2分9厘、4本塁打、25打点、13盗塁。残念ながら、新人王に選ばれるのは難しい成績となったが、2年目以降もビッグな目標を持ちつづけ、トリプルスリーの夢を実現してもらいたい。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2018」上・下巻(野球文明叢書)。

このニュースに関するつぶやき

  • 川口知哉はコーチ陣に潰されたとしか言い様が無いと思うのだけれど。
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  • 新庄さんの穴は僕が埋めます!by赤星
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