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瀬戸内寂聴さんが「遺言」を発表 「愛することは許すこと」

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2019年11月14日 20:20  AERA dot.

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写真瀬戸内寂聴さん
瀬戸内寂聴さん
 朝日新書11月新刊『寂聴 九十七歳の遺言』の出版を記念して、11月14日、著者・瀬戸内寂聴さんの自坊、京都・嵯峨野の「寂庵」で記者会見が行われた。この日は、寂聴さんが1973年、51歳のときに出家して、46回目の得度記念日。「これも仏さまのご縁でしょう。有り難いことです」と寂聴さん。紅葉が美しく色づいた寂庵に、テレビ、新聞、雑誌十数社の記者らが集まった。以下、主な内容を速報する。

* * *
――今回の新書『寂聴 九十七歳の遺言』、「遺言」という言葉がタイトルになっていて、ドキッとしました。

瀬戸内寂聴さん(以下略):「遺言」ってつけたら、売れるかなと思って(笑)。「遺言」という言葉が何か嫌で、本を500冊以上も出してきたけれど、小説にもつけたことがなかったけれど、今回、初めてつけたんです。ただ、97歳ですから、今夜死んでも、この会見が終わって母屋に歩いて戻るときに死んでもおかしくない。死が日常の中にくっついているんです。ほんとに死の間近にいる97歳の私が、最後にどうしてもみなさんに言い残しておきたいという気持ちで書いたから、この本に「遺言」とつけました。やさしい文章だし、読みやすいから、たくさんの人に読んでもらえることを願っています。

――これを最後に、もう書かないのかな、と思ってしまいました。

 書かないと食べられないから、まだ書けるうちは書きたい(笑)。ただ、九十七という数字はきれいなのでとても好きなんです。九十八だと、なんとなくボタっとしている。これが「百歳の遺言」でも、つまらないでしょう。だから「遺言」は、もうこれが最後ですね。

――「愛することは許すこと」と、今回の本だけではなく、毎月の寂庵の法話会などでも繰り返し述べています。でも、普通の人はなかなかその境地になれません。

 ほんとに愛したらなんでも許せるというのが、私の97年の人生経験で得た結論なんです。でも、いじめとか殺人とか、許しちゃいけないことも、もちろんあるんです。それは人間の煩悩の迷いです。人間が生きている限り、それをなくすことはできないでしょう。けれども、そのままじゃ困るから、そうじゃないことを人間は目指したほうがいい。人間が生きるということは愛することです。たまに、誰も愛したことがないという人がいますが、そんなことはないんです。誰だって愛したことがあるんです。それを思い出さなきゃいけない。

――今回の本では、「孤独」が大きなテーマになっていると感じました。

 人間はみんな一人で生まれて一人で死んでいくんですよ。どんなに愛し合っている夫婦でも一緒に死ぬことはできない。一緒に心中しても自分だけ助かるかもしれないし、二人とも死んでも同時に死ぬことはできません。だから結局、人間は孤独で淋しいんです。でも、淋しいから慰め合う相手が欲しい。肌寒いから肌と肌を合わせたくなる。人間って、そうやって生きていくものじゃないかしら。

――寂聴先生はいまも一人暮らしです。やはり淋しいと思います。そんな孤独と、ご自身はうまくつき合っている、ということでしょうか。

 うまくつき合っていると思います。夕方の5時にはスタッフたちはみんな帰ってしまって、昼間の騒ぎがウソのように静まり返ります。でも、夜くらいは一人でいたいと思っているから、ちっとも淋しくない。淋しいとか肌寒いなんていう気持ちはとうの昔になくなりました。今日は46回目の得度記念日ですが、51歳で出家したことと関係があるのでしょうね。出家していなかったら、また孤独にまぎれて、同じようなことを繰り返していたと思います。

――本の中にある「あきらめずに闘う」という言葉が印象的でした。寂聴先生がよくおっしゃっている戦争と平和、命の問題です。「誰かの幸せのために」ということも繰り返し述べられています。

 私なんかが闘っても、政治の体制は変わらないでしょう。でも、闘わなかったら芸術家じゃないと思います。私は縦から見たって横から見たって小説家だから、安保法案とか、反対すべきだと思ったら、やはり動くべきなんです。ただ今年は天災が多かったでしょう。いまだに行方不明の人がたくさんいます。これだけ文明が発達しているのに、なんで防げないのかなと思う。自然の力は強大で、人間はどうしたってかなわないんです。でも、私の子どもの頃は、大雨とか大風とか年に1回でしたよ。気候変動の影響でしょうが、地球はいったいどうしちゃったんでしょうね。

――プライベートの遺言、本物の遺言はさらさら書く気がないと、この本にも書いていますが。

 どうしても書けなくてね。寂庵をどうするとか私を助けてくれているスタッフたちはどうしたらいいとか、書かなきゃいけないと思って、「遺言」と題だけ書いた原稿用紙はいっぱいあります。いつ死んでもいいと覚悟はしているつもりですが。でも、ほんとは、まだ死ぬ気がないんじゃないかな。朝になるとちゃんと目が覚めるし、目が覚めると、また文章を書きたいなと思うし、その繰り返しです。

――500冊以上も本を出してきて、まだ書きたいことはありますか。

 小説家はみんなそうだと思いますが、死ぬ瞬間まで、もう少し命があったら、あのことを書きたかったな、まだ傑作を書けるのに、と思いながら死ぬんじゃないでしょうか。「書き終わった」という小説家はいないんじゃないかな。私だって、これから突然大恋愛をして、傑作が書けるかもしれない。それはわからないわね。

――先月は「新潮」と「群像」の連載をお休みするほど体調が悪かったと聞きました。でも、また元気になられて、何本も連載をお書きになっていて、このような会見も開かれています。いまの心境はどうですか。

 この間まで、ああ、もうダメかなと思うくらい、ほんとに具合が悪かったんです。でも、また有り難いことに書けるようになりました。ただそれでうれしい、ホッしたというよりも、あー、また始まったかという感じなんです。人間なんて勝手なものですね。

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このニュースに関するつぶやき

  • 愛とは死にたくなる程に 切ない涙流しきるもの そして未来見つめ合いつめあい 全てを許し合うこと…なのだ。https://youtu.be/O2F_Z6bRiJA
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  • 得度をしても煩悩だらけに見えるのは何故だろう?欲があるうちは死なないと言いますよね。
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