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異色右腕・松本直晃のトライアウト。来年父になる男の「夢の続き」

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2019年11月16日 06:11  webスポルティーバ

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「まだできるという気持ちが半分、もう半分は『よくここまでできたな』という気持ちです。この4年間は夢みたいな時間でした」

 今年西武から戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトに参加した松本直晃(なおあき/28歳)は、自身の現役生活をこう評した。

 松本が辿ってきた野球人生には、「夢みたいな」という表現がしっくりくるほどの”異色さ”がある。

 東海大翔洋高(現・東海大静岡翔洋高/静岡)、又吉克樹(中日)が同期にいた環太平洋大(岡山)では一貫して内野手。本格的に投手となったのは、大学卒業後のことだった。

 大学を卒業して直後の2013年に、鳥取県内で病院や介護施設を運営している医療法人の養和会に入社。入社と同時に創部された軟式野球部に入り、野球人生で初めて投手を務めることとなった。

 幼少期から自信を持っていた肩と内野手時代に培われた指先の感覚を生かし、キャリアの浅さを埋めていく。転向から約2年で、軟式球で141キロを計測するまでに成長を遂げた。

 投手として目覚ましい台頭を続ける松本の可能性に、周囲は魅せられる。所属チームの監督は「もっと上を目指してみないか」と提案。入団テストにあたるトライアウト参加を経て、四国アイランドリーグplusに戦いの場を移した。

 2015年に香川オリーブガイナーズに入団。握るボールが軟球から硬球に変わっても、松本の成長は止まらなかった。

 おもに抑えとして41試合に登板し、防御率は1.00。ストレートの最速は151キロに達した。同年のドラフトで西武から10位指名。軟式時代を合わせて3年、硬式ではわずか1年の投手歴でNPBにたどり着いた。

 ルーキーイヤーの2016年、9月11日のソフトバンク戦でプロ初マウンドを経験し、3年目の昨シーズンは中継ぎとして24試合に登板した。松本が昨シーズンを振り返る。

「去年は本当にかなりのチャンスをいただきました。悪いながらも使っていただいたという気持ちがあって、実力での登板が半分、もう半分は運に恵まれたと思っています。ファーム落ちがちらついてきた時に、ほかのピッチャーにケガが出たり、調子が落ちてきたり。そういった事情のなかで、チャンスをいただいたと自分では思っています」

 4年目の今シーズンは、「運に頼らず、実力で一軍定着を」と期して臨んだが、4試合の登板に止まった。松本は言う。

「去年と今年で、何が違ったのか考えました。それでもはっきりとはわからなくて……。ひとつ感じるのは、空振りを取るボールを増やせなかったこと。ストライクを取ることに関しては苦労することがなかったんですが、欲しい場面で空振りが奪えるボールを磨ききれなかった」

 そして、「プロに入ったのが遅く、今年で29歳。今年かな、とは思っていた」という戦力外通告を受けた。

 現役続行の望みをかけて挑んだトライアウトでは、思わぬ再会に恵まれた。環太平洋大時代の先輩にあたる亀沢恭平(前中日)が、松本の登板時にセカンドを守ったのだ。登板直前には、球種の確認が必要な捕手だけでなく、亀沢がマウンドに駆け寄る場面もあった。

「大学の時、同じショートを守っていて、ずっと亀沢さんのうしろで練習していました。こうやって僕が投げて、亀沢さんが守って、なんてことになるとは思ってもいませんでした。今日お会いして、『すごいっすね』と話していたんです。マウンドに上がる時も、終わった時も声をかけてくださって」

 再会だけでなく、胸躍る対戦も用意されていた。最初に対戦したのが、内野手時代に強い憧れを抱いていた西岡剛(BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブス)だった。

「西岡さんと対戦できたことがうれしかったです。大学時代、練習試合用の背番号をわざわざ7番にしていたぐらい、西岡さんに憧れていて。同じメーカーのリストバンドを身に着けたりもしていました。今回対戦できて、『プロ野球界ってすごい場所やな』と、あらためて感じました」

 その西岡から空振り三振を奪うと、続く八百板卓丸(前楽天)をレフトフライに打ち取った。ラストとなる3人目の近藤弘基(前中日)は、外角の変化球を打たせてのセカンドフライ。打球を処理した亀沢に会釈し、マウンドを下りた。

 打者3人をノーヒットに抑えた松本は、登板後をこう振り返った。

「最初はものすごく緊張してしまって。投球練習では1球もストライクが入らなくて。『これやばいな』と思いました(苦笑)。もうちょっと真っすぐで空振りを取れる場面があればとは思ったんですが、ゾーンには投げられて、変化球でもカウントを取れた。緊張はしましたけど、シーズンと変わらず投げられたかな、と」

 対戦のなかで、新たな手応えを得た場面もあった。松本が続ける。

「今年は全体的にスライダーの曲がりがよくなくて、今日は少しカット気味に投げてみたんです。かなり曲がりを小さくして、その分スピードが上がりました。中日の近藤選手に対して投げた最後の球がカットボールだったんですけど、思いどおりの反応が取れて、手応えはありました」

 今後についてはNPB球団からのオファーを最優先に待つ意向を明かし、「来年1月に妻が出産予定なので、野球に区切りをつけることも含めて、相談しながら決めたい」と付け加えた。

 思わぬ投手転向からプロへの道を切り開いた右腕に、”夢”のような時間の続きは用意されるのか——。トライアウトで深めた「まだできる」の思いを胸に、吉報を待つ。

このニュースに関するつぶやき

  • 御家庭の状況がそういうことなら、独立リーグへの復帰は経済的に難しそうですね。NPBか企業チームでないと厳しいか。元々病院勤務だったんだし、そちら方面に戻る可能性もあるんでしょう。
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