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伊調馨を破り「姉妹で金」へ迷いなし! 川井梨紗子の苦悩と成長

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2019年11月17日 11:30  AERA dot.

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写真9月の世界選手権女子57キロ級準決勝で、オドゥナヨフォラサデ(ナイジェリア)と組み手で争う川井梨紗子 (週刊朝日2019年11月22日号より)
9月の世界選手権女子57キロ級準決勝で、オドゥナヨフォラサデ(ナイジェリア)と組み手で争う川井梨紗子 (週刊朝日2019年11月22日号より)
 2020年東京五輪で活躍が期待される選手を紹介する連載「2020の肖像」。第8回はレスリング女子57キロ級・川井梨紗子(24)。日本中が注目した伊調馨(35)との五輪金メダリスト対決を制し、2020年東京五輪代表の座をつかんだ。指導者のパワハラ騒動も乗り越えて、お家芸の系譜を継ぐエースに成長した。62キロ級の妹・友香子(22)との「姉妹で金」へ、もう迷いはない。朝日新聞社スポーツ部・金子智彦氏が、川井の苦悩と成長の軌跡をたどる。

【写真】世界選手権でメダルを手にする川井梨紗子と妹の友香子

*  *  *
「勇気! 負けないよ!」「最後は気持ちだよ!」

 9月、カザフスタン・ヌルスルタンであった世界選手権。16年リオデジャネイロ五輪金メダルの川井は、母・初江さん(49)と観客席から、マット上で戦う62キロ級の妹・友香子(至学館大)に向かって声を張り上げた。友香子は敗者復活戦から勝ち上がって銅メダルを獲得。姉妹での東京五輪出場を決めた。

 自身が3年連続の頂点に立った前日は、妹が3回戦で敗れたこともあり、「喜びきれなかった」と話した川井もやっと破顔一笑。そんな姉に対し、友香子はこう言って感謝を告げた。

「12月に負けてから、もう無理かなと思うこともあったけど、頑張ってくれて。本当にありがとう」

 昨年12月の全日本選手権決勝。川井は長年の憧れでもあり、「壁」でもあった伊調馨(ALSOK)に敗れた。世の中は個人種目で前人未到の五輪5連覇をめざす伊調の復活劇に沸いた。川井は、

「周り全部が敵に見えた」

 そう思わざるを得なかった背景には、恩師の栄和人氏(59)による伊調へのパワハラ騒動があった。

 日本レスリング協会の第三者委員会は昨年4月、伊調と田南部力コーチ(04年アテネ五輪男子フリースタイル55キロ級銅メダル)への4件のパワハラ行為を認定した。栄氏は協会の強化本部長、至学館大監督の職を相次ぎ失った。

 今なお法廷で争う栄氏と田南部氏による遺恨。川井と伊調の戦いを、

「代理戦争」

 とはやす声もあった。

 川井はこう振り返る。

「単に私が馨さんに勝ちたいだけの見られ方じゃないのがすごく苦しくて。もういいや、自分が負ければいいのかなって。(世間の)大半が、自分が負けて馨さんが(勝って)っていう意見だと思った」

 実際、川井は昨年12月に敗れた直後、

「やっと終わった」

 という妙な安心感に包まれた。報道陣には「五輪をめざしているのは変わりない。また頑張らなきゃいけないなと思う」と答えたが、本心は違った。会場の裏に初江さんを連れ出し、涙ながらにこうこぼした。

「もう、やめるわ」

 グレコローマンスタイル元学生王者の孝人さん(52)、1989年世界選手権代表の初江さんの間に生まれた3姉妹の長女。小2で競技を始め、初めて出た大会では1回戦で男の子に負けて号泣した。

 ジュニアクラブの指導役だった母の教えは、

「とにかくタックル。攻め重視」

 川井は、

「守って勝っても『何で攻めなかったの?』って言われた」

 と話す。初江さんは、

「梨紗子はもっとできるはずだと厳しく接した」

 と言うが、川井は「他の子と平等じゃない」とよくけんかになったという。

 小学校の卒業式で、川井は将来の目標について、

「みんなに夢を与えるスポーツ選手になること」

 とスピーチした。中学では美術部に入ったが、軸足はあくまでレスリング。1年生の段階で愛知・至学館高へ進む決意を固めていた。

 栄監督の下、厳しい練習で力を付けて13、14年に世界ジュニア選手権を制した。そんな川井に転機が訪れたのはリオ五輪前年の15年、至学館大3年のときだ。

 伊調に挑むか、五輪をとるか──。

 63キロ級で五輪3連覇中だった伊調が、川井の主戦場だった58キロ級に階級を落としてきた。14年末の全日本選手権は伊調に0‐6で完敗。川井は栄監督から63キロ級への変更を勧められた。

 だが、ずっと拒否し続けた。

「馨さんは女子レスリングが五輪に採用された04年からずっとテレビで見て、本当に憧れていた。あの人みたいに強くなりたい。そして、だんだん勝ちたい存在になっていったから」

 リオ五輪代表権が絡む15年6月の全日本選抜選手権。川井はぎりぎりまで悩んだ末、結局63キロ級に階級を変えた。58キロ級のエントリーは伊調を含めて3人だけ。

「『みんな伊調から逃げた』とネットに書かれた。私もその一人。悔しさはずっとある」

 実績をつくるのも大事と、自らを納得させて臨んだ本番。金メダルの表彰台は予想に反して純粋にうれしかったという。

「君が代を聞いたときに次は東京五輪って思ったんです。そのときから、階級は戻すつもりでいました」

 そんな決意で臨んだ昨年の12月だった。川井の「やめたい」に対し、初江さんはこう言った。

「攻めている姿をもう一回見せてほしい。最後に梨紗子らしいレスリングじゃないまま終わっちゃうのは、こっちも悔しい」

 周囲の支えもあり、川井は攻めの姿勢を取り戻した。今年6月の全日本選抜選手権、7月のプレーオフと伊調に2連勝した。

「自分が弱かったとは言いたくない。梨紗子が強かった」

 という伊調の言葉は、今度は逃げなかった川井への最大の賛辞だろう。

 東京行きを決めた9月の世界選手権準決勝では、ナイジェリア選手に逆転勝ちした。レスリングは3分×2ピリオド。

「6分1秒から頑張っても意味はない。それは馨さんとの戦いで思ったこと。今をやり切ろうという気持ちが一番強かった」

 今は胸を張って言える。

「レスリングをやってきた中ですごく濃い1年、自分自身が成長できた1年だった」

 昨年8月のジャカルタ・アジア大会で約3年ぶりの黒星を喫して「器が小さい」と涙し、エゴサーチ(自分で自分のことを検索)をしては自分が「敵」のような扱いをされてクヨクヨした一時の弱さは感じられない。

 小5の文集で「好きな有名人」に挙げた五輪3連覇の吉田沙保里(37)が今年1月に引退した。伊調も退けた今、川井は名実共に日本女子のエースになった。

 世界選手権前の強化合宿から主将を任された。

「沙保里さんの力には到底及びそうにないけど、自分も(先輩に)頼り切ってはいけない。引っ張る立場にならなきゃいけないと自覚できている」

 と力を込める。

 金メダル量産を期待されるレスリング女子だが、他国の追い上げは急ピッチで簡単な道のりではない。

 川井も十分わかっている。

「世界選手権で出た反省点を見直して、東京までの1年間をしっかり使って、強くなりたい」

※週刊朝日  2019年11月22日号

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