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謙虚なスーパースター、ダビド・ビジャが日本にもたらしたもの

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2019年11月18日 06:11  webスポルティーバ

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 謙虚なスーパースター──。手垢のついた表現かもしれないが、ダビド・ビジャほど、それが似合う人もいない。W杯、EURO、チャンピオンズリーグ、国内タイトルと、すべてを手にしてきた37歳のストライカーは先ごろ、「フットボールに引退させられるのではなく、自分の意志で引退を決めたい」と、今季限りでの引退を表明。その会見でも、周囲の人々への感謝の言葉をたくさん口にした。

「小さい頃、いつも仕事を終えて僕を練習に連れていってくれた父に感謝したい」

 スペイン北部の小さな町トゥイジャで生まれたビジャは、炭鉱夫の父こそ、今の自分を作ってくれたいちばんの恩人だという。父は家族のために、「地下800メートルもの危険な場所で大変な仕事に従事していたが、常にポジティブで笑顔の絶えない人だった」と、ビジャは米メディア『The Players Tribune』に語っている。

 4歳の頃には、プレー中に右大腿骨を骨折する重傷に見舞われたが、父が必死に探した医師の下でなんとか回復。退院後は、利き足が治りきっていなかったため、父と左足のキックを何度も何度も繰り返したという。両足からの極めて高精度なシュートの礎がここにある。

「才能を持っているだけでは無意味だ。毎日、それを磨き続ける必要がある」と労働者の父に教えられたビジャは、ユース時代にフィジカルを重視する指導者によって冷遇され、プロへの道をあきらめかけた。しかしこの時も、父や「いつも食事を作って待ってくれていた」母の励ましとサポートによって、フットボールを続けることができたという。

 両親に加えて、姉妹、妻の家族、親戚、友人の存在がなければ、「現在の自分はなかったと思う」と会見で語っている。そして自分の3人の子どもたちについては、「とくに(物事が)うまくいっていないときに、子どもたちが見せてくれた愛情が自分の力になった」と明かした。

 二人の娘と一人の息子の母は、ビジャが10代の頃から連れ添う妻のパトリシアさんだ。この競技のトップストライカーには、元同僚の妻を寝とったり、一晩だけの関係の女性が産んだ子を大金で引き取ったりする選手もいる。

 だが、ビジャはシンプルでまっとうな人間だ。おそらくそれは、物質的には豊かでなくても、温かい人々の愛情や笑顔に包まれて育った環境によるものだろう。「家はとても小さかったけれど、いつも友たちや親戚でいっぱいで、僕はすごく幸せだった」とビジャ自身が語っているように。

 そして、「年齢を重ねていた自分に懸けてくれた」ヴィッセル神戸と三木谷浩史会長にも、会見で特別な謝意を述べている。自身を神戸に誘ってくれたアンドレス・イニエスタらチームメイトやクラブ関係者全員にも、心からの礼を述べた。

 そのビジャの気持ちと同じくらい、日本のサッカーファンも彼に感謝しているだろう。1シーズン限りとはいえ、2010年W杯最多得点者にして、スペイン代表歴代トップスコアラーのパフォーマンスを目の前で堪能できたのだから。

 世界トップクラスの舞台で活躍してきたビジャは、この年齢でも高度なスキルを維持している。本稿執筆時点で、今季リーグ戦26試合に出場し、12得点2アシスト。第2節サガン鳥栖戦では盟友フェルナンド・トーレスと対戦し、Jリーグ初得点を決めて、チームの今季初勝利に貢献した。

 その後も、瞬時にマークを外してニアサイドで機先を制したり、完璧なヘディングを叩き込んだり、得意の左45度から巻いたシュートをネットに収めたりした。

 なかでも、白眉は第18節清水エスパルス戦で決めたゴールだろう。右後ろからフィードが送られてくると、右の足裏でバウンドを処理して、瞬時に左前方に持ち出す。そのままマーカーを出し抜き、迫りくるGKを右足から左足への連続タッチでかわすと同時にゴールを陥れた。映像を何度か見返さないと、何が起こったのかさえよくわからないような、別次元のスキルだった。

 またビジャは、ビッグネームにありがちな不遜な態度やあからさまなフラストレーションをピッチ上で示すことは一切なく、ゴールや勝利を挙げると、チームメイトたちと大いに喜んだ。筆者も試合後に何度か取材する機会に恵まれたが、常に真摯でオープンに対応してくれたことが印象に残っている。

 トーレスに続き、スペイン代表黄金期の主力がまたひとり、日本でスパイクを脱ぐ決断をした。エル・グアッヘ(ビジャの愛称。炭鉱夫見習い、少年の意)のゴラッソが見納めになると思うと寂しい気はする。ただ、その最後の勇姿を自分の国で観られたことには感謝したい。

 残すは、リーグ戦3試合と天皇杯だ。「みんなと一緒に天皇杯を掲げたい」と会見で語ったビジャの願いが、来年の元日に叶えば、最高のフィナーレとなる。

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