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90歳絵師「映画看板残したい」=炭鉱町の文化継承へ―福岡・田川

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2019年11月18日 07:31  時事通信社

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時事通信社

写真「風と共に去りぬ」の映画看板と絵師の篠原光雄さん=10月11日、福岡県田川市
「風と共に去りぬ」の映画看板と絵師の篠原光雄さん=10月11日、福岡県田川市
 福岡県田川市に今も手描きで映画看板を作り続ける職人がいる。現在では希少な看板絵師の篠原光雄さん(90)。市内の映画館が全て閉館し、いったんは手を引いたが、地元の愛好会の依頼で再び制作を始めた。「後世に残したい」。卒寿を迎えてなお、意気込んでいる。

 篠原さんは1949年に福岡市の映画看板絵師に弟子入り。約3年後に腕が認められ、田川市で独り立ちした。全盛期には約20館の映画館がひしめき、「正月やお盆前は帰宅できず、制作中の看板の上で眠るほど忙しかった」と話す。

 炭鉱の町だった田川市では映画鑑賞が大きな娯楽だったが、閉山などにより衰退。市内最後の映画館が88年に閉鎖され、映画看板の仕事はなくなり、篠原さんは屋外看板の制作に専念していた。

 転機があったのは2007年。田川映画愛好会の重藤哲男さん(79)から依頼があり、高倉健さん主演の「花と龍」の看板を描いた。篠原さんは「約19年ぶりで心配だったが、高倉さんの入れ墨を描くうちに感覚が戻ってきた」と話す。復帰後は「風と共に去りぬ」「男はつらいよ」など20点以上の映画看板を手掛けた。

 これまで制作した作品で一番思い出深いのが「十戒」(1956年)の看板。モーゼが海を割るシーンを「正念を入れて描いた」という。「(配給会社から提供される)スチール写真以上の迫力があるものを描きたかった」と振り返る。

 映画看板は新しい映画が公開されるたびに古い看板を上書きしていた。「孫にどんな映画看板を描いていたの」と聞かれ、当時の看板が残っていないことを悔やむ。「気力が続く限り、描きたい」。篠原さんは継承に心を燃やしている。 

このニュースに関するつぶやき

  • 履きやすそうなズボン。
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  • うちの伯父さんが、同じく看板絵描きです。(でした?)今時の写真の看板よりも、味があって「THE映画!!」って感じが良いなと思ってました。是非この方には生涯現役で看板描き続けてほしいな。
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