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ブラジルGP優勝。ホンダパワーがセナの母国で本田宗一郎の誕生日を祝う

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2019年11月19日 17:32  webスポルティーバ

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 ブラジルGP決勝のチェッカードフラッグが打ち振られ、ドライバーたちがパルクフェルメに戻ってくると、コースになだれ込みメインストレートを埋め尽くした観衆から「セーナ! セーナ!」と母国の英雄アイルトン・セナの名を叫ぶコールが起きた。

 これから表彰台に現れる2人のドライバーが、セナとゆかりの深いエンジンを背に戦い、劇的な1−2フィニッシュを果たしたことを知っているからだ。

 レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンは、ポールポジションからレースをリードしてメルセデスAMGのルイス・ハミルトンの戦略と真っ向から戦って勝った。

 そしてトロロッソ・ホンダのピエール・ガスリーは、中団グループを常にリードし続けたうえで、上位勢の自滅によって2位に浮上し、ハミルトンの猛追を振り切って自身初の表彰台に立った。

 ホンダとともに3度の世界王座に就いたアイルトン・セナの母国で、それはあまりに劇的な「ホンダパワー」の体現であり勝利であったと言えた。

 この11月17日がホンダの創業者である本田宗一郎の誕生日であったこともただの偶然とは思えない巡り合わせだった。

 レッドブル・ホンダにとっては今季3勝目。しかしこれまでのどちらの勝利とも違い、今回は”圧勝”だった。

「メルセデスAMGが完全にヘロヘロだったオーストリア、雨で荒れたドイツ、今日も荒れましたけどあの時とは意味の違う荒れ方でしたよね。今回はポールポジションからポールトゥウインができたというのは、きちんとした土俵の上できちんとした戦いをして勝ったと認識しています。相手はハンガリーの再来を狙ってきたけど届かなかったという感じでしょうね」

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターがそう語るように、ハミルトンとはハンガリーで激闘を繰り広げ、メルセデスAMGの戦略の前に敗れた。予選でポールポジションを獲ったように、速さはあったが強さが足りなかった。

 しかし、今回は二度にわたって先手を打ちアンダーカットを仕掛けて来たハミルトンに対し、二度ともにしっかりとポジションを守った。一度目は他車の危険走行に妨害されてハミルトンに先行を許してしまったが、ここが勝負どころと捉えて攻めに転じ、タイヤを酷使してでも全開プッシュですぐさまハミルトンをオーバーテイクして首位を奪い返して見せた。1.82秒というピットストップの新記録も打ち立てた。

 そしてレース終盤にセーフティカーが導入されると、一旦ポジションを失うリスクを冒してでもピットに飛び込んでソフトタイヤに履き替え、リスタート直後に再びハミルトンを抜き去って首位を奪い返した。

 すべての読みが当たり、外的要因に左右されようとも軌道修正を自ら手繰り寄せるドライバーの手腕があった。

「ルイスはすごく速かったし僕もプッシュし続けなければならなかった。戦略で彼の方が1周先にピットインしていったから、そのたびにうまくやらなければならなかったしね。でも2回とも僕らはうまくやれた。最後はチームが僕をピットに呼び入れてソフトタイヤに履き替えるというすごく良いコールをしてくれたんだ。あの瞬間は『これはうまく行くのかな? わからないぞ』と思っていたんだ。でもリスタートしてすぐにルイスのトウを使ってターン1のアウトから抜くことができて、ターン1でもターン4でも良いバトルだったね。そこからはタイヤのアドバンテージもすごく助けになって、トップを快走してレースをコントロールすることができたんだ」(フェルスタッペン)

 ペースをコントロールしタイヤをいたわる余裕さえあったフェルスタッペンだけでなく、アレクサンダー・アルボンはレース終盤にフェラーリ勢を抜き去って自力で3位に浮上してきた。ガスリーは前述のとおりハミルトンを押さえ込み、最終コーナーからの長い加速競争でメルセデスAMGを押さえ切ってみせた。

 メキシコほどではないにせよ、標高800mのサンパウロでホンダのパワーは明らかに優位性があった。メルセデスAMGはテクニカルディレクターのジェームス・アリソンが「今週末の彼らは車速が速い。我々はコンプレッサーの都合でこれ以上に過給を上げることができず、苦戦を強いられることはレース週末を迎える前からわかっていた」と認めていた。

 車体も日本GP以降は「着実に良くなっている」とレッドブルのテクニカルディレクターのピエール・ヴァシェは語る。

「この標高の高さがプラスに働いたことは確かだ。しかしUSGPでも好走を見せたように、それだけが理由ではない。我々は車体面でまだメルセデスAMGに後れを取っているとはいえ、日本GP以降はセットアップの方向性を変えてかなりパフォーマンスを改善して来た。そしてパワーユニットも(新型燃料投入もあり)日本GP以降パフォーマンスを上げている。初めてきちんとレースをできたことでそれがようやく証明できたんだ」

 まるでセナの力が働いたかのような1991年日本GP以来28年ぶりとなるホンダの1−2フィニッシュだったが、レッドブル・ホンダの勝利は不思議な力によるものでも何でもなく、実力以外の何者でもなかった。

 そしてガスリーの2位表彰台も、中団グループ最上位にいたからこそ巡ってきた絶好のチャンスを、実力があったからこそ掴み獲ることができた。上位勢の脱落という幸運はあったが、それを掴み獲ったのはトロロッソ・ホンダとガスリーの実力だ。ハミルトンのピットインでホンダ勢が1−2−3になった時から、ホンダもアルボンとガスリーのパワーユニットを持てる限りのパワーを絞り出して彼らの走りを後押ししていた。

 第2期の頃にセナとともにレースを戦った経験を持つ田辺テクニカルディレクターは、当時とほとんど変わっていないインテルラゴスでセナに思いを馳せながらこう語った。

「セナとホンダの仲というのは色々語られていますけど、我々にとっては本当に思い出深いドライバーですし、ブラジルは彼の母国です。その場所で今日、1−2というかたちで結果を出すことができたのは本当に喜ばしいことだと思っています。(セナ没後25年を記念して)MP4/4が走っていましたけど、スタンドでセナコールが起きるなど、応援もすごかったですよね。私も見ていたんですけど、セナの偉大さと今も愛されているというのを肌で感じました。その場所で勝てたのは本当によかった。もう1人、天国から見ていた本田宗一郎さんと、2人にも胸を張れる結果が今日は出せたんじゃないかなと思います」

 これまでの2勝よりも圧倒的に意味の重い3勝目と1−2フィニッシュ。このブラジルでレッドブルとトロロッソ、そしてホンダが大きく前に進んだことは間違いない。

 レース翌日、セナの眠るモルンビーの丘の墓標の前には、多くの花とともにフェルスタッペンとガスリーが立った表彰台の写真が手向けられていた。

 彼の愛したブラジルで、彼の愛したホンダの活躍に、きっとセナも喜んでくれていることだろう。

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