『Dr.STONE』は“豊かさ”への気づきを与えてくれる “クラフトもの×ジャンプ漫画”の圧倒的面白さ

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2019年11月21日 08:01  リアルサウンド

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Dr.STONE 1 (ジャンプコミックス)

 「無人島にひとつだけ持っていけるとしたら、あなたは何を選びますか?」。誰もが一度は、この類の心理テストを経験したことがあるのではないか。あるいは、「過去の時代へタイムスリップするとしたら、何を持っていきますか?」。


参考:『彼方のアストラ』は“あの頃”の哀愁を呼び起こす ミステリーを引き立たせるキャラ造形の巧みさ


 文明の利器である携帯電話を持参しても、もちろんそれだけでは電話もネットも繋がらない。移動手段としての自動車や自転車も、それを整備する環境がなくてはその場限りだ。火を起こすのが難儀な環境であればライターも重宝しそうなものだが、オイルがなくなっては打ち止めである。


 そんな「もしも」の世界を紡ぐのが、週刊少年ジャンプで連載中の漫画、『Dr.STONE』だ。『アイシールド21』の稲垣理一郎が原作を、『ORIGIN』のBoichiが作画を担当する本作は、ある日突然全人類が石化するという驚きの展開からスタートする。文明が崩壊した数千年後の「石の世界(ストーンワールド)」で目覚めた主人公・千空は、ゼロから文明を取り戻すべく、科学を武器に仲間たちと奮闘する。 


 『マインクラフト』や『スーパーマリオメーカー』がヒットを飛ばす昨今。「造る」という行為の魅力、つまるところの「クラフトもの」は、一定の地位を獲得したと言えるだろう。それに呼応するかのように、『Dr.STONE』は「サバイバル」が必須の世界観設定ながら、それを物語の中心には据えず、あくまで科学による「クラフト」を魅せていく。数少ない仲間たちと共に、知識と試行錯誤で取り組み、大自然を相手に無から有を造り出す。「友情・努力・勝利」が知的な痛快さを生む、新たなジャンプ漫画の誕生である。


 何より、主人公である千空が、物語の動力としてフレキシブルに機能している。超人的な頭脳と科学知識を有する彼は、その存在自体が極端なまでにチートである。しかし、ある種の才能に恵まれた人間でありながら、千空は絶対に努力を怠らない。先人が築き上げた科学文明を心から尊敬しており、そのリスペクトそのものが、彼の大きな原動力となっている。「天才がその腕を振るい続ける」という、一歩間違えれば嫌味にも受け取られてしまうキャラクター設定。しかし、自分の成果を驕らないその造形は、嫌味を巧妙に回避していくのだ。


 いわゆる「異世界転生もの」の文法をも汲む本作だが、そんな突拍子もない設定が成立しているのは、ひとえに、千空のキャラクター造形によるものだろう。『アイシールド21』のヒル魔でも培われた、「努力する頭脳派」の決定版である。シビアかつロジカルでありながら、実は人一倍情に厚い。


 そんな千空たちが造り上げていく、様々な科学のアイテム。石化した人間を復活させる液体や、病におかされた者を救うためのサルファ剤。それらを生み出す過程で登場する、ラーメンやコーラといった食事の数々。あるいは、電気というエネルギーや水車などの原動機。理科の教科書に載っていそうな手順で生み出されるそれらは、本来、漫画というジャンルで説明するにはひどく不向きなアイテムだ。地道に必要な材料を集め、コツコツとトライ・アンド・エラーを繰り返す。知識の活用と実験、そして失敗の連続のため、動きが少なく派手さにも欠ける。


 しかし本作は、そういった「地道な作業」をこれでもかと魅力的に演出していく。


 かつて同じジャンプ漫画である『ヒカルの碁』が人気を博したが、当時囲碁のルールを詳細に把握して身に付けた者は、果たしてどれだけいただろうか。つまりは、「知る」「学ぶ」ことと「面白い」は、決してイコールではないのだ。演出と緩急、ストーリーテリングによって、「知らない」「分からない」はそのままでも「面白い」に化ける。


 『SLAM DUNK』を読んでバスケットが上手くなったように錯覚し、『DEATH NOTE』で天才的頭脳を疑似的に体感したように、『Dr.STONE』は、読み手に一種の魔法をかけていくのである。科学に詳しくない、その方面のアンテナが低い人にも、どうしようもなく「面白い」。そこにある「クラフトもの」としての強さ。「自分にも何か造れそう」という、幸せな思い込み。


 その魔法を支えているのが、原作漫画を造る両名の手腕である。


 ストーリー面では、スマートフォンやドローンといった現代的かつ「絶対に無理では?」と思わせるアイテムを最初に提示し、そこから逆算して材料を採集、組み立てていく話運びを多用している。ビジネスの現場ではしばしば「結論から話す」という方法論が飛び交うが、話の区切りごとに細かく「結論」を設定していくその様子は、無駄なく洗練された印象を受けるのだ。読者は、「今現在ストーリーがどこに向かっているか」を常に意識させられながら、お話の筋を追っていくことになる。実にロジカルなアプローチだ。


 そんなパズルを漫画というメディアで成立させているのが、誰の目にも明らかな、圧倒的な作画力である。歴代ジャンプ漫画でもトップクラスに描き込まれたコマの数々は、「文明が滅びた大自然」と「それに立ち向かう新たな科学文明の誕生」に、この上ない説得力を与えている。Boichiによる作画はアートな魅力を有しており、いわゆる「コミック的」な絵柄とは若干の距離があるのだが、それがロジカルに組み上げられたストーリーとの見事な融合を果たしているのだ。


 パズルのように隙間なく組み上げられた原作と、アートで美麗な作画。その“科学”反応は、読み手に強いインパクトを与えることに成功している。


 本作は2019年7月よりアニメが放送中。原作漫画の世界観や魅力が、次々と理想の形でアニメーションに変換されていく。


 何より、緑生い茂る「石の世界(ストーンワールド)」がカラーで描かれたことが大きい。原作でもその美麗な作画で森林の雄大さが表現されているが、色鮮やかな映像で描かれると、また一味違った「威力」を発揮している。そう、本作における最大の敵は、地球、あるいは大自然そのものなのだ。それが印象的であればあるほど、「大自然相手に科学で戦う」という千空らの奮闘が際立つ。


 主義主張が異なる者同士での戦い、アクションシーンもふんだんに盛り込まれた本作。アニメーションで描かれるそれらは、言わずもがな迫力抜群。真っ暗な世界に灯される電気や、大自然で爆発する火薬など、スケールの大きな世界観設定を演出や美術がしっかりと支えていく。キャラクターの細かな所作が積み重なる駆け引きも、台詞の細かなニュアンスを音で受け取ることで、面白さが何倍も増している。


 また、千空の声を担当する小林裕介の熱演も見所だ。いわゆる「主人公らしい」キャラクターではない、ともすれば悪役のような立ち振る舞い。そんな、司令塔かつ参謀でもある千空を、「悪役」と「主人公」を両立させながら造り上げる。ひとつひとつ、言葉の重みを感じさせながら口を開く千空に、思わず視聴者も心を奪われていくのだ。まるで、彼の旗のもとに仲間が集っていくかのように。


 石化のその時、宇宙では何が起きていたのか。文明が崩壊したのに、どうして集落が存在するのか。物語はマクロな謎を配置しながら、ミクロな奮闘を積み上げていく。そこにある「地道に頑張ることの尊さ」は、地球や大自然と比較してしまうと、とても小規模なものだ。しかし、その「小さい」の積み重ねこそが、我々現代人の生活を間違いなく支えている。


 途方もない環境に何かを持っていけるとしたら、それは「科学」か。あるいは「文明」か。『Dr.STONE』は、人々が当たり前に享受する「豊かさ」への気づきを与えてくれる。我々の日々の「小さな」努力も、数千年後、誰かの生活を支えているかもしれない。(結騎了)


このニュースに関するつぶやき

  • 『Dr.STONE』の評論に「チート」を使ってしまうのは、料理の上に半熟玉子を乗せてしまうような、雑さを感じる。
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