写真 (C)榎本まみ |
新卒で督促業界に入ったOLが、毎日、怒鳴られ、脅されながら、年間2000億円の債権を回収するまでを描き15万部のベストセラーとなった「督促OL修行日記」(文藝春秋刊)。その後も都内のコールセンターに身をひそめ、スキルと経験を積んでパワーアップした督促OLがクレーマー、カスハラ(カスタマー・ハラスメント)に逆襲する術を伝授する。
* * *
先日、私が教育係をしていた一人の新人オペレータさんが辞めてしまった。ある日を境に連絡が取れなくなり、数日後コールセンターの出入りに使用するセキュリティカードと短い手紙だけがポツンと郵送されてきたのだ。
まだ20代前半の女の子だった。電話での案内は不慣れだったけれど、頑張り屋で素直な子だった。
最後の出勤となってしまった日に、彼女は一本の電話を取っていた。
たまたまシフト休みで当日出勤していなかった私が、その交渉記録を見つけたのは偶然だった。後日かかってきたそのお客様からの電話を取ったのだ。
「××を無料にしろ! 前に電話に出たオペレータに許可は取ってある!」
開口一番に出された要求と画面に映るお客様の情報に、私は「お」と思わず目を見張る。前回電話応対をしていたのが例の彼女だったからだ。
お客様の口から出たのは普段受け付けていないような無茶な要求だった。
「通常それは無料では承っていません。前に対応したオペレータとどのようなお話をしたか確認して折り返します!」
私は有無を言わせぬ勢いで電話を切り、それから前回の電話の録音を確認した。電話は1時間以上にもなる長いものだった。彼女が受けた要求は私にかかってきた電話と同様、通常有料で行っているサービス(なかなかいい値段がする)を無料にしろというものだった。
理由は入会時に説明がなかった、今まで対応してきた電話オペレータの態度が悪かった等、難癖ともとれる内容だ。当然断っていいものなのだが、新人オペレータの彼女は終始怯えて謝り通しだった。
「説明不足で迷惑をこうむった! 無料にしろ!」
「も……申し訳ございません……」
「誤ってばっかりじゃらちが明かないだろ。いいから無料にするってひと言、お前が言えばいいんだよ!」
電話はずっとこんなやり取りで続いていく。これは恫喝して怯えた相手から言質を取り、それを元に自分の要求を飲ませようとするクレーマーの常套手段だ。コールセンターで働いているとこういう電話は珍しくない。慣れたオペレータは当然要求を飲まないが、稀に彼女のように新人のオペレータが出ると勢いに押されて「YES」と言ってしまう事がある。そうすると相手も鬼の首を取ったかのように「○○ってオペレータの許可は取ってある!」と畳みかけてくるのだ。
だからこの手のお客様は、気弱そうな女性のオペレータが出るまであえて何度も電話をかけてくることがあるのだ。
録音を聞き終えた時、ひどく胸が痛んだ。どうしてこの日、私は彼女の隣にいてあげられなかったのだろう。そうしたら電話を代わってあげることもできたし、こんな要求相手にしなくていいんだと言い切ってあげることができたのに。
きっと新人オペレータの彼女はこの電話で怖い思いをして、そして押し切られて返答をしてしまいそれを気に病んでコールセンターに来られなくなってしまったのだろう。
私も新人のころ、同じことがあった。お客様に会社の非を責められている時は、「申し訳ない」「迷惑をかけた」という気持ちでいっぱいになってしまって、謝る事しかできなかった。そして何度も「××(お客様の無茶な要求)でいいんだな!?」と詰められて言葉が出て来ずに、最終的に口から出たのは「ハイ」という言葉だった。
客観的に見れば明らかに道理が通らないような要求であっても、電話口で怒鳴られ長時間非を責められ要求を飲むようにしつこく言われれば、ついそれを認めるような返答をしてしまうのも無理はないのである。
私はそれからそのお客様に電話をかけなおし「その要求は認められない」ときっぱりと伝えた。お客様は当然のように「ふざけるな! 前に電話に出たオペレータはいいって言ったぞ!」と怒鳴る。でも私だってもう言い負かされていた新人時代は遠い昔のことなのだ。
私は再度「そうですか、前に電話に出た者の案内は間違っていますね。当社では無料でそのサービスは受けられません」ときっぱり言い切った。
するとお客様もこいつはいくら言っても無駄だと判断したのかあっさりと電話を切った。こういうクレーマーは必ず要求を押し通そうとしてくるわけではない。多くが通ったらラッキーだな程度の罪悪感でオペレータに無茶を言ってくるのだ。でもその分罪悪感軽いのでたちが悪い。
もうコールセンターに来られなくなってしまった彼女へ、今更だけど言ってあげたかった言葉がある。まず、会社の非を責められてもあなたは悪くないのだから申し訳ないと思う必要はないということ。
それから、そんな電話は自分で何とかしようと思わずさっさと先輩や男性社員に代わってしまってもいいと言うこと。女性の身としては悔しいけれど、そういうお客様は男性が電話に出た瞬間に態度を180度変えて、全然怒鳴らなくなることが多いのだ。
そして、一度言質を取られてしまったとしても、必ずそれを飲まなければいけないわけではないということ。年若い人たちは真面目で素直な人が多いので、一度「YES」と言ってしまったらそれを守らなければいけないと思う人が多いのだけれど、ついうっかり相手の要求を認めてしまっても、
「さきほどは××と申し上げましたが、それは出来かねます!」
撤回してもいいのである。一度言質を取られたからといってそれに従う必要はないと言うことを覚えておいてほしい。
もうコールセンターで働く気にはなれないかもしれないけれど、私はもっと早くこのことを彼女に伝えてあげたかった。それからもしこのコラムを読んでいるあなたが、無理な言質を取ってこようとする相手に出会ってしまった時にはぜひこのことを思い出してほしいのだ。
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