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元阪神・林威助が危惧する台湾野球。アメリカ志向と投手陣の弱体化

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2019年11月27日 06:31  webスポルティーバ

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 台湾南部にある屏東市。駅から2時間に1本のバスに乗り、30分ほど行ったところに台湾プロ野球・中信兄弟の二軍施設がある。周囲には小さな集落以外なにもなく、スタンド付きの球場と寮を兼ねた施設は、若い選手が野球漬けの日々を送るにはちょうどいい。とはいえ、ファーム行きを告げられたベテラン選手はたまったものではない。

「僕はまだ独身ですから(笑)」

 そう語るのは、中信兄弟の二軍監督を務める林威助(リン・ウェイツゥ)だ。ここでの生活もまったく苦にならないと語る。

 林が中信兄弟の二軍監督に就任したのは、昨年のことだ。17歳で福岡・柳川高校に野球留学し、近畿大を経て、2002年のドラフトで阪神から7巡目指名を受けて入団。2003年から11シーズンにわたってプレーしたもののケガに泣かされ、一度も規定打席に到達することはなかったが、それでもパンチ力のある打撃は阪神ファンの心をつかんだ。

 また林は台湾のナショナルチームでもプレーし、2004年のアテネ五輪やWBCで日本代表と戦っている。

 その台湾ナショナルチームだが、近年、国際舞台で目立った結果を残せていない。2013年のWBC第2ラウンドでは日本相手に死闘を繰り広げたが、2017年のWBCでは第1ラウンド最下位に終わるなど、プロ参加のトップレベルの大会で苦戦が続いている。

 林が故郷・台湾を離れていた期間は18年。その間、台湾野球は大きく変わった。帰国後、台湾野球を学ぶ気持ちもあり4年間、現役を続けたが、指導者となった今、恩返しのつもりで若い選手の育成に取り組んでいる。

 かつて台湾の野球選手の目標は、日本のプロ野球だった。1980年に高英傑、李来発が南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団したのにはじまり、郭源治(元中日)、郭泰源(元西武)、大豊泰昭(元中日など)らが日本プロ野球界を席巻した。

 日本への選手の流れは今も続いているものの、1990年代後半からは台湾プロ野球を経由することなく、アメリカへ渡る選手が急増している。しかし、アメリカはポテンシャル重視で、細かな指導を行なわれないことが多い。そんななか、20代半ばで振り落とされ台湾に戻ってきても、吸収力のなくなった体は細かな指導を受けつけないことがほとんどだ。

 台湾人指導者は、まず台湾プロ野球で実績を残してからアメリカに渡ったほうがいいと言うのだが、1990年以降、プロリーグの分裂危機や度重なる八百長事件などでマイナスイメージが定着し、選手の親世代がメジャーを頂点とするアメリカ志向になってしまったと、林は嘆く。

「私が台湾に帰ってきた頃、プロ野球の人気はかなり落ちていました。でも、最近はちょっと変わってきています。ファームの環境もよくなり、給料もだいぶ上がってきています。まずは台湾で腕を磨こうと考える選手が多くなってきています」

 台湾人選手がメジャーでプレーしたのは、2002年に陳金峰がドジャースで外野手としてデビューしたのが最初である。その後、2005年にヤンキースの王建民が初めてメジャーのマウンドに立ち、翌年、アジア人として初の最多勝投手となった。

 以来、これまでメジャーでプレーした台湾人選手は16人。このうち、アマチュア球界から台湾のプロ野球を経てアメリカに渡ったのはふたりだけしかいない。

 メジャーのスカウティング網の拡大に伴い、近年、北米以外でもメジャーリーガーを多く輩出する地域の選手の契約金は高騰している。たとえば、ドミニカ共和国では、日本円で億単位の契約金も珍しくなくなってきている。しかし台湾の場合、その実績のなさからか、契約金は高額ではなくなっていると林は言う。

「昔のほうが高かったんじゃないかな。最近聞いたのは、5万ドル(約550万円)でした。ドミニカなどは、これまで多くのメジャーリーガーを輩出し、今でも多くの選手が活躍している。いま台湾人のメジャーリーガーって誰がいます? いないでしょう。そうなると、契約金も下がってきます。10年ぐらい前はみんな期待していたけど全然ダメで、そういう選手がいま台湾に帰ってきてプレーしています」

 台湾プロ野球リーグ(CPBL)は、2019年になってようやくメジャーリーグ(MLB)、日本プロ野球(NPB)、韓国プロ野球(KBO)といった主要リーグと選手の移籍に関してポスティング制度の協定を結んだというが、アマチュア選手に関しての規定はない。

 この夏、ドミニカのメジャーリーグアカデミーを取材したが、そこにふたりの台湾人大学生が練習に参加していた。人材の早期流出という課題は、まだまだ解決していなかった。

 また、林が台湾に帰ってきて感じたことは、プレースタイルの変化だった。台湾の野球は、日本人が普及させたこともあり、日本流の鍛錬と規律を重んじたスモール・ベースボールをベースにしたものだ。1990年に台湾でプロ野球が始まったが、当初は監督に日本人を招聘する球団が多かった。

 しかし、林が台湾を離れていた20年近くの間に大きな変化が起こっていた。林が台湾に帰ってきた時、プロ4球団すべてのチームがアメリカから指導者を招き寄せていた。日本で長らくプレーしていた林の理想は、日本の野球である。だから、いまの台湾の野球には多少のジレンマを感じているという。

「バントなんか、大事な時に決まらない。まあ、最近はきちんと練習するところも多くなってきましたけど……」

 意外かもしれないが、現在のアメリカ野球は超管理的だ。練習メニュー、練習量など、すべてチームが管理している。ウエイトなどもメニューが決められ、トレーニングコーチがついていなければ自分でやることはできない。自主的な打撃練習など、もってのほかだという。

「私が二軍の監督に就任した時もそうでした。だから、まずそれをあらためました。いまは自分で足りないと思ったら練習OKです。アドバイスすることもありますが、すべて言うわけではありません。自分でやっていくなかで、『これだ』というものをつかむことが大事なんです」

 現在、練習は丸一日、夜間練習も実施しているという。しかし林の目指す野球は、すべてが日本流というわけではない。

「日本と台湾のミックスですね。そのまま日本のやり方をすると、誰もついてこられないですよ(笑)。なにしろ、台湾は蒸し暑いですから。そこも考慮しながら練習させています」

 だから、いま日本で話題になっている球数制限についても理解を示している。これは林個人というより、台湾球界全体として制限しているのが現状だ。アマチュアについてはわからないと前置きしたうえで、林は次のように語る。

「先発ピッチャーは100球いかないです。ファームも85〜100球が目安で、一軍から指示されます。とにかくこっちは暑いですから、100球近く投げるとピッチャーはバテバテです。リリーフに関しては、25〜30球ぐらいです」

 ただしクローザーの起用については、いまや日米で当たり前となっている1イニング限定ではない。

「同点にされそうな時は、8回からでも投げさせたほうがいいんじゃないですか」

 たしかに投手力の弱い台湾では、ピンチになるとどんどん投手をつぎ込まないと勝利をつかむことはできない。林は投手の向上こそ台湾野球の最大の課題だと感じている。

「選手として台湾に戻ってきた時、こっちの投手と対戦したのですがビックリしました。球速表示は145キロとか出ているのに、打席で速さを感じないんです。要するに、下半身の粘りで投げていないから、ベース付近でボールが沈むんです」

 投手陣の弱体化は、台湾では無双状態だった王柏融(ワン・ボーロン/日本ハム)の日本移籍後の成績(打率.255、3本塁打、35打点)が物語っている。

「日本はピッチャーがすごくいいじゃないですか。コントロールはいいし、球の伸びもある。先程話したバントの件も、原因はピッチャーなんです。こっちのピッチャーはランナーがいても平気でど真ん中に投げてきます。それだったらバントなんかせずに打ったほうがいいじゃないですか。でもピッチャーのレベルが上がれば、細かい野球をしないと戦えません」

 そういう意味で、侍ジャパンと行なう国際マッチは、台湾の選手にとって貴重な機会だと林は考えている。

「日本の選手は基礎がしっかりしているじゃないですか。だから、大谷(翔平)くんや佐々木(朗希)くんといった怪物が出てくるんです。台湾にもそういう選手が出てきてほしいですね。やっぱりピッチャーがよくならないと、打者のレベルも上がらない。日本代表と試合をしていい投手と対戦すると、『すごい球を投げるな』とか、『そんな打ち方じゃダメだ』ってわかるんです。いまのところ台湾のなかではそういうピッチャーと対戦できていない。まずはピッチャーの強化が最優先ですね」

 指導者として歩みを始めたばかりの林だが、このオフに台湾で開催されているウインターリーグで台湾プロ選抜チームを率いている。チャンスがあれば、ゆくゆくは代表チームのコーチをしてみたいと語る。

「いま台湾では素質のある投手は、みんなアメリカや日本に行ってしまいます。そういうピッチャーをどうやって台湾に残して育てていくかが課題です。とにかく自分たちで選手を育てていきたいですね」

 林が指導する台湾チームが、侍ジャパンの前に立ちはだかる日が来るのは、そう遠いことではないかもしれない。

このニュースに関するつぶやき

  • かつて、甲子園球場を大いに沸かせた、「林威助」は、本気で、台湾球界全体の向上に取り組んでますね。
    • イイネ!89
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