こんにちは、保安員の澄江です。
レギュラーで入っているスーパーで勤務していたときのことです。小学校低学年くらいに見える可愛らしい双子の姉妹が店に入ってきました。どうやら一卵性双生児のようで、服や靴はもちろん、持ち物に髪形までもがお揃いで、親でなければ見分けられないほどよく似ておられます。あまりに可愛らしく「初めてのおつかい」を見る気分で幼い2人の動向を気にしながら巡回していると、同じタイミングで同じ商品を手に取り、その瞬間に同じ言葉を発する場面を目撃。以心伝心とはこのことだと、とても不思議で興味深かったです。
まるで孫を見送る祖母のような気持ちで、お菓子を片手に仲良く店を出て行く姉妹の背中を見送りつつ、ふと、先日起きた薄気味悪い事件を思い出しました。
それはついこの前のことです。新規の契約先となった総合スーパーにて、初日の勤務を任されました。契約初日の勤務を任されるのは、会社から信頼されている証。そう言ってしまえば聞こえはいいですが、結果を出さなければならないプレッシャーが強く、慣れた現場における勤務よりも疲れます。
|
|
「ウチは、常習さんも含めてたくさんいるけど、大丈夫? この仕事は、長いの?」
「はい、40年ちょっとくらいになります。いればわかると思いますので、充分に注意して巡回しますね」
「ほー。今日は、忙しくなりそうだなあ」
ヨーダ似の老婆が見せた熟練の早業
目を丸くして感心しつつも、まるで期待してなさそうなゴリラ顔の店長さんに挨拶を済ませて、妙なプレッシャーを感じながら現場に入ると、邪悪な目をした老婆が店に入ってくるのが見えました。
(あのおばあさん、やりにきたのかな)
『スター・ウォーズ』に出てくるヨーダに似た目をした老婆から、溢れ出るような犯意を感じた私は、その行動を確認するべく彼女の行動を確認します。するとまもなく、ヨーダは厚揚げ、ちくわ、ウインナーなどの商品を手にし、店の死角通路で花柄の刺繍が入った黒のトートバッグに商品を全て隠すと、なにひとつ買うことなく外に出ていってしまいました。その熟練された早業は、この仕事に長年従事してきた私からしても目を見張るほどの技術で、相当な常習者だと感じられます。
「お店の者です。このバッグの中に入れたモノ、お支払いただけますか?」
「あら、いやだ。うっかりしてた! いま払うから……」
「申し訳ないけど、事務所でお支払いただけますか?」
「なんで? 嫌だよお……」
|
|
声をかけると同時に、踵を返して店内に戻ろうとしたので、腰元を咄嗟に掴んで制止します。両足の爪先を立てて一歩も歩こうとしないヨーダの体を、後方から押すようにして事務所に連れていき、事務作業中の店長さんに引き渡しました。
「万引きです」
「え? もう? スゲエなあ」
指定の場所にヨーダを座らせ、トートバッグに隠したモノをデスクに出させると、計5点、合計1,200円ほどの商品が出てきました。話を聞けば、ヨーダはこの店の近くに住んでいるといい、年齢は78歳で、身分を証明するモノは持っておらず、所持金は300円ほどしかないと言います。買取不能であることが判明した途端に、顔色を変えた店長は、少し乱暴な口調でヨーダを責め始めました。
「一度あんたのバッグに入れられたものを、お店で売るわけにはいかないから買い取ってもらいたいんだけど、家の人とか、誰か立て替えてくれる人は呼べるの?」
「妹と一緒に住んでいるけど、いまケンカしてるから頼りたくない。全部返すから、それで勘弁しておくれ」
「なんで盗っちゃうんだよ? 悪いことだって、わかってんだろ?」
「年金だけじゃあ、生活が苦しくて、食べていけないのよ。あたしじゃなくて、世の中が悪いんだよお」
まるで反省の見えない態度で店長さんに許しを乞うたヨーダは、まもなく警察に引き渡されると、なにかしらの前科があったらしく簡易送致されることになりました。
|
|
(一件挙がって、カッコもついたし、後半はゆっくり回ろう)
所轄警察署における逮捕手続きを終えて、食事休憩を済ませて店内に戻ると、先程まで隣の取調室で喚いていたヨーダの姿が目に入りました。
(意外と早く解放されたみたいだけど、何をしにきたのかしら? 謝罪に来るようなタイプではないし……)
一度捕らえた被疑者に、私から声をかけることはありません。報復を始め、何が起こるかわからないので、気付かれないように姿を隠して、動向を見守るのがセオリーなのです。目的がわかるまで行動を注視すると決めて、遠巻きにヨーダの行動を見守っていると、伊達巻やさつま揚げ、ウインナー、梅干しなど、朝に盗んだモノと同じような商品ばかりをカゴの中に放り込んでいきます。確か、彼女の所持金は、300円ほどしかなかったはず。状況が変わっていないとすれば、カゴの中の商品を買うことはできません。
(ちゃんと払えるのかしら?)
あたりまえの疑問を胸に注視を続けると、しきりと後方を振り返りながら死角通路に入ったヨーダは、左手首にかけたトートバッグの中に商品を隠し込みました。なにひとつ商品を買うことなく、またしても盗むだけ盗んで店の外に出たヨーダに、言い知れぬ怒りを堪えて声をかけます。
「あなた、さっき捕まったばかりなのに、なにやってんのよ」
「へ? あんた、なんだい? 知らないよ」
同じ人を複数回捕捉することは、さほど珍しいことではありません。過去には、半年くらいの間に、合わせて8回も声をかけさせられた痴呆症の常習老女もおられました。しかし、半世紀近いキャリアの中でも、1日のうちに同じ人を2回捕まえた経験はありません。
「あなた、よく言うわねえ。とにかく、お金払ってもらわないと」
「ああ、はいはい」
事務所に連れて行くと、彼女の顔を見た店長さんが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。
「おい、ばあさん。なに考えてんだよ? あんた、さっき捕まって警察に行ったばかりだろう」
「はあ? あたし、警察になんか行ってないよ」
怒る店長さんを宥めて、先と同じ段取りで商品を出させると、計6点、1,800円ほどの商品が出てきました。どこで手に入れてきたのか、お金は持っているというので見せてもらうと、5,000円ほど所持しています。
「このお金、どうしたの?」
「どうしたのって、あたしのお金だよ」
「こんなにあるんだったら、さっきのやつも買ってくれたらよかったのに」
「さっきのやつって、なによ?」
あからさまに否認を続けるヨーダの態度を、どこかおかしいと感じた私は、通報に必要な人定事項を事故処理表に書いてもらいました。警察への通報を終えて、前件の事故処理表を手に戻ってきた店長が、それを受け取って照合します。
「あれ? 住所は同じだけど、名前が違う!」
「それ、なんて名前よ?」
店長が名前を読み上げると、苦笑したヨーダは言いました。
「それ、姉さんの名前だわ」
「ええっっ!?」
「私たち、双子なのよ」
その後、駆けつけた警察官によれば、この姉妹は所轄内で名を馳せる常習者とのこと。いつもは共犯でやるのにと首を傾げていましたが、恐らくはケンカをしている最中のため、別々に来て盗んだのでしょう。同じ日に、同じ店で、同じようなことをして、同じ人に捕まる。この奇跡が、双子だからこその能力だとすれば、もっといいことに使ってほしいものです。
ひどく重たい気持ちで警察署に戻ると、地域課の前にある廊下で、ようやくに取り調べを終えたらしい姉と、これから取り調べを受ける妹が遭遇する場面がありました。よく観察してみれば、靴とトートバッグがお揃いで、色違いのモノを着用しています。
「あら、迎えに来てくれたの?」
同じ顔で、2人同時に同じ言葉を発する双子の老姉妹を見ても、少しも可愛いとは思えませんでした。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)