写真 自治体に引き取られた子猫。全国の自治体で殺処分される割合は子猫が最も多い |
今年6月、動物愛護法が7年ぶりに改正された。制定以来4度目の改正となる。多く努力と、ギリギリのせめぎ合いの末、いくつかの改善がみられた。
【「引き取り屋」に引き取られた猫の写真はこちら…】 一方で、子犬・子猫の繁殖から小売りまでの流通過程では、毎年約2万4千匹の命が失われている。日本の生体販売ビジネスは、犬猫に大きな負担を強いる形で発展したのだ。
長年、ペット流通を続けてきた朝日新聞記者の太田匡彦氏が、約10年の取材をまとめ上梓した『「奴隷」になった犬、そして猫』から、特別に一部を紹介する。
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■野菜を作るより猫を繁殖するほうが効率がいい
2018年夏、私は、関東地方北部の猫の繁殖業者のもとを訪ねた。住宅街に建つ3階建ての戸建て住宅。そのなかで100匹近い猫たちが暮らしていた。
中に入ると、アンモニア臭が鼻をつく。1階の部屋には狭いケージに入れられた猫が多数いるほか、妊娠中でおなかを大きくした猫が何匹もうろうろとしていた。2階を住居スペースにしており、3階にも数十匹の猫がいるという。
この住宅に住む女性が猫の繁殖を始めたのはおよそ10年前。最初は小規模に始めたが、このときは常に20〜30匹の子猫がいるほどの繁殖業者に成長していた。ネットに広告を出して直接消費者に販売しているほか、埼玉県内の競り市に出荷している。
これだけの数の猫の面倒を、女性を含めて1〜2人程度で見ている。当然、健康管理は行き届かない。
かつてこの繁殖業者のもとで働いていたというアルバイトの女性はこう証言した。
「とにかく病気の子が多い。治療を受けさせてもらえないまま死んでしまう繁殖用の猫もいました。くしゃみや鼻水を出しながら繁殖に使われている子もいて、そういう猫たちは、絶対にお客さんの目には触れないよう隠されています。親の病気に感染して死んでしまう子猫も少なくなく、働いている間は頻繁に猫の死体を目にしました。子猫は死ぬと冷凍庫に保管し、ある程度死体がたまると、業者を呼んで引き取ってもらっていました。成猫は1匹1080円で引き取ってもらっていたようです」
繁殖用の親猫を増やし、子猫を増産するなかで劣悪な飼育環境に陥る業者が出てくる一方、バブル状態の市場環境は、新規参入も促す。
脱サラや定年退職して猫の繁殖業を始める人もいれば、「農家の人で、野菜を作るより猫を繁殖するほうが効率がいい、と始める人もいると聞く。安易に猫の繁殖を始める人が相当いる」(大手ペットショップチェーン経営者)といった状況だ。
■「犬ブーム」の悲劇を追い始めた猫
猫は、平成の半ばに入って存在感を増し始めた。一般社団法人「ペットフード協会」の推計によると、2000年には約770万匹だった飼育数はじわじわと増え続け、17年に約952万匹となってついに犬(約892万匹)を逆転した。
背景には、00年代半ばから始まった猫ブームがある。
辰巳出版が隔月で発行する猫専門誌「猫びより」の宮田玲子編集長は、「00年代半ば以降、個人ブログ出身の人気猫などが登場し、猫の性格や動作が多くの人の共感を呼ぶようになった。SNS上などでは、犬よりも猫のほうが、より幅広い層からの共感を集めている」と分析している。
ツイッターや動画投稿サイトなどが主流になっても、猫人気は継続。そこから発展して写真集、映画、CMに猫が次々と取り上げられた。「ネコノミクス」という造語も登場し、その経済効果は2兆3千億円(15年)という試算まで出ている。
ブームの恩恵を受けて、ペットショップも活況を呈した。週末の東京都内のペットショップに足を運んでみると、子猫の前には人だかりができていた。子犬より高めの20万円台半ばから30万円台の子猫が目立つ。その猫種を見てみると、スコティッシュフォールドやアメリカンショートヘア……。
残念ながらこれは、いつかきた道だ。
振り返ってみれば、シベリアンハスキーやチワワがブームになった後、大量の捨て犬が社会問題になった。その背後には、繁殖に使われたたくさんの親犬たちの犠牲も存在する。
犬ビジネスは平成に入って急速に成長した。そして、犬でできあがった、
工場化した繁殖業者(ブリーダー)による大量生産
↓
競り市(ペットオークション)による量と品ぞろえを満たした安定的な供給
↓
流通・小売業者(ペットショップ)による大量販売
というビジネスモデルに、いきなり猫たちが乗せられてしまったのだ。
ついこの間まで拾ったり、もらったりするのが当たり前だった猫たちだったが、テレビCMなどがはやらせたスコティッシュフォールドなど一部の純血種の人気が高まり、ペットショップで購入するものになり始めている。
16年のゴールデンウィークには、競り市での落札価格が例年の3〜4倍まで高騰し、子犬より高値がつく子猫も出て、業界内で話題になった。
■「増産態勢」照明を1日12時間以上あてれば、年3回
朝日新聞の調査では14年度以降、猫の流通量は前年度比平均1割増のペースで増え続けており、14年度と17年度を比べると、猫の年間流通量は3年で3割以上も増えていることがわかる。
18年に入ると、ペットショップにおける販売頭数の増加はさらに過熱。「猫は仕入れるとすぐに売れるため、地方都市まで回ってこない」(大手ペットショップチェーン従業員)という状況になり、この年のゴールデンウィーク前後には、猫の仕入れ値はさらに急騰したという。競り市では、子犬の落札価格を上回る子猫は珍しくなくなっている。
このように人気が過熱し、価格が高騰し、流通量が増えるということは、当然ながら生産量が増えることを意味する。猫ブームの裏側で10年代半ば以降、猫は完全に「増産態勢」に入っている。
「猫の販売シェアが年々増加しています。昨年は約18%でしたが、今年のゴールデンウィークには20%を超えました。猫のブリーダーの皆さまにはたいへんお世話になっております。本日は、猫の効率の良い繁殖をテーマに話をさせていただきます。犬の繁殖とは大きく異なりますので、よくお聞きください」
16年初夏、ある大手ペットショップチェーンが都内で開催した繁殖業者向けのシンポジウムを取材した。講師を務めた同社所属の獣医師は、繁殖業者らにそう語りかけた。
獣医師は様々なデータを用いながら、猫は日照時間が長くなると雌に発情期がくる「季節繁殖動物」であることなどを説明。そのうえで、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあてつづけることを推奨した。
「普通の蛍光灯で大丈夫です。長時間にわたって猫に光があたるよう飼育していただきたい。光のコントロールが非常に大切です。ぜひ、照明を1日12時間以上としていただきたいと思います。そうすれば1年を通じて繁殖するようになります。年に3回は出産させられます」
実は猫は「増産」が容易な動物なのだ。
一方こうした状況に対し、猫の販売量が増えることそのものに危機感を抱く向きは多い。前出の宮田玲子「猫びより」編集長は言う。
「本当に猫が好きな人ほど、今の猫ブームについて疑問を持ち始めている」