【池袋・買春男性死亡事件:後編】男の性欲は「ジョークでかわせ」「真に受けた女が悪い」30年前の報道から現在へ

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2019年12月02日 23:12  サイゾーウーマン

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 1987年4月15日、東京・東池袋にあるビジネスホテルTの客室内で、大手通信会社社員・谷口智明さん(28・当時・仮名)が、電話で呼び出したホテトル嬢・大鳥清美(22・当時・仮名)にナイフで刺されて死亡した。密室で起こった惨劇の一部始終は、ベッドにセットされた8ミリビデオカメラに録画されていた。

前編はこちら:2時間6万円で買われた“ホテトル嬢”が客を殺めるまで

ホテトル嬢が強要された屈辱的な行為

 6月24日に開かれた第2回公判。この日、検察側証拠として谷口さんが撮影していたビデオカメラが上映された。「公序良俗に反する」として傍聴人を法廷から出しての上映となったが、締め出された傍聴人らが耳をそばだてると、ビデオの音声が聞こえてくる。清美の声だ。

「あはっ、ウフン、アァ……」

 恐怖からくる悲鳴か、快感の演技か、それとも愉悦の叫びか。

「いいか、今から俺が言う通りにしゃべるんだ。『私は男の公衆便所です。やりたくなったら来てください』『もう絶頂感に達しました。いつでも来てください』だ」

 命じられるままに屈辱的なセリフを復唱させられる清美。だが快感に悶えるふりをしながら体をくねらせていると、徐々に手足を縛っていた帯が緩んできた。ふと目をやると、ベッドの上に先ほど親指を刺されたナイフが転がっている。身をよじらせながらナイフを体の近くに引き寄せていった。バイブレーターで清美の性器を弄ぶことに夢中になっている谷口さんの隙をうかがいながら、左手でそっとナイフを握り、谷口さんの右脇腹を刺した。

「うぁぁっ!……てめえ、この野郎、何をしやがるんだ!」

 のちに清美はこの時の心情を「腹を刺してうずくまった隙に逃げようと思った」と語っている。ところが谷口さんはうずくまりもせず、清美を逃すまいとドアのそばに回り込み、突っかかってきた。

 髪をつかみ、頭を壁に打ち付ける。清美は胸を刺したが、谷口さんはそれでも首を絞め付けてくる。“ナイフを奪われたら今度は自分が刺される番だ”……無我夢中でナイフを左右に振り続けた。しばらくすると谷口さんは、

「てめぇ、殺人犯にしてやるぞ……」

 こううめき、失神した。ビデオの音声は清美の叫び声が続く。

「ねえ、起きなさいよ!」
「助けて、早く、助けてよ! 救急車よっ。いやあっ、死んじゃう、死んじゃうよ!」

 午後8時。ホテル従業員が駆けつけた時、谷口さんはすでに死んでおり、清美も大腿部に深い傷を負っていた。

 清美は初公判・罪状認否において殺意を否認し、弁護人も正当防衛による無罪を主張した。被害者である谷口さんが撮影していたビデオカメラには、殺害までの一部始終と、彼が生前に清美に強要した屈辱的な行為の全てが記録されていた。そこには“ホテトル嬢には何をしてもいい”といわんばかりの、谷口さんのセックスワーカーに対する蔑視が如実に表れている。そして検察や裁判所、これを報じた週刊誌にも、ホテトル嬢という職業への偏見が見え隠れしていた。

 ビデオ上映の様子を報じた女性週刊誌「微笑」(祥伝社/96年休刊)は、谷口さんをサディストの“異常性愛者”だとして、こう論じている。

「男の異常性愛について、女がある程度の知識をもっていたら、相手を殺してしまうほどの恐怖感を抱かずにすんだかもしれない」
「谷口さんの行為は、異常性愛者のなかではそれほど珍しいものではないという。相手の心を傷つけないように、やんわりと断るとか、ジョークで身をかわすとかして、うまくその場を切りぬけることもできたかもしれない」
「異常性愛者だといっても、普通、相手には傷を負わせるようなことはしないということを記憶しておくべきだろう」

 さらに、谷口さんがはじめに清美をナイフで脅し、親指を刺した行為も「男はナイフを出して、“おれのいうことを聞け”とおどした。そのときに、ナイフが女の右手の親指を傷つけ、血が流れた。それでおどろいたのか、女は男のいうなりになった」と、単なる“おどし”であると記載する。挿絵には「SMごっこのつもりだったのにィ!」と裸で驚く男性のイラストも描かれており、“異常性愛者の作法を知らない女性が過剰に反応した”という図式を示している。

 一審・東京地裁で清美に懲役5年を求刑した検察側も、こう述べた。

「売春契約をした以上、性的自由及び身体の自由は放棄されており、保護に値しない。被害者はたんなるわいせつ行為が目的であり、被告人に記憶がないというのは弁解である。急迫不正の侵害、生命の危険もなかったのに憤激のため殺意を持って刺殺した」

 同年12月28日に開かれた判決公判では、清美に懲役3年の実刑判決が言い渡された。「身を守ろうとして刺したが、その反撃は相当性を逸脱していて、過剰防衛」「素手で追い回す被害者をナイフで、胸部など30数カ所も刺して殺害したのは過剰防衛で未必の故意があった」と裁判所も清美の殺意を認めた。

 こうした状況に立ち上がったのは、傍聴席で公判を見守っていた女性たちだった。一審判決に疑問を抱いた彼女たちは「池袋・買春男性死亡事件を考える会」を発足。次の二点を疑問視した。

「第一は、判決は密室で男性に暴行を受け、一方的に追いまわされ続けた女性の心理への理解を欠き、女性の生命の危機と恐怖心にまったく言及していないこと」
「第二に、彼女がホテトル嬢であることを取り上げ、『見知らぬ男性の待つホテルの一室に単身で赴く以上、客の性格等によっては相当な危険が伴うことは十分予測し得るところであるにもかかわらず、敢えて……赴いたという意味では、いわば自ら招いた危難と言えなくもない』という認識について」

 彼女らの働きかけにより、翌年4月に開かれた控訴審第一回公判では2300筆の署名が提出された。あわせて「男性弁護士には話しにくいこともあるのではとの危惧もあった」ことから、弁護団に女性弁護士を加えたいと要請。この動きを受け、強姦救援センター・アドバイザーの角田由紀子弁護士が第二回公判から弁護団に加わることとなった。以降、裁判の流れは変わる。

 同年5月に予定されていた判決公判には弁論が再開。犯罪心理学の福島章教授による「精神状態に関する意見書」が証拠採用された。福島教授の意見書は次のようなものだ。

「被告人の精神状態が、強い不安・恐怖に支配された情動興奮の状態にあり、そのため犯行時、自分がおかれていた現実的状況や自分の行為について通常の把握・認識が困難だった」

 控訴審判決では、清美の行為は過剰防衛であるとされながらも、量刑不当の情状酌量でこの意見書が採用され「恐怖、驚き、怒り、興奮等によって判断能力を狭められた中で、半ば本能的反射的にナイフを振るったもので同情に値する」と一審判決を破棄。懲役2年、執行猶予3年の判決が言い渡された。

 とはいえ、控訴審でも「考える会」が疑問視した“第二”の点においては見解を変えることがなかった。「(性的自由および身体の自由に対する)侵害の程度については、これを一般の婦女子に対する場合と同列に論ずることはできない」。つまりセックスワーカーに「性的自由」はないという見解である。

 昨年、歌舞伎町の「ロボットデリヘル」がネット上で物議を醸した。これは生身の人間をロボットに見立てて客に提供するというデリバリーヘルスだ。店舗のHPにはこのようにコンセプトが紹介されている。

「普通の風俗に飽きている方、女性とのコミュニケーションが苦手または嫌いな方、お待たせしました!! 遠慮なんてする事ない…会話なんてする事ない…なんせ相手はロボットだから!!」
「女性を商品として…オナニーの道具、動くTE●GAとして提供させて頂く新発想のお店」

 事件から30年以上がたったが、“女性をモノ化する”性産業は、今もはびこり続ける。
(高橋ユキ)

■参考文献
「朝日ジャーナル」 1988.6.24号
「週刊女性」 1987.7.14号
「微笑」 1987.7.25号
「週刊読売」 1987.6.21号
「週刊新潮」 1988.1.7号
「週刊新潮」 1987.6.18号
「メンズウォーカー」 1999.7.20号
「週刊女性」 1996.7.23号

 

このニュースに関するつぶやき

  • 偏った性癖の男って困りますよね。女がどう思ってるかわかってないのよね。
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