『ザ・ノンフィクション』30歳で老後が始まる切なさ「女32歳 きょうからプロレスラー 〜父への告白〜」

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2019年12月03日 16:32  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

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日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月1日の放送は「女32歳 きょうからプロレスラー 〜父への告白〜」。運動音痴の女性が32歳から女子プロレスラーを目指す理由を追う。

あらすじ

 長谷川美子32歳。高校卒業後、地下アイドルとして12年活動してきたが思うような結果が得られず、このままでは終われないという思いから女子プロレスラーの練習生に転身する。しかし持久走は学年ビリ、スキップもできないという運動音痴。さらに、芸能活動に反対していた父親に転身を言い出せずにいた。このままではよくないという友人の助言もあり、半年ぶりに実家に帰り父親に伝える。父親は個人的には反対と告げるが、美子のデビュー戦である後楽園ホールの試合を見に来て、美子のグッズを買ったファンの女性に頭を下げる。

父親への報告は「逃げ出したい」とまで言うが……

 美子は父親に対し負い目がある。芸能活動も反対されていたし、結婚しないのか聞いてくると美子は話していた。レスラーになったことを報告するため帰省した際、家が近づくにつれ「逃げ出したい気持ちが……」とまで話す美子の緊張ぶりに、てっきり父親はものすごく頭が固く、前時代的な「女は家庭に」思考が強い、話がまったく通じない人なのかと思っていた。

 しかし、父親本人は至って常識的に美子を心配しているだけで、拍子抜けしてしまった。子ども相手に「親」を振りかざして、頭ごなしに「俺は反対だ」と言うのではなく、レスラーを目指す周りの人は20代から体を鍛えているだろうから、今からやって間に合うものなのか? と美子に問いかけるなど、きちんと話そうとする人に見えた。

 一方の美子はボロボロ泣いてしまっており、その後は会話らしい会話になっていなかった。番組の出演シーンの3分の1は泣いていたんじゃないかと思うくらい美子は涙もろい。女子プロレスの先輩からの、別に怒鳴りつけているわけでもない、至極当然な指摘に対してもすぐボロボロ泣いてしまっていた。父親の「結婚どうするの?」発言も、何も女の幸せは結婚だといった押しつけでなく、美子のこういった性格を心配し、支えてくれるパートナーが必要と思っての発言なのかもしれない。

 美子と父親のやりとりで、二人の感じ方の違いが印象的だった部分がある。

美子「もう(芸能活動が)12年たってるけど、結局何もなかったなと思って」
父親「何もなかった? あれだけ一生懸命打ち込んで……」
美子「大きなものを伝えられたことがなかったと。テレビに出るとか」

 父親は美子の芸能活動にも反対だったようだが、「あれだけ一生懸命打ち込んで……」という発言から、娘の努力をきちんと見ていたことがわかる。それまでしてきた自分の頑張りを評価していないのは、むしろ美子自身だろう。

 美子は地下アイドル時代にセンターポジションを務めていたのだ。もっと自分のやってきたことに自信を持てばいいのにとも思うが、一方で、これは自信が折れるだろうな、と思えるようなエピソードも番組内で放送されていた。

 女子プロレスの練習生で自由に使えるお金がほぼない美子は、Twitterを娯楽にしているといい、しかしアイドル時代のお客さんから届くコメントが減っているという。心が弱っている時ならば、自分がこれまで積み上げてきたものはなんだったのだろう、と思いかねないだろう。

 30歳は、実際の社会では「若い」と言える年齢だ。しかしアイドルにとっての30歳はもう「老境」なのだろう。これまで積み重ねてきた知見より、新しく出てくる人たちの容貌や若さがモノを言う世界は、精神的にこたえるものがあると思う。人生の前半にピークがやってくる職業を選ぶということは、老後が長い人生になるということだ。30歳で老後がスタートするのはきつい。ただ、美子が次に選んだプロレスラーという仕事も「アスリート」という若さと体力がモノを言う職種であり、そのチョイスでいいのかとは思う。

『ザ・ノンフィクション』は、「夢を追う中高年たち」をテーマにしたものがよく放送されている。「いい年なんだからもう落ち着け」は「いい年なんだからいろいろ諦めろ」と同義であり、さらにそこには「自分も諦めたのだから、お前も諦めて仲間に入れ」という同調圧力すら滲んでいる。それに対して「そんなの冗談じゃない」「このままじゃ嫌だ」「まだまだ私はやってやる」とあがく姿こそが「若さ」なのだと思う。美子をはじめ、諦めの悪い中高年の「若さ」を私は応援したい。

 12月8日のザ・ノンフィクションは『ぼけますから、よろしくお願いします。 〜特別編〜』。認知症になった87歳の母と初めての家事をこなしながら介護を続ける95歳の父を、映像ディレクターの娘が撮影し続けた1200日の記録。同作は2018年に映画公開されており、文化庁映画賞「文化記録映画部門」大賞を受賞。ザ・ノンフィクションでは再編集版を放送する。

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