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本音を話せない彼氏にダメ出しされた猫のストラップ/『お直し処猫庵 お困りの貴方へ肉球貸します』

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2019年12月06日 17:42  ダ・ヴィンチニュース

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ダ・ヴィンチニュース

写真『お直し処猫庵 お困りの貴方へ肉球貸します』(尼野ゆたか:著、おぷうの兄さん(おぷうのきょうだい) :イラスト/KADOKAWA)
『お直し処猫庵 お困りの貴方へ肉球貸します』(尼野ゆたか:著、おぷうの兄さん(おぷうのきょうだい) :イラスト/KADOKAWA)

悩める皆さま、猫店長にそのお悩みを打ち明けてみませんか? 日常のちょっとへこんだ出来事や小さな悩み、だけど自分にとっては大切なことを、猫店長が解決? 案外泣けると話題のちょっと不思議で幸せな物語集。

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一章 店長の猫っ毛シルエットストラップ

 下田由奈には苦手なことが沢山ある。運動(投げる走る跳ぶレベルでダメ)、料理(野菜の皮を綺麗に剥くのさえ無理)、スマホのスクリーンショット保存(音量ボタンと電源ボタンの同時押しにすぐ失敗する)など多岐にわたるが、中でも一番苦手なのは「話すこと」だ。

 小さい頃からの口下手で、少人数だろうと多人数だろうと一対一だろうと上手く喋ることができない。タイミング、発声、話している最中の視線――ありとあらゆる要素でダメなのだ。仮に全国会話能力選手権みたいなものがあったとしたら、書類選考の時点で失格になってそもそも出場できないだろう。

 プログラマという職種が存在する時代に生を受けたのは、由奈にとって実に幸運だった。少なくとも作業中は、人と会話することがほとんどないからだ。

 無論、年がら年中無言でいいわけでもない。顧客との打ち合わせやら上司への確認やら、身がすり減るような思いをする場面もしばしば存在する。しかしまあ、それは社会で生きていく上で必要最低限支払わなければならない代償なのだろう。

 さて、こんな由奈だが実は彼氏がいたりする。そう、彼氏である。自分でも驚きだ。

 名前は、井川克哉。由奈と違って社交的なタイプだ。しかも仕事は営業。どれだけの人と話せるかが重要な職種である。どれだけ人と話さずに済ませるか考えて生きている由奈からすると、異次元的な存在だといえる。

 果たして、由奈はそんな相手とどう付き合っているのか。次元の違いを、どうやって乗り越えているのか。

「でさあ、向こうの人がすげえ俺のこと気に入っちゃったみたいでさ」

「そうなんだ」

「子供の勉強見てくれ、とかさ。今度家族旅行に一緒に来るか、とかさ。もうほとんど身内扱いになっちゃったわけよ」

「わあ、すごいね!」

 こうやって、である。

「そういうの、俺ら世代は『公私混同だ』みたいに言ってNGな人が多いけど、俺は余裕だし。で、上司も『でかした』ってなって、何かと俺に相談するようになったんだ」

「うんうん」

 相槌に注力し、聞き役に徹するのだ。別に克哉が相手の時に限ったことではなく、会話をする必要が生まれた時には大体いつもこうしているのだが。

 この「戦法」を編み出したのは、中学一年生の球技大会の時の話だ。ナンタラ部のだれそれくんが格好いいみたいな話で盛り上がるという場面で、どうにもこうにもついていけないので頷いてばかりいたら、それだけで割合受け入れられたのである。由奈は、首を上下に振る行為を通じて「クラスメイトA」という立ち位置を見出したのだ。

 以降、由奈は高校生A・浪人生A・大学生Aを経て会社員Aになるという経歴を歩んだ。由奈が家族以外で本音を話した相手は、本当に数えるほどしかいない。

「正直、そういう『人の懐に入るテクニック』みたいなもんには自信があったけどさ。ここまで上手くいくとは思わなかったな。自分で自分にびっくりするね」

「さすがだね!」

 なんにせよそんなわけで、人の話を聞いている分にはぼろが出ないようになった。

「まあ、これも第一歩だけどね。俺は会社に褒められる営業で終わるつもりはないし」

「上を目指すんだね」

 言葉数は少なく。新しい何かを提示せず、相手が言ったことをそのままなぞる。声色でメリハリとアクセントをつけ、流れ作業だという印象を相手に与えないようにするのだ。

「そう、上を目指すんだ。どんどんいくよ」

 克哉は機嫌よく話を続ける。由奈の「戦法」は今日も上手くいっているということだ。

 由奈は、自分の前の皿に目をやった。大振りの海老や鮮やかな色合いのシシトウ、食べやすい大きさの南瓜などが、黄金の輝きを放つ衣を身に纏っている――すなわち天ぷらだ。

 二人がいるのは、天ぷら店だった。克哉おすすめのお店で、接待に使うこともあるらしい。確かに、畳敷きで個室という落ち着いた雰囲気は商談的なものにも持ってこいだろう。

 シシトウと海老をかわして、南瓜を一口食べてみる。さっくりした衣の食感に続いて、とろりと南瓜の甘みが流れだしてくる。おいしい。食べ物をわざわざ小麦粉でくるんで油の中に放り込む、その意味がどこにあるのかということがよく分かる。

 食事はいつも、克哉おすすめの店である。さすが人と会ったり食事したりするのが仕事の一環なだけあって、克哉のチョイスに外れはない。任せておけば万事安定なのだ。

「やっぱ起業かなあ。でもなあ、このご時世であんまりハイリスクな選択も――」

 克哉が何か言いかけたところで、ぶーっぶぶという振動音が割り込んだ。由奈のスマートフォンである。ご飯の写真を撮って、そのままテーブルの端に置いていたのだ。

 由奈はスマートフォンを手に取り、鞄にしまおうとする。克哉は自分が喋っている最中に邪魔が入ることをあまり好まない。スマホをさわりながら聞くみたいなのは尚更だ。

「そう言えばさあ」

 克哉が口を開いた。はっとして様子を窺う。別にへそを曲げてはいないようだ。ほっとした由奈がスマートフォンをしまう動作を再開したところで、克哉は言葉を続ける。

「そのストラップ、やめた方が良くない? 子供っぽいよ」

 自分でも驚くほど、ショックだった。その場は何とか取り繕ったが、内心凄く動揺した。

 由奈がスマートフォンにつけているストラップは、一つだけ。猫の手の形をしたストラップだ。小指くらいのサイズで、肉球部分を触るとぷにぷにしている。

 まあ、確かに子供っぽい。やはり、克哉の言う通りにした方がいいかもしれない。

 つきあい始めてからというもの、由奈は何事につけ克哉の意見なり意思なりに合わせてきた。克哉は頭が良いし、センスもある。由奈が自分で考えて行動するより、克哉に決めてもらった方が大抵いい結果になるからだ。

 ――だけど。今回に限っては、なぜかとても抵抗があった。どうにも、ストラップを外したくなかったのだ。理由は、さっぱり分からないのだけれど。

 それから一週間ほど経った、ある日。由奈は有休を取った。何か用事があったというわけではなく、ただタイミングが回ってきたから取っただけのことである。

 大した動機もなしに取った休みだから、大して目的もない。誰かと話すことさえない。平日なので克哉は仕事だし、ほかの(数少ない)友人たちも同様なのだ。

 ではつまらないかというと、そんなことはない。むしろ、解放感に近いものがある。その浮き立つような感覚に誘われるようにして、由奈は散歩に出かけた。

 由奈のマンションがあるのは、住宅街の一角。平日の昼間には人は少なく、のんびり歩ける。もうしばらくしたら学校帰りの小中高生が現れるので、その前には帰るつもりだ。子供に物珍しげに見られるのは、ちょっと気が引ける。

 誰に会うわけでもないので、身だしなみは最低限。シャツに上着にジーンズ、足下なんてクロックスだ。

 春先の陽光が、ぽかぽかと暖かい。まさしく散歩日和で、良い気分である。仕事も性格もインドアな由奈だが、別に外に出るのが嫌いなわけではない。

「お」

 四つ辻を気まぐれに曲がってみると、梅の木に出くわした。民家の庭からにょきっと伸びて、清楚な花を付けている。春の花というと判で押したように桜・桜・桜だが、中々どうして梅のこの落ち着いた雰囲気も悪くない。

 写真を撮ろうと、由奈はスマートフォンを取り出した。ゆらゆらとストラップが揺れる。

『そのストラップ、やめた方が良くない? 子供っぽいよ』

 克哉の声が蘇ってきた。いい加減思い返したくもないのに、勝手に再生されるのだ。

 本当に、どうしてしまったんだろう。克哉があれこれ言ってくるのはいつものことだし、それに由奈が合わせるのもいつものことなのに――

「えっ」

 ――ふと。考え込む由奈の目の前を、何かが横切った。一抱えくらいの大きさで、四本足で。毛が生えていて、温かく柔らかそうな生き物。

「猫だ」

 由奈はぽつりと呟く。そう、猫である。耳と頭は黒く、眉間のあたりから下は漢字の『?』の字を描くような形で白い。ハチワレと呼ばれるタイプの模様だ。

 猫はちらりと由奈の方を見てきた。黄色とも黄土色ともつかない色合いの目。瞳孔は、明るい日差しを受けて縦に細まっている。

 視線が合う。瞬間、鮮烈に蘇ってくるのは――ある一つの思い出だ。

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