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弟がドラ6でヤクルト入団。八戸学院大・武岡大聖が抱えた嫉妬と決意

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2019年12月11日 06:22  webスポルティーバ

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 幼い頃からの夢を叶えると、弟は涙を流しながら兄に抱きついた。

「おめでとう……」

 なんとか言葉を絞り出したが、心に渦巻くネガティブな感情を拭いきることはできなかった。八戸学院大の武岡大聖(たいせい/3年)は、弟・龍世(りゅうせい)のプロ入りをなぜか心から祝福することができなかった。

 10月17日、プロ野球ドラフト会議。八戸学院光星(青森)に通う弟が、東京ヤクルトスワローズから6位指名を受けた。名前が呼び上げられた瞬間、その場に集まっていた者は一斉に歓声を上げた。だが兄は、その現実を素直に受け入れられなかった。

「正直、弟よりも先に(プロへ)行きたかったという思いがあったので、うれしい気持ちの半面、悔しい部分もあって……もしかしたら、悔しさのほうが強かったかもしれないです」

 弟に嫉妬するなんて、それがどれだけ恥ずかしいことかわかっていた。それでも複雑な感情をコントロールできずにいた。そんな自分を情けなくも感じた。

 兄の大聖が野球を始めたのは、小学6年の時だった。

「それまでは父のソフトボールを見に行くぐらいで、とくにスポーツはやっていませんでした。きっかけは、このまま中学校に行っても、『何もすることないな……』と感じてしまい、ならば『野球を始めてみようかな』と、最初は軽い気持ちでした。一度練習に行ったのですが、『やっぱり嫌やな』って。最初はそう感じたのを今でも覚えています(笑)」

 当時、大聖はどちらかと言えばぽっちゃり体型だったが、野球を始めると徐々に体が引き締まり、秘めていた才能が開花し始めた。

 野球を始めて3カ月が経ったある日、大聖はバッティング練習でライト後方にある校舎に直撃する特大の当たりを放った。

「本当にたまたまでした。でも、それから一気に『野球は楽しいな』と感じるようになったんです」

 体力測定ではあらゆる種目で規格外の数字を叩き出した。50m走は、小学6年生の子どもにしては神がかり的なタイムである6秒8。ソフトボール投げも小学6年生の平均値をはるかに超える72mを記録した。特筆すべきは背筋力で、徳島県の小学生のなかでトップの数値をマーク。県内では”怪童”として、ちょっと名の知れた存在になった。

 鴨島第一中学に進むと、軟式野球部から熱烈な誘いを受けた。しかし、将来のプロ入りを意識しはじめていた大聖は、少しでも早く硬式球に馴染んでおきたいと、地元の硬式野球チーム「徳島ホークス」への入部を決めた。

 すると、徳島ホークスが所属するヤングリーグの日本代表に選出され、世界大会でも活躍。その才能は広く知られるようになった。

 この徳島ホークスで教わった技術は、小学3年から野球を始めた弟の龍世と共有した。高校時代は兵庫県のパワーヒッターとして鳴らした父・克明さんも加わり、3人で練習する光景は武岡家の日常となった。

 その後、大聖は生光学園(徳島)に進学。同校の臨時コーチとして顔を出していた元巨人の平田薫氏から指導を受け、技術はさらに向上していった。

「うしろ足を前足の方に近づけてインコースを打ちに行ったら、その反動で強く振れる。平田さんはインコースの打ち方がうまくて、自分は真似しきれないんですけど、ヒジの畳み方とか、いろんなことを教わりました」

 高校通算28本塁打を放つなど、県内でも注目のスラッガーとなった。

 大聖が高校で実績を残す一方で、龍世もものすごいスピードで成長を続けていった。

 兄と同じ徳島ホークスでは、小学6年の時に全国大会で優勝。中学1年でヤングリーグの日本代表に選ばれ、世界大会で活躍。また、100m走で徳島県2位になるなど、兄同様にポテンシャルの高さを発揮した。

 龍世が青森にある八戸学院光星に進学を決めると、大聖も兄弟校の八戸学院大に進学。その後、龍世は八戸学院光星の仲井宗基監督に才能を見出され、1年春からショートのレギュラーに抜擢され、高校2年の夏から3季続けて甲子園に出場するなど、その名は全国に知られるようになった。

 龍世が順調に成長を続けていく一方で、大聖は自信を失いかけていた。大学2年のある日、大聖はある決心を持って、徳島の実家に電話をかけた。

「自分はもう野球はいいかな……。弟にはかなわないから」

 すると、父は激怒した。

「おまえ、しょうもないことを言うな。お母さんにいろいろ面倒をかけたことも忘れたのか!」

 その言葉を聞いて、自然と涙があふれた。もう一度、全力で野球に向き合うことを決めた大聖は、寮に隣接する室内練習場に向かい、来る日も来る日もバットを振り続けた。

 そんな大聖にとって、大きな転機となったのが大学3年の時だった。春のオープン戦で打席に入ろうとする大聖に八戸学院大の正村公弘監督が突然タイムをかけ、こうアドバイスを送った。

「ノーステップで打ってみい」

 もともと大聖はパワーに定評があり、タイミングさえ取れれば打球は飛んでいくという正村監督なりの計算があった。そのアドバイスが功を奏したのか、アジャストした打球は一塁線を破る二塁打となった。

「あれ、これでいいのか……」

 当初は半信半疑だったが、オープン戦もアドバイスどおりに打つと、7割を超す打率を残し、たちまち自信を取り戻していった。

 迎えた2019年6月の全日本大学野球選手権。初戦の佛教大学戦で、試合には敗れたが大聖は第1打席でセンターバックスクリーン右に本塁打を放つと、第2打席もインコースの球にうまく反応すると、打球はライトスタンド上段に突き刺さった。

「人生を変えてくれた日じゃないですけど、自分の目標を何段も高く設定できるきっかけになりました。本当にここまで頑張ってきてよかったと思えましたし、やっと自分もスタートラインに立てた感じがしました」

 この秋は、リーグ戦が終了すると打撃フォームを見直した。ノーステップはそのままだが、スイング軌道を修正した。大学最後のシーズンを迎える来季に向けて、大きな弾みとなった。さらに、プロ入りを見据え、これまでの捕手兼外野手から、来季は三塁にも挑戦することが決まった。すると、内野守備に定評のある龍世から、技術的なアドバイスを受けた。大聖が言う。

「弟はさすがプロにいく内野手ということもあって、守備を教えるのがうまいですね。日に日に自分でもできるようになったことが増えていきました」

 弟より1年遅れのプロ入りを目指して、兄は今まで以上に練習に励んでいる。

「勝負どころで1本打てるバッターになりたいです。ここ最近、八大(八戸学院大)の4番って、秋山(翔吾)さんみたいな絶対的な存在の打者がいなかったので、そんな選手になりたいです。そういう4番がいるチームは絶対に強いと思うので……。まずは(北東北大学1部リーグ)春夏連覇を目標に頑張っていきたいです」

 そう話す大聖の表情には、弟への嫉妬など微塵も感じなかった。いよいよ来年、プロ入りをかけた勝負の1年が始まる。

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