プロレスライターが見る『旗揚! けものみち』の面白さ ファンすら唸らせる治外法権な作品に?

2

2019年12月11日 10:02  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

暁 なつめ (原著), まったくモー助 (著), 夢唄 (著)『けものみち』(角川コミックス・エース)

 10月2日深夜、あるアニメの第1話が “バズった”。その作品名は『旗揚! けものみち』。主人公の覆面プロレスラー・柴田源蔵が異世界に転生し、召喚主の姫にジャーマンスープレックスを決め尻を丸出しにする“掟破り”なまでにキャッチーな冒頭でアニメファンの心を鷲掴んだのだ。そして第10話終了の現在も益々加速し、大団円へ向かって疾走中。今期の、否、群雄割拠の2019年度アニメの覇権をも伺う勢いである。そんな本作の魅力を、現役プロレスライター視点でお届けしたい。


参考:ゲームが可能した、言葉を超えた恋愛描写 ラブストーリーとして観たい『ハイスコアガール』 


■アニメ史に残る完璧な第1話
 現在、深夜アニメにおいて、第1話は非常に重要である。『魔法少女まどか☆マギカ』のように「3話まで観てわかる」作品もあるが、1話さえ観きれないのが現実。OP含む冒頭の数分間でいかに視聴者を掴むかがその作品の帰趨を決する時代となっている。


 歴史に残る名作も概ね1話から傑作である。例えば1979年放送の『機動戦士ガンダム』。故・永井一郎の名調子で時代背景を説明し、同じロボットが3体出てくる斬新な描写で度胆を抜き、その奇襲を受けて少年が主人公メカに乗り込み闘わざるを得ない状況へ雪崩れ込む。この淀みのない流れは庵野秀明監督に完璧だと称賛され、『新世紀エヴァンゲリオン』第1話で主人公が闘う理由として重傷の綾波レイを登場させた。


 翻って『けものみち』第1話。主人公のケモナーぶりを説明し、突然異世界に召喚され「おぞましい獣たち」と言い放った姫を怒りのジャーマンで投げ捨てるまでの冒頭をキッチリ5分で描き「現代アニメの導入部はこう造れ! 」というお手本のような完成度である。


 そもそも異世界が舞台だとその世界観を説明する必要から感情移入に一定の時間を要する。「異世界モノ」という括りが確立して久しいが、ジャンル自体を食わず嫌いする層も存在する(実は筆者もそうであった)。しかし本作は、その無軌道な冒頭で、笑わせると同時に異世界への障壁を破壊した。


■DDTプロレスリングとの強力タッグでプロレスファンもKO
 アニメファンにとってジャーマンスープレックスと言えば「ケモナージャーマン」ということになった2019年だが、プロレスを題材にするには「真面目なプロレスファン」への配慮も欠かせない。


 プロレス「ファン」と呼ばれることにさえ嫌悪感を示し、直木賞作家・村松友視氏の定義したプロレス「者」という呼称を愛する“真面目”な層の中には、プロレスをギャグのネタにすることを嫌う人が少なくない。


 かく言う筆者も、ロメロスペシャル(別名吊り天井。4話でカーミラが受けた)を下ネタの文脈で使って“執拗なお叱り”を頂戴したことがある。それぐらいプロレスはデリケートな存在であり、「ジャーマンで尻が丸出し」などという下ネタは非常に危険。


 しかし本作はDDTプロレスリング(以下DDT)とタッグを組むことで、それらの批判を封じた。DDTは「文化系プロレス」と言われるほどに、興行内容が他のプロレス団体とは一線を画しており、その空気感はアニメ公式サイトで公開されている再現動画「今週のけものみち」で確認できる。


 解説のスーパー・ササダンゴ・マシンは、パワーポイントによるプレゼンを試合前に行うことが定番となっている怪人。動画の#1でアルテナ姫役を演じた坂崎ユカは、魔法の国へ武者修行に行った魔法少女を自称し、得意技はマジカル魔法少女スプラッシュという、書いてて「え?」となるような選手だ。


 極めつけは、作中のライバルレスラーのモデルにもなったMAO。「ブレーキの壊れたダンプカー」と形容されたレスラーがかつていたが、MAOは「路上プロレス」でDDTの社長を社用車で物理的に牽いた、とんでもない選手。そんな何でもアリのDDTと組んでいれば、プロレス技で笑いを取ることも言わば治外法権として扱われるのだ。


 また、源蔵が異世界に存在しないプロレス技で圧倒するのも嬉しい描写。例えば、カーミラが「不思議だが効く技」と評した「四の字固め」。活字プロレスの創始者、I・Yこと故・井上義啓『週刊ファイト』編集長は、デストロイヤーの代名詞だった四の字固めを「大袈裟に痛がっているだけだろう」と、思っていたところ、技を受けた力道山が「足が腫れて紐が食い込んでる」と、リングシューズの紐を若き日のアントニオ猪木にハサミで切らせてようやく脱ぎ、その内出血でパンパンに膨れあがった足に衝撃を受けたと述懐している。


 再現動画でも「危険なので」とマットを使っているが、プロレス技はそれだけの破壊力がある。格闘技という概念がない異世界では最強だという説得力を伴った描写は、プロレスファンとしては溜飲が下がる思いなのだ。


 そして特筆すべきは源蔵が「異世界で最も強き者」として召喚されるところ。90年代末からの総合格闘技における「プロレスラー最強伝説」の崩壊は、プロレスファンにとっての痛恨事であるが、『けものみち』の世界線では、プロレスラーが最強なのだ! 感涙にむせぶしかない。


■絶妙なキャスティング
 源蔵役にベテラン小西克幸を起用し、重厚で、時に暑苦しくめんどくさい、愛すべきプロレスラーとなった。ケモナー描写が一層笑えるものになっているのはその演技故である。


 一方で、周りを固める個性豊かな女性キャラクターは比較的若い声優が起用され、軽妙な掛け合いでハイテンションのストーリー展開をアシスト。原作者が共通の『この素晴らしい世界に祝福を』コンビの起用もファンには嬉しいところ。ヒロイン・アクア役だった雨宮天が、底意地の悪いイオアナ役を幼少期から現在に到るまで巧みに演じているのには驚かされた。


 そして特筆すべきはMAOを、かつてプロレスラーを志し、プロレス通として知られる稲田徹が演じることで、物語にさらに説得力が増している点だ。アニメイトガールズフェスティバルで行われたDDT提供試合にゲストで登場してリングで大歓声を浴び「生きてきて良かった」と吐露したドラマは、劇中とクロスオーバーした感動を覚えた。


 性別も種族も越えて闘い、愛する源蔵。その博愛精神はプロレスラーだから可能な描写でもある。プロレスに関わる者として、とても嬉しい。


■こもとめいこ♂
1969年会津若松生まれ。リングサイドで撮影中にカメラを壊され、椅子を背中に落とされた経験を持つコンバットフォトグラファーでライター。得意ジャンルはアニメ・声優・漫画・プロレス・格闘技・サバゲー等おたく趣味全般。web媒体では週刊ファイト・歌ネットアニメ他で活動中。


このニュースに関するつぶやき

  • これは面白いアニメですわ。上手くまとまってたらBlu-ray買うわ。
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(3件)

ランキングゲーム・アニメ

前日のランキングへ

オススメゲーム

ニュース設定