DATSやyahyelなどのドラマー・大井一彌が語る、“出来ないことを捨てて得意なことを極める”重要性

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2019年12月13日 17:52  リアルサウンド

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大井一彌(写真=三橋優美子)

 いま注目すべきアーティストが愛用する“音楽機材”に焦点を当てた連載・黒田隆憲の「アーティストが愛する音楽機材」。第一回目となる今回は、ドラマーの大井一彌にインタビューを行った。(編集部)


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 DATSやyahyelの主要メンバーであり、セッションドラマーとしてもDAOKOや踊Foot Worksなど、ジャンルを問わず様々な現場で活躍する大井一彌。生ドラムに電子楽器をミックスしたハイブリッドなドラムサウンドと、寸分の狂いもない端整かつグルーヴィーなプレイによって日本のインディーズシーンを揺さぶり続ける稀有な存在だ。リスナーとしても貪欲で、ロックやジャズ、ソウル、現代音楽まで幅広く網羅し、自らのプレイスタイルに落とし込む。そのセンスは一体どこから来ているのだろうか。彼のルーツやプレイスタイルを確立するまでの経緯、そして気になる使用機材について聞いた貴重なインタビューをお届けする。(黒田隆憲)


■「LADBREAKSは、“原点回帰する場所”」
ーー今、大井さんがパーマネントで所属しているバンドはDATSとyahyelの2つですか?


大井一彌(以下、大井):あと、最近は東京ザヴィヌルバッハの坪口昌恭(Key)と、中村佳穂BANDや石若駿 SONGBOOK PROJECTなどで活動している西田修大(Gt)の3人で、Ortanceというバンドを始めました。それからLADBREAKSという、South Penguinのニカホヨシオ(Key)とDATSの吉田巧(Gt)、yahyelの篠田ミル(Ba)と昔やっていたバンドが名前だけ残っています(笑)。ひたすらブルースセッションをしていたバンドですね。たまに集まって音を出して……という、“原点回帰する場所”として機能しています。


■「様々なバンドで自分の可能性を試してみたい」
ーーもともとは、バンドを組むよりセッションプレイヤーになりたいという気持ちの方が強かったそうですね。


大井:AORが好きで、1980年代のLAのスタジオミュージシャン集団、たとえばStuffやTOTOの面々がメチャメチャ好きだった時期があって。「好きなアルバムのクレジット見ると、全部同じドラマーだった」みたいなのに憧れていたんですよね。<MOTOWN>とかもそうだと思うんですけど。


ーーThe Section(ダニー・クーチマー、リーランド・スカラー、ラス・カンケル、クレイグ・ダーギー)や、ティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)などもそうですよね。


大井:スタジオミュージシャンが結成したバックバンドが、才能のあるシンガーをガチッと支えて魅力を最大限引き出している、みたいな。そういう世界観がすごく好きだったので、自分もその一人になりたいと思っていたんです。バンドを組むにしても、一つのグループに全力を注ぐというよりは、様々なバンドで自分の可能性を試してみたいというか。


■「何をするにしたって“出来ないことの連続”」
ーードラムに目覚めたのは中学3年生の時だったとか。


大井:はい。小、中学生の頃は卓球を、それこそクラブチームに入ってプロを目指すくらいの勢いでやっていました(笑)。でも、いつしかそれが冷めてしまい、ギターを始めていた幼馴染に誘われてドラムを触ってみたら、見事にハマったんですよね。まあ“ありがち”な展開なんですけど、触った瞬間からエイトビートが叩けたので、「これは才能あるぞ」と(笑)。


ーー(笑)。音楽自体はその頃から好きだったんですか?


大井:親父がジャズ好きで、ギターとトランペットを趣味でやってたんです。だから、小さい頃からジャズファンクやソウル、R&Bを聴いていました。


ーードラムって、練習場所も限られているし場所も取るしで、他の楽器と比べてハードルが高いイメージがあるんですよね。


大井:僕もフルセットを手に入れたのは、3年前なんですよ。TAMAとエンドースメント契約になって、作っていただいた今のキットが初めてで。それまでは、中古楽器屋とかで揃えたゴチャ混ぜのキットを使っていました。自宅には練習用にエレドラを置いて、高校生になると部室で練習して、音大に入ってからは練習室にずっとこもっていましたね。


ーーいきなりエイトビートが叩けて、その後も順調にレベルアップしていきましたか?


大井:そんなことはないです。何をするにしたって“出来ないことの連続”だと思うんですよ。自分が出来ることと、出来ないことの“差”に向き合い、そこを詰めていくためにひたすら練習するしかない。たとえば、習得したいワザやリック(フレーズ)があれば、それと今自分が出来る演奏との間にどういう違いがあるのかを見極めるというか。紙に書いてみたり、何度も音を聴いてみたり。


 あと、これは日本人にありがちなことですが、いろんなスタイルを満遍なく身につけても、結局は“誰でもない人”みたいになっちゃうケースが多いと思うんですよ。それよりは、出来ないことをバッサリ捨てて、得意なことをさらに極めるということを早い段階からやっておくと、ものすごく成長が早いと思います。


■「日本人が絶対に越えられない壁がある」
ーー「足るを知る」というか。


大井:僕、実は鼓とかもやってたんです。大倉正之助さんに習って能舞台に上がったこともあるんですけど……。


ーーそんな経歴が(笑)?


大井:そうなんです。その時に、西洋のドラムセットとは全く違う拍子や、拍の取り方があることを学びました。たとえば多くの黒人のドラマーが持っている“しなやかさ”や“強さ”って、日本人が近づこうとしても絶対に越えられない壁があると思うんですね。真正面から正攻法でアプローチするのではなく、何か別の角度からのアプローチをしていかないと、少なくとも僕自身は彼らを超えることは絶対に不可能というか。


 中にはプロテインを飲んで、ウェイトを増やしてパワフルなドラミングを目指す人とかいるし、それはそれですごいことだとは思います。でも、たとえば白人がソウルをやると「ブルー・アイド・ソウル」と呼ばれるように、違う人種の音楽をどう日本人である自分の中にコンバートしていくか? ということこそが大事というか。そういうやり方でしか戦えないんだなって強く感じるんですよね。


■「ずっとYouTubeが師匠だった」
ーーよくわかります。膨大にインプットしたものを混ぜ合わせて、新しい文脈を作っていくというか。


大井:そうですね。ただそれって一歩間違えればすごくダサいし、「どう混ぜ合わせるか?」が問われる気がします。僕は音大に行くまで、ずっとYouTubeが師匠だったんですけど(笑)、今は誰でもすぐ(演奏が)上手くなれちゃうと思うんですよ。大抵の音楽はネットで聴けるし、演奏テクニックも動画で学べるし。ただ「自分がどうなりたいか?」がわかってないと、単に“なんでも弾ける人”だけになってしまうというか。やっぱり、周りを徹底的に観察して、その中で自分はどういう差異があって、どういう位置付けなのかっていうのを見極めることが大事なのかなって思います。


■「生ドラムを叩くだけでは成り立たないサウンド」
ーー大井さんのドラムセッティングについても聞きたいのですが、今のように電子楽器をセットに導入するようになったのはどんなきっかけだったのでしょうか。


大井:たとえばThe Chemical BrothersやMassive Attack、あとはTHE ROOTSのようなヒップホップ系のバンドもそうですけど、自分が好きで聴いていた音楽が、単に生ドラムを叩くだけでは成り立たないサウンドであることに気づいて。


 もともとはSouliveの『Next』(2002年)というアルバムを聴いた時に、「これ、ドラム以外の音もリズムに入っているな?」と思ったのがきっかけです。彼らの場合、スネアにクラップのサンプルがレイヤーされていたんですけど、そういうのを知るうちにハイブリットドラムに俄然興味を持つようになりました。まだ音大に入る前でしたけどね。


■「ロストテクノロジーを再発見したような気分」
ーードラムを叩くようになって、わりとすぐハイブリッドに目覚めたんですね。


大井:“生ドラムにエレクトロ楽器を組み込んで鳴らす”というプレイスタイルを紐解いていくと、めっちゃ昔からそういうものがあることに気づいたんです。1970年代後期くらいから存在しているんですよね。高橋幸宏さんやビル・ブルーフォードさん(Yes、King Crimson、 Genesis)が、生ドラムにシモンズのエレドラを組み込んだりしていて。だから、僕自身、何か目新しいことをやっているというよりは、ロストテクノロジーを再発見したような気分というか(笑)。ドラムキットをトリガーにして何か別の音を鳴らすという仕組み自体、当時とそんなに変わっていないですしね。


ーーちなみにジェイムス・ブレイクの影響というのは、大井さん自身はどのくらい感じていますか? というのも、彼らのライブを観てドラムの低音感や、質感みたいなものに目覚めたというアーティストが最近とても多い気がするんです。中には「ジェイムス・ブレイク以前/以降」といってもいいくらい変わったと明言するアーティストもいました。


大井:あー(笑)。もちろんyahyelの初期とかモロに影響を受けた作品だと思うし、僕自身もジェイムス・ブレイクやXXYYXXのようなチルウェイブやダブステップの変遷は聴いています。ジェイムス・ブレイクは『フジロック』(『FUJI ROCK FESTIVAL』)で観たのかな。その時にドラムセットをチェックしてみたら、僕のセッティングとかなり似ていたんですよ。そこでやっと「俺がやってきたこと、間違ってなかった」という、ある種の答え合わせが出来たような感覚はありましたね。


ーーどんなところが似ていたんですか?


大井:たとえば、全部をエレドラにするんじゃなくて、金物は生の方が気持ちいいぞ、とか。キックは生にトリガーを足すのが良さそうだ、とか。そういうことを一つずつ構築していって、「これが俺の形だな」みたいな。そうやって一人で積み上げてきたものが、結構かぶっていたのは単純に嬉しかったです。


ーーでは、現時点で大井さんが理想としているドラマーというと誰になります?


大井:プレイでいうとリチャード・スペイヴンさんです。ホセ・ジェイムズやフライング・ロータスのサポートをしている、ジャズ系のセッションドラマーなんですが、ブレイクビーツやドラムンベースを生で叩いていて。彼はハイブリッドなスタイルではないのですが、端整なドラミングにはかなり影響を受けていますし、近づきたいです。


 ハイブリッドドラムでは高橋幸宏さんかな、やっぱり。エレクトリックと生楽器の融合を偏執的に追求している……という点では(笑)、おこがましいけど「似ているな」と思う時があります。あと、ドラマーとしての美学という意味ではビル・ブルーフォードさん。ドラムキットをシンメトリーに配置するとか、いちいちカッコいいんですよね。


■「ドラムセットは最新のもの、スネアはめっちゃ古いやつ」
ーー今回、機材リストも見たのですが、基本のドラムセットはTAMAのSTAR Walnutですよね。


大井:そうです。ちょっとハイピッチで“抜け”の良いタイトなドラムサウンドが好きなので、このセットを愛用しています。スネアはオカモトレイジ(OKAMOTO’S)さんから借りているPremierのRoyal Ace 4が、最近はお気に入りです。本当にいい音なんですよ。ビンテージ機材主義の人っているじゃないですか。僕も高校生の頃はThe BeatlesやThe Whoなどを聴いて育ったので、そういうところがあったし、逆に「新しければ新しいほどいい」と思い込んでいた時期もあったんですけど(笑)、それを経て「ドラムセットは最新のもの、スネアはめっちゃ古いやつ」っていう感じになっていますね。


 キックはトリガーを挿してローエンドを足すにしても、さっきも言ったように生キックの存在感はきちっと出したい。そういう意味でもキットは最新にしています。ウォルナット(くるみ)はかなりローがしっかり出るんですよ。金モノはまだ特に定まっていなくて。僕はジャンクとかすごく好きで、ハードオフとか行って買うこともあるんです。そういうガラクタのようなパーツを組み合わせて楽器を作る、みたいな感じがすんごい好きなので(笑)。


■「ジャンク漁りをするマインドからは、一生抜け出せない」
ーーその発想がすでにヒップホップっぽいですよね(笑)。


大井:確かに。ブランドもよくわからないような、割れたスプラッシュシンバルを買ってきて。それを手持ちのシンバルと重ねて、ちょっとRoland TR-909のハットっぽいオリジナルなサウンドを作ったりしています。そういう実験を、子どもの頃から楽しみつつ、今に至るという。ジャンク漁りをするマインドからは、一生抜け出せないでしょうね(笑)。


ーーエレクトリック楽器については?


大井:RolandのSPD-SXやTM-2をメインで使っています。最近はRoland TM-6 PROも気に入っていますね。歴代のRolandの名機から直接サンプリングした音色がプリセットされていて、クオリティが格段に向上しているんですよ。ハイブリッドをやり始めた頃は、プリセット音源をそのまま使っていたんですけど、 DTMをするようになってからは自分で好みの音色を作り込むようになりました。“Splice Sounds”という、サンプル音源をダウンロードできる便利なサイトがあって、他にも広大なインターネットの海を徘徊しつつ(笑)、拾ってきたサンプル音源を編集したり、組み合わせたりしながらオリジナルな音色を作っています。それは「ドラムプレイヤー」というよりかは、「トラックメイカー」としての脳を使って行う作業といえますね。ちなみにDAWソフトはAbleton Live9を使っています。


ーードラムセッティングや、リズムパターンを考えるとき、どんなところからインスパイアされることが多いですか?


大井:僕のドラムセット自体、純粋なドラムセットというよりは、かなりパーカッシブな考え方が多いので、ドラマーだけでなくパーカッショニストのセッティングが気になることも多いんですよね。そういうところからインスパイアされたアイデアを、自分のセッティングに落とし込んでいます。あと、トラックメイカーの作るリズムパターンにインスパイアされることは多いですね。ドラマーには考えられない、物理的に叩けないようなパターンを作るので、そこが面白いんですよ。


■「全く同列で並んだいくつかの選択肢を選ぶ時代になった」
ーーこれからドラマーを目指す人にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?


大井:もし「ドラマーとしてやっていこう」と今から思っているのであれば、逆にドラム以外のパートに対してどのくらい意識が向いているかが重要になってくる気がします。今、レコーディングでドラムセットを必要とする現場はどんどん少なくなってきていると思うんですよ。だからといって、卑屈になる必要ないんですけど、2010年以降またトリガーとかが流行り、一時期は「ドラマーって斜陽産業なのでは?」と落ち込むこともありました。僕が好きな音楽に、そもそもドラムが入っていないことも多いし、僕の興味がドラム以外に向いているような気がしなくもないし。


ーーそうだったんですね。


大井:でも、そこからさらに音楽業界も僕の耳も、段階を一つ越えたような気がしていて。ドラムセットというものが、ビートを形成する上での手段の一つになったというか。TR-808を使うか、生ドラムを使うか、違うサンプルを使って打ち込むか。そういういくつかの選択肢が全く同列で並んで、選ぶ時代になった。だったらどの選択肢が選ばれても、自分はできるようにしておこうと(笑)。DTMもやるし、生ドラムも叩きますというスタイルにしているんですよね。


 それも結局は、相対的に自分の立ち位置を探していくことなのかなと思います。生ドラマーとして生きていくのであれば、余計に「生ドラマー以外の部分でどういうことが出来るか?」を考えることが、逆説的にドラマーとしての立ち位置が決まるというか。そうやって試行錯誤することそのものを、面白がっていけたらいいですよね。(取材・文=黒田隆憲)


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