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西武復帰の松坂にエール 東尾修「大輔流“技巧派“を目指して」

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2019年12月14日 07:00  AERA dot.

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写真東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95〜2001年)に2度リーグ優勝
東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95〜2001年)に2度リーグ優勝
 西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、古巣である西武への復帰が決まった松坂大輔投手に期待を寄せる。

【写真】松坂大輔の先発起用を明言した西武の渡辺久信GM

*  *  *
 中日を退団し自由契約となっていた松坂大輔の移籍先が西武に決まった。2006年以来、14年ぶりの復帰となる。メジャーリーグから日本球界に復帰する時、そしてソフトバンクを退団して中日に移籍する時と2度、西武復帰のチャンスがあったが、西武からオファーを出すことはなかった。もう縁がないのかなと思っていただけに、今回、西武に戻ることができて、自分のことのように喜んだ。

 12月3日の発表だった。思えば、私が西武監督として、ドラフト会議で3球団競合の末に当たりクジを引き当て、大輔と初交渉したのが1998年の12月3日だった。「開幕からすぐ投げさせるとかは約束できない。プロで長く投げるにはどうしたらいいか。入団したらキャンプ、オープン戦で僕が見て判断したい。無理をさせたくないし、自然体でいくのがいい」と伝えたのを覚えている。12月9日の2回目の交渉でも同様。その時に私の200勝の記念球を大輔に渡したが、自分の目で見て、本当に1年目から勝負できるかを見極めるという考えは真っすぐに伝えていた。

 今回、中日を退団した後に何回か話す機会はあったが、契約の話などほとんどしなかった。本人も「もしNPBから声がかからなくても、どこかで野球を続ける」という覚悟だったのだろう。あせっているそぶりもなかったな。

 西武の渡辺久信GMが「先発投手として必要だと思った。現役選手として勝負してほしい。最後の花道というイメージはない。いけるところまでいってほしい」と大輔について期待を込めて話した。私も同感だ。選手として必要とされている以上、何とかチームに貢献してもらいたい。応援し続けてくれるファンのためにも1試合でも多く、1軍のマウンドに立つことだ。

 ただ、来年40歳となるわけだから、これまでの経験もチームに投下してもらいたいよね。本人は「すぐに指導者になるつもりはない」と言うかもしれないが、西武の若い投手陣に大きなスケールでアドバイスを送ってもらいたい。高橋光成にしても、今井達也にしても、本当のチームのエースになるには、何が必要なのか。その点は日本球界を長らく背負ってきた大輔だから言えることはある。

 私から大輔に対し、投球の上で注文することがあるとすれば「技巧派」の意味をはき違えないことかな。かつて技巧派と呼ばれる投手は緩急をつけ、相手の読みとは違う配球をして打ち取ってきた。だが、彼は違う。精密なコントロールで勝負してきたわけではないし、「かわす」「読みを外す」ではなく、ボールを動かして「打ち損じてもらう」投球スタイルで勝負することだ。かわそうとすれば、それだけ投球フォームは緩む。真ん中からボールが動いてくれれば、それでいいと思うくらい、大輔流の「技巧派」を目指してほしい。

 ロッテがドラフト1位で獲得した佐々木朗希が令和の怪物と言われている。平成の怪物である大輔が、佐々木と投げ合えるまで現役を続けられたらいいね。

 おそらく来年2月の春季キャンプでは大輔の元気な姿を見に行くことになるだろう。入団1年目の時には焼き肉の食べ方を指導したこともあったな。そんな昔話をしながら、野球談議に花を咲かせることができたら、うれしい。

※週刊朝日  2019年12月20日号

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