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水漏れに大赤字で2度の移転も… 3年連続ミシュラン獲得ラーメン屋店主の壮絶人生

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2019年12月15日 12:00  AERA dot.

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写真「特製醤油 大盛」。ボリュームがあるラーメンは単身者にも好評だ(筆者撮影)
「特製醤油 大盛」。ボリュームがあるラーメンは単身者にも好評だ(筆者撮影)
 日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。修業先の「麺」の技術を継承しながらも地元に根ざしたシンプルなラーメンを紡ぎ出す店主の愛する一杯は、孤高の職人が手掛ける東京を代表するワンタンメンだった。

【写真】3年連続ミシュラン獲得!都内屈指のワンタンメンはこちら

■独自配合の小麦を使ったモチモチの極太縮れ麺

 JR東小金井駅の駅ビル「nonowa東小金井」内にある「くじら食堂」は、モチモチの自家製麺が自慢のラーメン店だ。都内の名店「麺や 七彩」出身の店主・下村浩介さん(42)が13年東小金井の路面にオープンし、18年には駅ビル「nonowa東小金井」に移転。さらに人気を伸ばし、中央線エリアの代表的な店として成長を遂げている。

 その店名やポップな店内装飾とは裏腹に、昔ながらの直球の醤油ラーメンを提供しているのが特徴だ。シンプルながらも飽きのこない美味しさで、移転前に好評だった麺の増量サービスや季節に合わせた「限定ラーメン」も継続。一見さんや家族連れだけでなく、地元の常連客のニーズも汲み取る。駅ビルという立地だが、サービス内容は個人店に引けを取らない。このクオリティのラーメンが駅直結で食べられるのだから、東小金井に住む人は幸せだ。

 とにかく麺が旨い。独自配合の小麦を使った極太縮れ麺はモチモチとした歯ごたえが格別だ。修行先の「七彩」が麺にこだわる店だったこともあり、下村さんも「七彩」イズムを受け継ぎ、独自の美味しさを追求している。

 下村さんは、ラーメンに派手さはいらないと考えている。いつ食べても美味しく、地元に愛される気取らない店を目指している。

「ラーメン自体はずっと変わらないでほしいんです。可能な範囲で安い方がいいし、いつでも食べられるものであるべきだと思いますね」(下村さん)

 二号店の進出も視野に入れる。従業員が、家を買えるぐらいの給料を支払える会社に成長することが目標の一つだ。

「小さくても立地の良い場所に出店して、従業員にお店を任せていきたい。最初は『くじら食堂』で始めても、売り上げが安定したら買い取って独立してもらえるような土壌を作りたいなと思っています」(下村さん)

 ラーメン業界は競合が多く、最近では、一からの出店は難しい。弟子の成長とともに独立に導いていきたいという下村さんの親心だ。

 そんな下村さんが愛するのは、孤高のラーメン職人が紡ぎ出す、“ワンタンメン”でミシュランガイド東京に唯一選ばれた名店の一杯である。

■ノリで始めた屋台のラーメンは大失敗!

 東急線の池尻大橋駅から程近くにある名店「八雲」。都内屈指のワンタンメンの名店で、創業から20年以上経っても勢いは留まることを知らない。常にどっしりと構え、ラーメン戦争や流行りの波に呑まれることなく、我が道を突き進んでいる店だ。そんな傍からは順調そうに見える「八雲」だが、取材を進めると激動の20年間だったことがわかった。

 店主・稲生田幹士(いなうだ・かんじ)さん(54)は島根県生まれ。上京して就職をするが続かず、服飾の専門学校に進学した。学校に通いながら飲食のアルバイトも始め、レストランやバーをいくつか転々とした。

 ラーメンが好きで、当時は「ホープ軒」や「香月」がお気に入りだった稲生田さん。27歳の頃、先輩の経営する飲食店でアルバイトを始めたことが、稲生田さんの転機になった。それまでは食べるだけだったラーメンを作ることになる。いざ作ってみると、これが奥深く、ラーメン作りの世界にハマっていく。

 ある日、知り合いから屋台カーを譲ってもらう。自分のラーメンで腕試しをしたいと思っていた稲生田さんは、勝算もないまま、世田谷区の三宿でラーメンを売り始めた。28歳の頃だった。

「完全にノリで始めました。場所も悪いし、売れなかったですよ。縮れ麺で動物系のスープだったことぐらいしか覚えていませんが、今考えると、自分でもよくわからないラーメンを出していました」

 稲生田さんは、過去を懐かしむように話す。屋台は失敗に終わったが、もう一度ラーメン作りを覚えようと修業を決意。あるとき求人雑誌を見ていると、思わぬ名店の名前が目に飛び込んできた。

「たんたん亭」

 杉並区にある「たんたん亭」はワンタンメンの有名店。すぐに応募し、働くことになる。30歳の頃だった。

 修業初日に食べたまかないが、稲生田さんの決意を固くする。

「1日でも早く仕込みに関わって、この味を超えるものを作ってやろうと思ったんです」

 だが、初めは何をすればいいのかもわからない。ぼんやりしていては気にかけてもらえないと、稲生田さんは店の掃除を始める。誰に頼まれたわけでもなく、毎日店の中を磨き続けた。

 半年が過ぎ、いよいよ仕込みを任されるようになる。レシピで気になっていた部分を少し変えて、味を整えた。店長からも、「稲生田さんが仕込みするようになったらお客さんが増えた」と言われ、売り上げも伸びていった。

 2年の修業を終え、いよいよ独立の日がやってくる。初めからワンタンメンを店のメインにすることは決めていた。99年9月、「八雲」はオープン。店名は、稲生田さんの故郷・松江の地名からとっている。ワンタンの漢字表記(雲呑)に「雲」という字が入っていることも決め手だった。

 場所は土地勘のあった目黒銀座商店街を選んだ。近くには「たんたん亭」の兄弟子にあたる「かづ屋」もあり、煮干を分けてくれるなど良くしてくれた。

 開店から3カ月は1日20、30人ほどしか客は来ず、売り上げも厳しかった。恥ずかしがりやの性格が災いし、控えめな看板はふらっと気軽に入れる雰囲気ではなかった。インターネットも今ほど普及しておらず、口コミが広がるまでにも時間がかかった。

 その後、雑誌や年末のラーメン特番で紹介されたことで人気が過熱。次第に繁盛店に成長していく。ただ、少しの味のブレで客足が遠のく現実にも直面した。その度、味に手を入れ、改良していった。

 売り上げが安定し始めると、今度は近隣住民から行列へのクレームが入るようになった。05年、目黒区の大橋に移転することを決意する。

 建物の2階でオープンすることが気がかりだったため、夜の時間を後輩の焼鳥屋に譲り、「八雲」は昼のみの営業にすることにした。だが、夜は12時までしか営業してはいけないと言われ、「焼鳥屋はとてもやっていけない」と後輩から相談を受け、水土日は夜も「八雲」をオープンすることにした。

 ところが、初日は4人しかお客さんが来なかった。

 当然ながら大赤字だ。近隣につけ麺の人気店もオープンし、「八雲」は絶体絶命のピンチに陥る。

 そのピンチを救ったのは、新たなメニューの開発だった。スープを「白」「黒」の2種類から選べるようにしたのである。中目黒時代から提供していた濃口醤油を使ったワンタンメンに加え、白醤油を使ったワンタンメンも考案した。学生時代のアルバイト先で焼きそばに使っていた白醤油をヒントに味を構成したところ、大成功。「白」が一番の人気メニューに成長し、メディアでも大きく紹介されるようになった。

 だが、不運は続く。水漏れが発生し、何度防水工事をしても直らない。15年、池尻大橋での営業も限界を迎え、2度目の移転を余儀なくされる。

 常連客に来てもらえるようにと、同じ目黒区の東山に移転することにした。路面店だったため、夜の売り上げも安定した。駅から近くなったことで、新たなお客さんの獲得もでき、順調に売り上げは推移していった。

 17年、「八雲」に大きなニュースが舞い込んできた。「ミシュランガイド東京」でビブグルマンを獲得したのだ。「ビブグルマン」はミシュランの指標の一つで、東京の場合、5000円以下で食事ができるコストパフォーマンスの高い店に与えられる。新進気鋭のお店が多数載る中、開店18年目(当時)を迎える老舗が初掲載となった。ワンタンメンで選ばれたのは、東京では初めてのことである。

「ラーメンが高尚な料理の方向にいくのはどうかと思いますが、庶民の食べ物が認められたと素直にうれしかったです」

 世界に認められても、稲生田さんは控えめだ。他のラーメン店主との付き合いはほとんどなく、愚直にお店を続けてきた。現在54歳だが、70歳までは現場に立ちたいと意気込んでいる。先日発表になった「ミシュランガイド東京 2020」でもビブグルマンを獲得し、3年連続の選出となった。「八雲」はまだ進化しているのだ。

「くじら食堂」の下村さんは、稲生田さんを職人としての目標にしている。

「自分のラーメンだけを見つめ続けるストイックさを尊敬しています。休みの日もいつもスープ作りをしています。見習うべきところが本当に多いと思っています。9割の人がワンタンメンを注文するお店ってなかなかないですよね」(下村さん)

 稲生田さんも下村さんの活躍が刺激になっているという。

「あまり商売っ気がなく、とにかく作るのが好きだということが伝わってくる。真面目に美味しいラーメンを作っています。特に麺が好きです。若い人たちが頑張っていると、我々も刺激になります。出会えてよかった」(稲生田さん)

 まさに背中で語る職人。憧れの職人の数だけ次世代のラーメン職人が育っていく。日々進化していくラーメンだが、ラーメン作りの原点を忘れずに成長しているお店は強い。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて18年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

※AERAオンライン限定記事

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  • 味噌ラーメンは くるまやラーメンに限る。
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  • 海苔や煮卵のせているの好みではありません。ネギとチャーシューとメンマだけが好みです。
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