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そのワンプレーが全てを変えた! 思わず「グッジョブ」と言いたくなるプロ野球選手の妙技

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2019年12月15日 16:00  AERA dot.

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写真スーパープレーでチームを救った阪神の亀山努 (c)朝日新聞社
スーパープレーでチームを救った阪神の亀山努 (c)朝日新聞社
 プロ野球はストーブリーグに突入した。各チームの来季へ向けた補強戦略なども気になるところだが、シーズンオフとなり、プロ野球がない日々に寂しい思いをしている方も少なくないだろう。そこで、今回は「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズ(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏が懐かしの“B級ニュース"をお届けする。今回は「グッジョブ!」編だ。

【写真】「平成で最もカッコいいバッティングフォーム」はこの選手!

 プロ野球のみならず、メジャー関係者をもあっと驚かせた“世紀の超美技"が生まれたのが、1981年9月16日のロッテvs阪急(西宮)だ。

 1回表、ロッテは1死後、2番・弘田澄男がレフトに大飛球を放つ。誰もが先制ホームランと思った直後、なんと、背走していたレフト・山森雅文が右足をラッキーゾーンの金網にかけて一気に駆け上がると、左足を最上部にかけて、中空高く左手を差し出して逆シングルでスーパーキャッチした。スタンドのファンが度肝を抜かれたのは言うまでもない。

「年俸を200万円ぐらいアップする価値がある」と評したのは、センターからこのプレーを見ていた福本豊。74年のオールスター第2戦(同)で田淵幸一が左中間に放った本塁打性の飛球をフェンスによじ登ってキャッチしたこの道の先輩も認める“200万円のGJ"だった。

 実は、山森は日ごろからこの練習を繰り返しており、「フェンスには無意識でよじ登った」そうだが、見事本番で練習の成果が出た。

 山森にピンチを救われた阪急はその裏、高井保弘の左越え2ランで先制し、3対1で勝利を収めた。

 このスーパープレーは、海の向こうのアメリカでも大反響を呼び、2年後の83年にメジャーリーグのコミッショナーからベストファインプレー賞が贈られた。

 受賞の知らせを聞いた“塀際の魔術師"は、「えっ、本当ですか。僕はもう忘れかけていた。身震いするほど光栄です」と大感激だった。

 山森はオリックス時代の90年5月3日の日本ハム戦(神戸)でも、2点リードの7回にデイエットの本塁打性の大飛球を高さ1.5メートルのフェンスに左足で飛び乗り、右手で金網につかまりながらグラブを伸ばしてミラクルキャッチ。「前のとき(9年前)より今日のほうがちょっと余裕があった」と、文字どおり余裕のコメントを残している。

 いるはずのない右翼手が二塁ベース上からのバックホームで三塁走者を本塁タッチアウトに仕留める“神プレー"が見られたのが、93年4月24日の巨人vs阪神(甲子園)だ。

 1対1の7回、巨人は2死から緒方耕一の右前安打と川相昌弘の四球で一、二塁と一打勝ち越しのチャンス。次打者・吉村禎章は期待に応え、右前に痛烈な当たりを放つ。二塁走者・緒方は、90年、この年と2度にわたって盗塁王に輝いた俊足。簑田浩二三塁コーチャーは当然のようにグルグルと手を回した。ところが、当たりが良過ぎたことと、ライト・亀山努が素早く一塁に返球したため、慌てて三塁を回った緒方を制止した。

 だが、緒方が本塁を突くと信じて疑わなかった一塁走者・川相は、二塁を大きくオーバーランしていた……。

 ファースト・パチョレックは、すぐさま二塁ベースカバーに入ったショート・久慈照嘉に送球。久慈はサード・山脇光治に転送した。二遊間に挟まれる形になった川相が必死に二塁に戻ろうとした直後、なんと山脇が悪送球を犯し、フワリとした送球ががら空き状態の二塁へ。

 ところが、ボールがまさに外野に抜けようとしたそのとき、ライトから忍者よろしく駆けつけてきた亀山が間一髪捕球に成功。そして悪送球の隙をついて三塁走者・緒方がスタートを切ったのを見ると、亀山は二塁ベース上から矢のようなバックホームをして、タッチアウトに仕留めたのだ。

 右翼手が二塁からバックホームするという野球の神様も思わずビックリの奇跡。亀山本人も「何万回に1回のプレーでしょうね」と自らのGJに驚きを隠せなかった。ピンチを逃れた阪神はその裏、八木裕の中前タイムリーで勝ち越し。さらに2対2の9回にもパチョレックが中前にサヨナラ打を放ち、3対2と勝利した。

 試合後、亀山は「僕はもともと内野手(三塁手)で入った選手。久々に内野手の気分になりましたよ」と最高の笑顔を見せていた。

「あと1人」でノーヒットノーランを阻止したばかりでなく、シーズンに3度もノーヒットスポイラー(無安打破り)を達成したのが、阪神・久慈だ。

 96年5月18日の広島戦(甲子園)、チェコの前に9回2死まで無安打無得点に抑えられていた猛虎打線。だが、ノーヒットノーランまで「あと1人」という土壇場で、久慈が執念の中越え二塁打を放ち、不名誉な記録を阻止した。

 さらにチームが2安打完封負けを喫した6月19日のヤクルト戦(同)で、久慈は1回に中前、4回に左前とチームの全安打を記録している。

 そして、2度あることは3度あった。同23日の広島戦(富山)、阪神打線は右横手投げ・山崎健の前に1安打完封負けの屈辱を味わうが、そんななかにあって、久慈は1回にチーム唯一の安打となる左翼線二塁打を記録。シーズン3度のノーヒットスポイラーは、82年の山本浩二(広島)以来、プロ野球史上2人目の快挙だった。しかも、わずか1カ月余りでの達成は、山本の2カ月と20日より短期間でのGJだった。

 その久慈は「カーブ狙いでうまく打てた。(山崎は)カーブとシンカーをまんべんなく投げていた」と振り返りつつも、「でも、あとで考えると、あの1本だけでしたね」と残念がった。

 同年、130試合フル出場を果たした久慈だが、打率2割7分8厘、0本塁打、16打点とそれほど目立った成績は残していない。もともと守備の人だが、そんな選手が打撃でも“ミスター赤ヘル"と肩を並べる快挙を実現するのも、野球の面白さである。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」上・下巻(野球文明叢書)。

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  • 山森のプレーが紹介された球場では全員がスタンディングオベーションだったとか。亀山のプレーは覚えてないな。
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