中学受験「算数」の落とし穴――最終模試で息子の偏差値を暴落させた、父親の「スパルタ塾」

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2019年12月15日 19:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

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 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験では多くの学校で「算数」が重要視されている。今では算数1科目だけの入試を行う学校もあるくらいだ。しかし、中学受験の算数はかなり難易度が高いので、一度つまずくと、子どもに「苦手意識」が定着してしまい、合格へ大きなブレーキとなってしまうことも多い。
 
 こうなると、本人だけではなく、親の焦りを呼び込みがちになる。勢い、講師の経験もない親が手っ取り早く得点を上げようとして、中学以降で習う公式を暗記させようとするなど、塾とはまったく違う解き方を子どもに強要することもよくある話なのだ。

“父能研”で方程式を強要、息子が大パニックに

 健君(仮名)が小6秋のこと。お父さんがいきなり「“父能研”をやる!」と(注:父能研=父親が家庭内で塾講師役を引き受けることを意味する業界スラング)宣言した。このお父さんは今まで、仕事が忙しいという理由で中学受験に興味を示さなかったそうだが、健君の模試の偏差値が60台から50台に下がったことで、突然「俺の出番だ!」と言い出したという。学生時代の得意科目が数学だったそうで、その日から、自宅での「スパルタ算数塾」が始まった。

 ところが、このお父さんに中学受験の経験がなかったことが災いし、「方程式で解く」ということにこだわったため、健君の頭は大混乱をきたすようになる。というのも、小学校でも塾でも方程式は使わないので、「今までの解き方とは違うことを言われている」ように、健君は感じたのであろう。

 お父さんは、健君が算数の問題を線分図で解こうとすると、横からこんなふうに口出しをしていたそうだ。

「何度言ったらわかるんだ? 入試はスピードだ! そんなまどろっこしいことをして、いくらあっても時間が足りないぞ!」

 そこで、健君はお父さんに言われた通り、懸命に「XやY」を書きながら、問題を解こうとしたらしいが、まったくもって正答にはたどり着けず、余計にお父さんの苛立ちを買ってしまったのだという。
 
 絶対に方程式で解いてはいけないということはないのだが、中学受験の算数の問題は、「今、わかっている条件から、何がわかるか? さらに、そこから、何が考えられるか?」というアプローチで解くものが多く、それは、数学の定理・公式を当てはめて考えるというアプローチとは異なるものなのだ。上位校になればなるほど、手を動かし、試行錯誤を繰り返させるような問題を作成している。逆に言えば、方程式という“裏技”が使えない問題も頻出しているのだ。
 
 一般的に、数学の「定理・公式を当てはめる」といった抽象的なものの考え方ができるようになるには、年齢を重ねないと難しい面もあると言われている。つまり、小学生にとって「数学」の方程式は、理解の範疇を超えるものなのである。むしろ、小学生に求められる「算数」の力とは、条件を視覚化し、試行錯誤しながら正解を導き出す“閃き”。そしてこれこそが「算数」の醍醐味でもあるわけだ。

 健君はもともと算数が得意科目であったらしいが、次第に、これまで間違えることがなかった計算問題でもケアレスミスを連発するようになったという。そしてついに最終模試で、今まで取ったことのない「42」という偏差値を叩き出し、ここでお父さんは初めて、窮状を塾に訴えたそうだ。

 塾長はお父さんに、直ちに「父能研」からの撤退をお願いし、算数と数学の思考法はまったく違うということを指摘した上で、こう言ったという。

「お父さん、受験は偏差値を上げて上位校に合格することも大切ですが、もっと重要なことがあります。それは健君に、得意の算数で、“試行錯誤しながら答えを発見する喜び”を味わわせてあげることです。どうですか? お父さんはこの2カ月、見守り役に徹しませんか?」

 それから、受験本番まで、健君は塾がない日も学習室に通い、「勘」を取り戻すべく、懸命に手を動かし続けたそうだ。

 塾長は、健君が教えてくれる「この問題は、こういうふうに考えてみた」という説明を、「健は大したもんだ! うんうん、このアプローチの仕方は面白い!」と大いに褒め、喜び、そして、その閃きを大切にさせるため、類題を提示したという。こうして健君は、徐々に調子を戻していったそうだ。

 一方、お父さんは健君と一緒にお風呂に入りながら、自分が間違っていたことを素直に詫びたという。

「健、悪かったな……。どうやらお父さんは間違っていたようだ。今、お前がやっている算数は、限られた道具しかない状態で、どうすれば正解に辿り着けるか? ってことを考えることに意味があると、塾長先生に教えられたよ。合格も大事だが、『問題にぶち当たったとき、自分で考えて工夫できる力』っていうのは、テストでいい点を取るだけじゃなくて、人生にとっても役立つ力だと思う。お前ならやれるって塾長先生も言ってるし、お父さんもそう思うよ」

 筆者が後日、塾長に話を聞いたところ、健君とお父さんの一件をこんなふうに振り返ってくれた。

「もともと、健は算数のセンスがある子だったので、自信さえ取り戻せば、残り2カ月でどうにかなると思っていました。小6の秋というのは、これまで蓄えた知識が、ジグゾーパズルのようにバラバラになりがちな時期なんです。夏の疲れもあって、たまたま成績が急降下しただけだったのでしょう。このお父さんも、一時的に迷走されましたが、息子に良かれと思って自ら勉強を見始めたとのこと。自分のやり方は間違いだったと気づき、受験勉強の意義を認め、さらに、息子に対して素直に謝ったってことですから、素晴らしいお方だと思いますよ」

 健君はお父さんが理解して見守ってくれたことも功を奏し、当初から目標としていた偏差値60の第一志望校に入学し、現在、中3である。今年、彼は学園祭で仲間と共に、来年入試の算数の予想問題を発表し、教師たちを唸らせたと聞いている。

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