ジュース・ワールドが同世代に与え続けた希望ーー音楽を愛し、誰よりも速く駆け抜けた21年

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2019年12月16日 10:32  リアルサウンド

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ジュース・ワールド『Death Race for Love』

 2019年11月26日、1OAK Tokyoには多くの人が詰めかけ、メインアクトを少しでも近くから見るためにこれでもかとステージに押し寄せていた。平日のナイトイベントにも関わらず、ここまでの熱狂を作り上げた理由は1つしかない。スティングの「Shape of My Heart」をサンプリングした「Lucid Dreams」(2018年)が、米ビルボードのシングルチャート“Hot100”にて2位、2ndアルバム『Death Race for Love』(2019年)がアルバムチャート“Billboard200”で1位を獲得した、シカゴから彗星の如く現れたラッパー、ジュース・ワールドのためだ。亡くなるたった2週間前の出来事であった。


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 彼の人気に火をつけたきっかけは、ヒップホップ専門のキュレーションサイトである「Lyrical Lemonade」からドロップされた「All Girls Are The Same」のMVだ。これまでのヒップホップシーンは、女性をどれだけ多く抱けるかのような、ミソジニー的な楽曲が1つのステレオタイプのようなものになっていた。ジュース・ワールドは〈They’re rotting my brain, love/These hoes are the same〉(女性は全て同じ、彼女たちが脳を腐らせていく)〉とラップ。深い悲しみから酒に溺れながらも、女性とのリアルな関係を模索している様子を切なく映し出した。耳に残るメロディラインと、今までにあまり見られなかった新たな視点は、世間からも高く評価され、最終的にHot100チャートで41位を記録する。増大したファンの間では、ジュースの他の楽曲を求め、過去の曲を掘り起こそうという動きが強まった。


 そんな「All Girls Are The Same」を追うように続けてヒットしたのが「Lucid Dreams」である。“Lucid Dream”は、直訳すると明晰夢。簡単に言い換えると、自分の思い通りにコントロールできる夢のことである。夢の中で進行する甘い思い出と、現実の孤独を美しく表現し、同じ状況にいるものたちにスポットライトを当てるような楽曲であった。


 自身初のスタジオアルバムである『Goodbye & Good Riddance』は、彼の人気を確固たるものにした。作り出すメロディラインはどれもキャッチーであり、幅広いファン層を獲得することに成功。チャートアクションも好調であった。ビリー・アイリッシュ&カリードの「lovely」のインストを採用した「intro」は、Netflixドラマ『13の理由』の挿入歌として使用されており、不安定な若者層の心を動かすような楽曲だ。さらに「Black & White」では黒人と白人の対比を軸に、ドラッグに苦しみながらも助けを求める、絶妙なバランスをリリックに落とし込んだ。


『Goodbye & Good Riddance』のリリースからわずか1カ月後の2018年6月、XXXテンタシオンが銃殺されるという事件が起こる。また2017年11月にはリル・ピープがオーバードーズによって亡くなっており、2人の死は立て続けにティーンの希望を失う大きな出来事であった。彼らは共通して「エモラップ」を代表するアーティストだ。エモラップとは、簡潔に説明すると、パンクロックやメタルとトラップサウンドをフュージョンした新たな形であり、SoundCloudを元に派生していったジャンルだ。彼らが歌うトピックは主に10代の鬱気味な日常であり、ティーンにとっては時代を象徴する存在であった。その不安定な時代に新たな象徴として、ヒーローの枠を請け負ったのがジュースである。リル・ピープとXを追悼する形でリリースした「Legends」では、歴史に残る1つのラインを残した。


〈What’s the 27 Club? We ain’t making it past 21(何が27クラブだ。俺たちはまだ21も過ぎていない)〉


 カート・コバーンやジミ・ヘンドリックスら、これまでに多くの著名なアーティストが27歳で亡くなっていることから、その年齢で亡くなったミュージシャンや俳優を指す「27クラブ」という言葉が存在する。しかしリル・ピープとXに至っては、21歳を越える前に亡くなってしまった。どこにもぶつけようのない無力感を、音楽に乗せて表したジュースは、彼らに変わる新たなヒーローへと変貌を遂げた。


 ジュース・ワールドはハードワーカー、そしてフリースタイルの天才としても知られている。「Lyrical Lemonade」のファウンダーであるコール・ベネットは、インタビューの中でジュースに対しこのようにコメントした。


「ジュース・ワールドは私が知っている中で最も才能のある人の1人だ。働き方が本当に狂っている。フューチャーとのコラボアルバム(『Wrld on Drugs』)はフリースタイルで録られた。出てくる言葉のほとんどがフリースタイルだ。フックとブリッジを繋げ、曲全体のレイアウトを決める段階でさえフリースタイルだ。本当に信じられないよ。そして常にスタジオにいることを好んでいた。働き続けることに異常なこだわりを持っていたよ」(参照:COMPLEX)


 アルバムチャートで1位を獲得した『Death Race for Love』も、3日で収録を終えたと言われている。アルバムチャートで1位、全22曲、シングルチャートに6曲送り出したアルバムが、である。ラップと努力、どちらをとっても天才であったことはもはや疑いようがない。2019年になると、シンガーソングライターのエリー・ゴールディングや、エド・シーラン、ジャスティン・ビーバーらと多くのヒット曲を生み出したベニー・ブランコ、もはや説明不要のスーパーヒップホップグループのBTSといった、ヒップホップに軸を置きつつも、ジャンルレスなコラボレーションを次々と発表。ファン層を拡大させた。ジュース・ワールドは完全に時代をロックしていた。


 日本時間12月8日の深夜。ジュース・ワールドが息を引き取ったと報道された。12月2日に21歳になったばかりであった。彼もまた21歳を越えることはできなかった。多くのアーティストが突然すぎる死を悲しみ、追悼の意を投稿した。その翌日、ストリーミングでは487%再生回数が上昇。「Lucid Dreams」は3000デジタルダウンロードを記録し、最もDLされた曲となった。(参考:Rolling Stone )


 公式な死因は発表されてはいないが、薬物を過剰摂取した様子は報道されており、その可能性が高いと思われている。ここ2年のうちに、リル・ピープ、マック・ミラー、ヘラ・スケッチー、フレッド・サンタナら多数のアーティストの命を落とした原因が薬物に関連していると言われている。ドラッグを日常で使用することをラップし、特権階級のような扱いをしてきた先人たちの影響も少なからずあるだろう。フューチャーは、自身のラップが理由で、ジュース・ワールドがドラッグを摂取したことを後悔している。(参考:Rolling Stone )切っても切り離せない悪循環がこびりついてしまっているのだ。どんな形であれ、ドラッグが元で次々と若い命が失われている現状を今一度考え直さなければならない。日本も例外ではないだろう。過去を変えることはできない。これから先、この壊れてしまったサイクルを早急に立て直す必要がある。


R.I.P. Juice WRLD
美しい音楽を届け、同世代に光を照らした彼の音楽は、これからも誰かの心を救う日がくるでしょう。ご冥福をお祈りします。
(Yoshi)


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