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秋山翔吾のドラフト秘話。衝撃のホームランと家族の絆のエピソード

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2020年01月18日 06:52  webスポルティーバ

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 このバッターがプロで通用しないわけがない――。かつて秋山翔吾を見て、そう確信した瞬間があった。

 2010年6月12日、大学野球選手権大会。この日、神宮球場で八戸大(現・八戸学院大)と東洋大が対戦した。東洋大のマウンドには、左腕エースの乾真大(元巨人)が上がっていた。その年のドラフトで日本ハムから3位指名されてプロ入りすることになる快腕である。

 八戸大が1点リードされて迎えた2回表、4番を打つ秋山が打席に入った。いつもはネット裏かダグアウトの上あたりから見ているのだが、その時はたまたま記者席にいた。神宮球場の記者席はネット裏のグラウンドレベルよりも低い位置にあるため、やや見上げるような角度になる。

 この日、初めての対戦で乾の投じたストレートが秋山の胸元を突いた。すごかったのは、次の一瞬だ。踏み込んで打ちにいこうとした秋山が、とっさに背中を反らせてスイングしたのだ。この動きによって、自分とボールとの間に空間ができる。秋山はその空間を利用して、思う存分ボールを引っぱたこうとしたのだ。

 そしてフルスイングから弾き返された打球が、センター方向に飛んだからまた驚いた。普通なら、苦しまぎれにライト方向に引っ張るのがやっとのインコース高めである。それがハーフライナーとなってバックスクリーンのわずか右に着弾した。ただでさえ打つのが難しいインコース高め。それをセンターに打ち返し、しかもホームランにしてみせた。

「こいつがプロで活躍しなくて、誰が通用するんだ……」

 秋山の打球を見て、ひとりつぶやいていた。

 のちに秋山と話をした際、「あんな見事な技術は、プロでもなかなか見られない!」などと、こちらが熱く語っても、当の本人は「たしかにうまく打てたと思いますけど……」と、なんともフラットな反応しか返ってこない。喜びすぎず、騒ぎすぎず……いつも「オレなんてまだまだ」といった控え目な姿勢は、当時も今も変わらない。

 そして秋山に関して、もうひとつ忘れられない出来事がある。ドラフト当日、あるテレビ局の特番で秋山を取り上げることになった。母親が女手ひとつで育てた息子がプロに指名されるまでを追う内容で、秋山の承諾を得に八戸大のグラウンドまで行った。最初、こちらの来訪の意味を理解しかねてポカンとしていたが、わかってからも「本当に僕でいいんですか? 指名されるかどうかわからないですよ」と否定的だった。

「秋山くんが指名されなかったら、今年のドラフトでほかに指名される外野手はいないよ」と言って、ようやく「そうなんですか……」と納得してくれたが、堂々としたバッティングと、この自信なげな表情がじつに対照的だった。

 じつは、秋山の指名を信じきれていなかったのは本人だけじゃなかった。テレビ局の担当者もなかなか本気にしてくれなかった。番組としてはいくらいい話があっても、「指名されませんでした……」では放送する甲斐がない。

 ドラフトの日が近づくにつれて、「本当に指名されるんですよね!」と担当者の口調も一段と厳しさが増していった。「秋山が指名されなかったら、ほかに指名される外野手なんていませんよ」と秋山本人に伝えたのと同じ言葉を返しても、おそらく半信半疑だったと思う。

 それほど当時の秋山は、全国的には無名の”地方リーグの好選手”に過ぎなかった。

 そしてドラフト当日、生放送の番組が進行していくスタジオのセットの裏で、指名の行方を見守るスタッフたちに”衝撃”が走ったのは、2巡目の指名が始まってまもなくだった。

 ソフトバンクが広島経済大の柳田悠岐を指名したのだ。

 ドラフト当日までにこちらが得ていた情報はこうだった。八戸大のグラウンドに熱心に足を運んでいたのはソフトバンクと横浜(現・横浜DeNA)。そして監督宛てに指名の意志を伝えていたのはソフトバンクだった。ならば、ソフトバンクが3位か4位あたりで獲得するだろう……そんな予想で指名の展開を見つめていたところ、柳田の名前が先に呼ばれた。

 秋山と同じ右投左打の俊足外野手。同じようなタイプの選手をふたり指名することは、まずありえない。スタッフの間に絶望的なムードが漂い始めたその時だった。

「第3回選択希望選手、埼玉西武、秋山翔吾、22歳、外野手、八戸大学」

 ドラフト会場の音声がスタジオに流れ、秋山のお母さんと妹が「うゎー!」と叫んで抱き合った映像が画面に映し出された時、セット裏のスタッフたちも「よかった!」と抱き合い、涙を流していた。あの時、番組で取り上げた選手はほかにもいたのに、どうして秋山の指名の瞬間だけ、みんなあれほど喜んだのか。

 秋山は小学生の時に父を病気で亡くし、以来、3人の子どもを育て上げた母の骨折りに心を重ねた者もいただろう。そしてなにより、ひたむきに、一途に自らを鍛え上げ、とうとうプロの世界へたどり着いた実直な青年のことを、みんなが愛していた。

 あの時のスタッフと顔を合わせると、今でもあの日の「秋山翔吾と家族」の話になる。

 今季からMLBのシンシナティ・レッズでプレーすることになるが、あの技術力と向上心があれば、絶対に成功するはずだ。

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