岩井俊二新作『ラストレター』にみる、「作家の映画」の限界と可能性

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2020年01月22日 19:31  リアルサウンド

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『ラストレター』(c)2020「ラストレター」製作委員会

 前週までと同様に、週末興行は『アナと雪の女王2』と『カイジ ファイナルゲーム』が、ウィークデイ興行は意外なほどのしぶとさを見せている『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』と絶好調が続く『パラサイト』が牽引する中、先週末の映画動員ランキングで4位に初登場した岩井俊二監督の『ラストレター』。今回はこの作品を取り上げてみたい。


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 1月17日に公開された『ラストレター』。オープニング3日間の動員は13万6143人、興収1億8183万3100円。全国261スクリーンという公開規模からすると少々物足りない数字にも見えるが、岩井俊二監督の日本での劇場公開作品としては前作にあたる『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)は最終興収が約1億1500万円。配給やキャスティングの話題性など座組としての規模が違うので単純に比較できるものではないが、一般的な「ヒット作」から長いこと無縁だった監督の新作としては、まずまずの成績と言っていいだろう。


 現在の日本映画界において『ラストレター』という作品を位置付けるポイントは、「作家の映画」であることと、「アンサンブル・キャスト作品」であることの二つだろう。「作家の映画」というのは、まず何よりも「岩井俊二の新作」であることが作品の企画においても開発においても宣伝においても優先される、作家の個性が前面に出た作品であるということ。原作小説や原作コミックのない監督自身のオリジナル脚本であることはその必要条件というわけではないが、そのことも「作家の映画」としての作品のアイデンティティを強化している(もちろん『ラストレター』は岩井俊二の完全オリジナル脚本作品である)。映画が監督のものであるのは当たり前のことだと思う人もいるかもしれないが、近年の日本のメジャー作品には、公式の紹介文でまったく監督に触れず、ポスターやチラシにも米粒のような文字でしか監督のクレジットが記されていない作品も少なくない。


 二つ目のポイント、「アンサンブル・キャスト作品」であることは、一つ目のポイントの「作家の映画」であることとも密接に結びついている。現役の監督だと三谷幸喜、是枝裕和、李相日、中島哲也などの作品が特徴的だが、豪華なアンサンブル・キャストが実現する前提となるのは、ベテランの大物を含む役者たちとの過去の作品における関係性と、そこで培ってきた監督への信頼だ。松たか子、広瀬すず、神木隆之介、福山雅治、中山美穂、豊川悦司といった主演級の役者に加えて、庵野秀明のような飛び道具や、森七菜のような大注目若手俳優を抜擢するという『ラストレター』のユニークなキャスティングは、まさに岩井俊二作品にしか成し得ないことだ。


 長編では初の劇場公開作となった1995年の『Love Letter』(今回の『ラストレター』は同作への「アンサー作品」とされていて、中山美穂や豊川悦司の出演もそこに由来している)を筆頭に、『スワロウテイル』(1996年)、『四月物語』(1998年)、『リリィ・シュシュのすべて』(2001年)、『花とアリス』(2004年)と、特に90年代中盤から00年代前半にかけて日本のカルチャー・シーンに大きな足跡を残してきた岩井俊二作品。特に『Love Letter』は国内だけではなくアジア各国に多くの熱狂的なファンを生んだ作品で、2018年に中国で『你好,之華(Last Letter)』が製作された背景にもなっている。ちなみに同作はタイトルからもわかる通り『ラストレター』と同じ脚本の映画化作品であり、つまり現在公開中の『ラストレター』は岩井俊二が監督した2作目の『ラストレター』ということになる。


 『你好,之華(Last Letter)』は中国をはじめ、北米、オーストラリア、ニュージーランド、香港、シンガポールで公開されて、累計興収8020万1000元(約12憶4000万円)を記録。その影響力の大きさのわりには、世間的なヒットと実はあまり縁がない岩井俊二にとって、現在のところ最も多くの興収を稼いだ作品となっている。現在の日本の映画界、特に興行においては冷遇されがちな「作家の映画」だが、その可能性は国外に広がっているのかもしれない。(宇野維正)


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