『スカーレット』にとって格闘技とは? 喜美子の柔道、武志のキックボクシングに込められた精神

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2020年01月24日 06:11  リアルサウンド

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『スカーレット』写真提供=NHK

 女性陶芸家として道を切り開く主人公のライフヒストリーをたどる連続テレビ小説『スカーレット』(NHK総合)では、格闘技に関する描写が折に触れて登場する。主人公・喜美子(戸田恵梨香)にとって陶器のかけらとともにお守り代わりになっている柔道や、家庭のシーンに登場するキックボクシングをはじめ、格闘技が物語を推進するキーになっている。


参考:『スカーレット』における黒島結菜の役割とは? 悪意のない無邪気な“恋敵”という新しい存在


 喜美子と柔道の出会いは少女時代。大阪の闇市で暴漢に襲われていたところを父・常治(北村一輝)が助け、そのまま信楽に連れてきた草間(佐藤隆太)には柔道の心得があり、第7話で川原家にやって来た借金取りを一本背負いで撃退。子どもたちを相手に柔道を教えることになった。「本当の優しさとは何か。本当に強い人間とはどういう人間か。そして人を敬うことの大切さを学んでほしい」と教える草間流柔道は、喜美子の人生の精神的支柱になっていく。


 嘉納治五郎が始めた柔道は1931(昭和6)年に学校の正科目となり、戦後は全国に普及。1964(昭和39)年の東京オリンピックで男子の正式種目として採用された。このあたりの事情は、前期大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(NHK総合)ともリンクしてくる部分だ。


 大阪の荒木荘では、住み込み女中の喜美子を先頭に「草間流柔道」の掛け声から「とやー!」の唱和が朝礼代わりになっていた。また、同じく草間から柔道を習った同級生の信作(林遣都)は、川原家の三女・百合子(福田麻由子)と結婚の承諾を得るため、照子(大島優子)と柔道の特訓を行うなど、「礼に始まり礼に終わる」柔道は、『スカーレット』では人と人をつなぐコミュニケーションツールの役割を担っている。


 戦前から昭和、平成にかけて目まぐるしく変わる社会の様子は、登場人物の生活にも反映されている。川原家では、長男の武志(中須翔真)が八郎(松下洸平)と喜美子にテレビをねだる。お目当てはキックボクシングの「サワムラ」。直接登場しないものの、真空飛び膝蹴りを武器に「キックの鬼」と呼ばれて国民的人気を博した沢村忠がモデルと思われる。


 武志が弟子の三津(黒島結菜)を相手にキックボクシングごっこをする場面も見られたが、子どもだけでなく大人同士でも話題になるくらい当時の沢村の勢いはすごかった。第80回では、信作から夫婦の矛盾を指摘された喜美子が逆ギレして、ファイティングポーズを取るも八郎が制止(その後、喜美子・信作vs八郎の構図になる)。文字通り一挙手一投足が国民的関心を集めるその存在の大きさを感じさせた。


 朝ドラでのキックボクシングへの言及は今作が初めてではない。前作『なつぞら』(NHK総合)で、主人公のなつ(広瀬すず)が作画監督を務める架空のテレビアニメ『キックジャガー』はキックボクシングが題材。実際になつが作画監督を打診された際に、制作部長が沢村忠に大ハマりしている様子が描かれた。時代背景を考えても沢村忠の影響があると推察される。


 相手に向かって体当たりで挑む格闘技は、感情を全身で表現する喜美子にとって身近なものだ。荒木荘時代に大久保(三林京子)のしごきに不満を爆発させる術もないまま、枕を大久保に見立ててプロレス技(バックドロップ)をかける場面もあり、絵付けや陶芸と並んで喜美子が自分を表現する手段になっている。また、男性優位な時代にあって女性が力をつけていくことを目に見える形で描いているとも言えるだろう。


 『スカーレット』における格闘技は単なる道具立てを超えて、時代と登場人物の生きざまを雄弁に語っている。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。


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