「週末映画館でこれ観よう!」今週の編集部オススメ映画は『his』

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2020年01月24日 19:52  リアルサウンド

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リアルサウンド

『his』(c)2020映画「his」製作委員会

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、リアルサウンド映画部の遠くへ行きたい島田が『his』をプッシュします。


参考:詳細はこちらから


『his』
 『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』とコンスタントに作品を撮り続けている今泉力哉監督。そんな今泉監督の現時点での最新作が『his』だ。今泉監督は「リレーションシップ」の観察に優れた監督だ。「好きなのに、向こうは私のことを好きではない」「お互い好きなのに、なぜかすれ違ってしまう」……その決定的な分かり合えなさに翻弄される人々を優しく描き続けてきた。その優しさが観客の心にすっと溶け込み、近年の大躍進を生み出しているのではないだろうか。


 本作のメインの登場人物は、こちらも近年高い注目を集めている宮沢氷魚と藤原季節演じる、2人のゲイ。今泉監督は本作を描くにあたって、当事者を傷つけることがないよう細心の注意を払い、何度も校正を繰り返したという。LGBTQ、と称してしまうこと自体が「内」と「外」という二項を生み出してしまうことを避けたかったのではないだろうか。


 本作で描かれるのは、決して2人の恋愛だけではない。ゲイと知らずに宮沢演じる迅を好きになってしまった町役場の職員・吉村美里(松本穂香)、そして藤原演じる渚の娘・空(外村紗玖楽)、その母親である玲奈(松本若菜)……。また、迅は自分がゲイであることを知られることを恐れて岐阜県の白川町に移住してきた、という設定だ。白川町内では地域のコミュニティがある。ここにも「内」と「外」という二項を見いだせる……というのはいささか強引だろうか。渚の登場が、白川町では「なぜかこっちに移住してきた人」として少しミステリアスな存在だった迅が地域のコミュニティに馴染むきっかけになるのも興味深い。


 撮影はハードだったという。今泉監督は、現場での2人の演技を観てその都度演技のテンションについて役者とディスカッションをする、というディレクションをとった。今まで演じたことのない役柄で、正解のない状態での作業は大変だったと宮沢や藤原もコメントしている。結果として、本作はそんな今泉監督のディレクションが見事成功を収めた作品ではないだろうか。宮沢と藤原が演じる2人の少しぎこちなさも感じられるやりとりからは、そのディレクションの効果が反映されているように感じる。決して熱くなりすぎず、かといってクールダウンもし過ぎないその演技の温度感はまさしく、今泉監督の視線の優しさや8年前に別れたカップルが再会する距離感と見事マッチしているように思える。


 本作の最後のある人物のセリフと、ラストシーンには思わず息を呑んだ。素晴らしいセリフだと思う。優しくあろうとし続けた今泉監督の集大成とも言える場面ではないだろうか。そして、その優しさは決して特別なものではなく、我々鑑賞者が持ちうるものであることを裏付けている。 (文=島田怜於)


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