モトーラ世理奈×諏訪敦彦監督が振り返る、『風の電話』撮影で出会った“震災後の日本の家族”

0

2020年01月25日 12:31  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

モトーラ世理奈×諏訪敦彦監督

 モトーラ世理奈が主演を務める映画『風の電話』。本作のモチーフになった「風の電話」は、岩手県大槌町に実在し、大切な人と想いをつなぐ電話として2011年に設置された無線の黒電話。東日本大震災以降、今はもう会えない家族や友人と話すため、3万人にものぼる人々が訪れている。


 モトーラ世理奈演じるハルは、東日本大震災で家族を亡くし、広島で叔母(渡辺真起子)とともに暮らしているが、ある出来事をきっかけに故郷の岩手県大槌町へと向かい、そのヒッチハイクでの道中に様々な人と出会い、「風の電話」へと辿り着くことになる。メガホンを取った諏訪敦彦監督は、2005年の『不完全なふたり』からフランスでの映画製作が続いていたが、本作で『H story』以来18年ぶりに日本映画を手がけることとなった。


 オーディションで主演に選ばれたモトーラ世理奈は、まだ10代ながら自分以外の家族を震災で亡くした少女という複雑な役どころに挑むことになった。監督は、彼女のどんなところに惹かれたのだろうか。即興的な演出方法で映画を撮る諏訪監督だからこそ完成した本作の裏側について、話を聞いた。


■諏訪「彼女を撮っているだけで映画ができるという確信があった」


ーー主人公のハル役はオーディションで選ばれたということですが、諏訪監督はモトーラさんのどんなところに惹かれたのでしょうか?


諏訪敦彦(以下、諏訪):オーディションでは何人もの方とお会いして、芝居が達者な人もたくさんいましたが、そもそも、モトーラさんは他の方とまったく違いました。何が違うか言葉にするのはなかなか難しいんですが、最初に会った時にこの人しかいないと。彼女を撮っているだけで映画ができるんだという確信がありました。モトーラさんはその場にいる居方や佇まいをずっと見ていられる人で、これは映画にとってはすごく得難いことです。僕は芝居が上手いとか下手とかあまり考えたことがなくて、どんな人でもその人なりに演技ができると思うんですが、モトーラさんはやっぱり何か違う。とにかく視線を引きつけてしまう人です。


ーーモトーラさんは台本を読んでオーディションを受けた時に何を感じましたか?


モトーラ世理奈(以下、モトーラ):オーディションの前に台本をいただいて、一回読んでみた時に、悲しい気持ちが溢れて読み進められませんでした。それで、やりたくないなぁって思っていました……(笑)。


諏訪:オーディション行きたくないなって?(笑)。


モトーラ:はい……(笑)。でも役が決まった時は嬉しかったです。オーディションが2回あったのですが、2回目のオーディションのあとから、この役やりたいなとはっきりと思い始めました。


諏訪:1回目は台本に基づいてそのシーンを演じてもらったのですが、2回目では、簡単な設定だけで即興的にやってもらいました。


ーーオーディションをやった当時は、ハルという主人公については、どこまで人物像が決まっていたのでしょうか?


諏訪:この子は本当に傷ついていて、世界に対して自分を閉ざしている、石のように固まってしまっている。僕もそういうイメージくらいしか持っておらず、オーディションを受けてもらう方にも、細かい部分は特に伝えていませんでした。僕の場合はやはり「誰が演じるか」というのがとても重要で、その具体的な存在があってから、初めてカメラが動き出していく感じです。


ーーモトーラさんに主役が決まってから具体化していったんですね。


諏訪:でも、モトーラさんにも、こうしてほしいという細かい部分は言った記憶がないですね。ただ、この子は叔母さんにハグしてもらわなきゃいけない、誰かに手を握っていてもらわないと、自分を保てない存在なんだというイメージは伝えました。叔母に「ハルちゃんおはよう」と言われても、返事ができない。大槌に向かうのには、そこからハルがだんだん言葉を話していくプロセスがあったように思います。


■モトーラ「ハルと一緒に物語が進むように旅している感覚」


ーー大槌へと向かう中、西島秀俊さんや渡辺真起子さんなど、諏訪監督の作品の常連の俳優たちが、ハルを見守る大人として登場しますね。


諏訪:最初はいろんなアイデアがあったのですが、最終的に彼らに出演してもらうことになりました。久しぶりに日本で映画を撮るということで、この作品は僕にとって「自分の故郷にもう1回帰ってくる」という思いがありました。それはハルと重なる部分かもしれません。だから、昔の家族にいてもらいたいというか(笑)、彼らにハルを見守ってほしいと。


ーーモトーラさんは今までは同世代との共演が多かったのではないかと思いますが、今回何か意識したことはありましたか?


モトーラ:あまりそういうことはなかったと思います。


諏訪:むしろみんなが意識していたんじゃないですかね、モトーラさんは最初から貫禄がありました(笑)。堂々としていたと思いますよ。


モトーラ:私としては、本当にハルと一緒に物語が進むように旅しているという感覚でした。共演者だけではなく、スタッフさんや協力してくれたみなさんなども含めていろんな人と出会っていくような撮影だったと思います。


■諏訪「家族もコミュニティも傷ついてバラバラになっている」


ーー印象的だったのは、大槌に向かう途中で、埼玉でクルド人と交流するシーンです。あのシーンがあったことで、この作品は、先ほど監督がおっしゃったように「故郷」についての映画なんだと感じました。


諏訪:最初は共同脚本の狗飼恭子さんのアイデアとして、難民の問題を取り入れてくださったんですが、僕もすごく面白いなと。あのシーンは、外国人の俳優に演じてもらうというふうにはしたくありませんでした。現実に、彼らのような生活を送っている人はいるので、東京芸大の同僚で、演劇をされている高山明さんから、クルド人のコミュニティを紹介してもらい、映画に出てもらうことになりました。あそこのエピソードはほぼ現実のエピソードで、メメットさんは被災地にボランティアに行ったけれど収監されて、撮影の時点で1年と3か月、奥さんと息子さんと暮らせていなかった。それは特殊な話ではなくて、僕たちが知らないだけで日本国内に3000人くらいいるそうで、関東地区の解体現場で肉体労働をしているという現実があります。その今の日本に起きていること、彼らが作品の中でいてくれたことで、作品がより立体的になったのではないかと思います。被災人たちだけではなくいろんな境遇の人がいて、それぞれの暮らしがあるということを、この映画の中で見せたいなと。


ーー一緒に食事をするシーンはドキュメンタリーを見ているようでした。


諏訪:そうですね。実際は1時間くらいカメラを回していました。彼らは役者ではないため細かい要求はできないので、状況だけを説明して。中でも、ハルが話す女の子は同年代でもあるから2人で自由に話をしてほしいと思っていました。撮影の前に会って話をする機会もあったので、そこで聞いた話を実際にしてもらいました。


ーーハルとは、家族の写真を見せたり、将来のことを話したりしていましたね。


モトーラ:あのシーンでは、旅の中でハルが初めて同世代のネスリハンちゃんと偶然会って2人で話していたら、本来のハルが出てきたように感じました。自分から写真を見せるのも初めてで、ハルには友達がいて、普通の女の子だったんだなと。ずっとネスリハンちゃんと話をしていて、私もハルとして喋っていたけど、時々自分になってしまったり……(笑)。話していて私も共感したり心がほぐれていく感覚もあって、本当の友達みたいでした。


諏訪:家族の写真を自分から見せて、「お母さんに似てるね」と言われたら、ハルが「母さんに似ているってよく言われる」って返す。そう言えたのは、この映画のハルにとってすごく大きなことだったと思います。


ーー監督が近年映画を撮っていたフランスは、「移民国家」と呼ばれるほど様々な出自を持った人が住んでいる国ですが、フランスで過ごして感じたことを映画に取り入れようという思いもあったのでしょうか?


諏訪:そうですね。自分の子供がまだ小さかった時に公園で遊ばせていると、母親ではなくベビーシッターであるアフリカ系の女性を多く見ました。「外国人に育てられているんだね」というふうに僕が言ったら、あるフランス人が「いや、あの人たちはフランス人だよ」と言うんです。つまり、フランスに住んでフランスの言葉を話してフランスの社会で暮らしている人はフランス人なんだって言い切るんですね。一方で日本では、どんなに長く日本に暮らしていたって、見かけが違うだけで、あの人は外国人だという意識になってしまう。ネスリハンちゃんも、子供の頃からずっと日本の学校に通っているんだから、日本の子供なんです。そういう問題はヨーロッパでは当たり前ですが、日本だとなかなか語られないことです。だからこそ、彼らが「ここにいる」ということを映画に入れたいと思いました。


ーー日本でコミュニティを築いて協力し合っているクルド人の方々と比較すると、三浦友和さん演じる公平とそのお母さん、西田敏行さん演じる今田親子は、どこか孤立している印象を持ってしまいました。


諏訪:今回、広島から大槌に移動するまでいろんなロケ地を回りました。彼らの家は実際にあるところを貸していただいたのですが、公平の家はお母さんと息子さんの2人暮らしで、息子さんは離れで暮らしているから、広い家でお母さんが一人暮らし。今田の家も、老夫婦暮らしで2人とも軽度の認知症を患っている。それでも、故郷にいたいという思いで、あの家に住み続けています。家族もコミュニティも傷ついてバラバラになっていて、そういうことは日本中にあるのだと思います。むしろクルド人は強いコミュニティを作って助け合いながらじゃないと生きていけないのかもしれません。


■モトーラ「練習しても本番でそう思うかわからない」


ーー最後の風の電話のシーンについてもお伺いします。電話で何を言うかは、台本は作ってありながらも、最後はモトーラさんに任せていたそうですね。


諏訪:セリフを決めるつもりは最初からありませんでした。撮影が始まった時は、3週間後に僕たちがどういう状況になっているのかわからない。映画って進んでみないとわからない、予測できないものなんですよね。だから、もう風の電話に辿りつけばいいと。モトーラさんには事前に、「考えてみてごらん、メモしてみてもいいから」という話をしました。でも、その通り喋ったわけでもなかったよね?


モトーラ:そうですね。


諏訪:本番の時に初めて風の電話のボックスの中に入ったので、そこで彼女の中に起こることはあるだろうと。それが撮れれば、どういうセリフでもいいのではないかと思いました。


モトーラ:事前に紙に書いたり、滞在先のホテルで想像してみたりもしましたが、やっぱり練習しても本番でそう思うかわからないし、実際に電話ボックスに入らないとどんな気持ちになるかわからないなと思いました。ものすごく緊張して不安でしたが、電話をとった時に自分から出てくる言葉で話そうと。話していくうちにいろんな感情が出てきて、電話を切りたくなくなってきました。


諏訪:ずっと喋っていたかった?


モトーラ:はい。


諏訪:セリフが決まっていないって、やっぱりすごく不安で怖い、勇気のいることですよね。「これを言えばいい」というものがあれば安心できるじゃないですか。でもそこで任せようと思えた。僕があらかじめ用意した言葉を話していたら、ああいうシーンにはならずにこの作品は違う映画になっていたと思います。本当にモトーラさんは素晴らしかった。


ーー確かに、風の電話のシーンは景色の美しさも含めて、とてもマジカルな瞬間だと感じました。


諏訪:神がかっていましたよね(笑)。風が吹いて雲が流れて木々が揺れてる。映画ってああいう時があるんですよね、神が降りる瞬間が。あれには自分でもびっくりしましたね。(取材・文=若田悠希)


    ニュース設定