“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
各地で中学受験の本番を迎え、いよいよ、来週末からは東京・神奈川での「最終決戦」が繰り広げられる。本命校受験を前にした親子は、まさに“落ち着かない日々”を過ごしていることだろう。特に「うちの子は本番に弱いのではないか」と我が子のメンタルを心配している親の気苦労は計り知れない。
「普段の“振り返りテスト”はできるのに、模試だとできなくなる」
「家で過去問をやれば点数が取れるのに、試験会場に行くとダメだ」
「今までの模試で良かった試しがない」
など、「受験本番でも同じことが起こるのでは?」という不安に苛まれ、頭に浮かぶ文字は「不合格」の3文字……。こうなると、悪い予感しかしなくなり、ますます心配になって、負のスパイラルに突入しやすいのだ。
「腹痛に見舞われるのでは」という不安で腹痛に
確かに「本番に弱い子」というのは存在する。茜ちゃん(仮名)も、母の幸子さん(仮名)が太鼓判を押すほどの「本番に弱い」タイプであった。
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小学校4年生から通っている中学受験塾の成績は悪くはない。茜ちゃんはコツコツ型で、塾の復習テストも毎回、好成績である。それなのに、模擬試験会場やほかの校舎でテストを受けると信じられないほどのミスを連発するそうだ。
「誰に似たのか、茜は本当にプレッシャーに弱くて……。模試になるとおなかが痛くなるんですよ……」と幸子さん。
なんでも、初めての模試の会場が、マンモス大学と呼ばれている校舎だったらしく、茜ちゃんはその雰囲気に気後れしてしまい、さらに会場が広すぎたせいでトイレの位置がわからず、粗相をしてしまったそうだ。
粗相と言っても他人には気づかれないレベルだったというが、このことが年頃の少女にはトラウマになってしまう。以降、茜ちゃんは模試を受けるたびに、「腹痛に見舞われるのではないか?」という恐怖と戦ってきた。しかも、そのプレッシャーによって、本当におなかが痛くなるようになったとのこと。
当然、幸子さんは、模試前の食事に消化の良いものを出したり、小児科でもらった整腸剤を飲ませるなどの対策を取ってきたが、効果はない。さらに神経内科に通わせるも、症状は消えなかったという。
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1月受験では、ついに電車の中でも腹痛を起こし、ようやく受験会場に辿り着いたものの、結果は残念ながら不合格。「本番のためのお試し」受験であったにもかかわらず、その「お試し」さえも落としてしまった親子は、失意のどん底に落ちた。
そんな時に、幸子さんは近所に住んでいる奈美さん(仮名)という大学生に偶然、再会したそうだ。
奈美さんは、茜ちゃんにとって「永遠の班長さん」であり、憧れの人。茜ちゃんが小学校に入学したばかりの頃、通学班の班長だった人物で、まだ幼かった茜ちゃんの面倒をみてくれていた「優しいお姉さん」なのだという。
「お久しぶりです、茜ちゃんママ。茜ちゃんはお元気ですか?」と声を掛けられた幸子さんは、奈美さんに向かって「誰にも言えなかった秘密」を打ち明けてしまったそうだ。
「自分でもどうしてあの時、そんなことを言ったのか、わからないんですが……奈美ちゃんに『茜、お試し受験に失敗してしまって。実はね、前から過敏性腸症候群になってるみたいで、試験になると決まっておなかが痛くなるの。これじゃあ、本命校も受かるわけないわよね』と弱音を吐いたんです」
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すると幸子さんは、奈美さんから意外な提案を受けることになった。
「奈美ちゃんは『私、茜ちゃんの気持ち、わかります。私もそうでしたもん』と共感してくれました。しかもそれだけじゃなくって『そうだ! 試験日は月曜ですよね。その前の土日、ちょっと、茜ちゃんをお借りしてもいいですか?』と……」
そして、奈美さんは次の土曜日、試験が始まる時刻に合わせて茜ちゃんとともに家を出発し、本命中の本命である2月1日受験校の会場に出かけたそうだ。さらに翌日の日曜日も、同じ時刻に茜ちゃんを連れて、その学校を訪れたという。
そしてその翌日、2月1日の本番日も奈美さんが同じ受験会場まで付き添ってくれたという。
「2月1日の朝、奈美ちゃんは校門の前で、茜にこう言ってくれました。『茜ちゃん、2度あることは3度あるって知ってる? 昨日も一昨日も、全然、おなかは痛くならなかった! だから、今日も絶対、大丈夫! うまくいくから安心して!』って。そしたら、茜ったら『奈美ネエ、2度あることは3度って悪い意味じゃね? それを言うなら、3度目の正直じゃないの?』って口答えしたんですよ。私は、笑顔でやりとりする2人の様子を見ながら、なんだか『今日の茜は大丈夫!』と思えて、泣きそうになりました」
茜ちゃんがいよいよ校舎に吸い込まれていく直前、奈美さんは茜ちゃんを呼び止めて、「合格のお守りあげる! もし、心配になったら、これ舐めるんだよ! これは合格を呼ぶ魔法の薬ね」と言って、その手に4粒の綺麗な色のキャンディを握らせたそうだ。そして、その日の夜、茜ちゃんは自宅に奈美さんを招き、一緒にネットで合格発表を見たという。
結果は合格。飛び上がる茜ちゃん。号泣する幸子さん。そして、部屋には奈美さんの祝福の言葉が響いたという。
「おめでとう! ようこそ、S大付属に! これで、茜ちゃんは再び、私の直の後輩だね」
そう、奈美さんはこの学校の卒業生で、彼女いわく「自分の母校に入りたいという可愛い子を助けるのは先輩としての当然の務め」とのこと。受験直前、うちの子は本番に弱いと追い詰められている人に、少しでも参考になれば幸いだ。