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フレディ見守るなか、クイーンが迎えた「プリンス・オブ・クイーン」という家族

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2020年01月29日 17:10  AERA dot.

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写真さいたまスーパーアリーナで公演するクイーン+アダム・ランバート(撮影/岸田哲平)
さいたまスーパーアリーナで公演するクイーン+アダム・ランバート(撮影/岸田哲平)
 偉大なものたちの登場を待って、何万人という観客たちのはやり高まる気持ちが会場に膨らむ。そして、どこまでも包み込んでいくようなぬくもりが漂う。

【クイーンライブ写真の続きはこちら!】

「クイーン+アダム・ランバート」の「ザ・ラプソディ・ツアー」日本公演。映画「ボヘミアン・ラプソディ」の世界的なヒットの後、その興奮が続く中での来日だ。さいたまスーパーアリーナ(25日、26日)の2公演と京セラドーム大阪(28日)公演を見た。クイーンのオリジナル・アルバム15枚すべてに目配りした約30曲、約2時間15分のステージは、クイーンが「家族」の一員としてアダムを受け入れ、その様を不世出のボーカリスト、故フレディ・マーキュリーが天上で喜び、客席も含めて深い愛情で包み込むような気分に満ち溢れていた。

 オーケストラピットで錯綜する楽器音のような音響に続き、「イニュエンドウ」のイントロが流れ出した。この瞬間を、首を長くして待っていた客席は、もう沸騰状態。そこにブライアン・メイが弾くギターが響き出す。「ナウ・アイム・ヒア」だ。メンバーが姿を現す。客席に堰を切ったような歓声がとどろいた。

 映画「ボヘミアン・ラプソディ」はクイーンに確実に新たな生命を吹き込んだ。ブライアンが10代で作った曲「炎のロックン・ロール」はクロマティック進行のギターサウンドが優れた曲だが、この曲の価値も再発見されたのではないか。映画は、フレディを主演したラミ・マレックの真率な秀演もあって、クイーンの楽曲、足跡を分かりやすく、輝かしく豊潤化したのだろう。

 ステージは次々とクイーン初期の曲がメドレー風にたたみかけ、映画でクローズアップされた1985年のチャリティー・コンサート「ライヴ・エイド」でも演奏された「ハマー・トゥ・フォール」へ。ブライアン、ドラムスのロジャー・テイラー、そしてボーカルのアダム・ランバートの息は見事に合い、楽曲の音源に近く、つまりは安定感があり、再現性が高い。

 アダムが「2人のロックレジェンドだ」とブライアン、ロジャーを紹介し、「僕はフレディ・マーキュリーを愛している。君たちは?」と客席に語りかけると、「イエース」と絶叫する女性の声、声、声……。演奏は、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」「愛にすべてを」とヒット曲を連続し、映画でも言及があったロジャーの曲「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」が彼の「ワントゥスリー、ワントゥスリー」の声とともに始まる。そう、三拍子のロックである。「アイ・ウォント・イット・オール」に入る前のアダムのボーカルとブライアンのギターの掛け合いで、アダムの歌唱力が光った。この曲ではブライアンのオーケストレーションされたような幅のあるギターサウンドもうなる。

 こうして連打される楽曲のほとんどが、世界各地でヒットしてきた曲だ。そして考えてみれば、フレディという史上最良ともいえる声を持ち、史上最高ともいえるパフォーマンスをしたロックのフロントマンを失ったクイーンが、これらの曲をクイーンとして演奏し、客席があまり違和感なく聴いていることの不思議さに思い至った。むろん、サウンド構造の骨格は、ブライアンのギターやロジャーのドラムスなどが支えてきたのだが、フレディが歌わなければクイーンの歌にならない。そんな強烈な個性だったはずだ。

 その不思議を実現させたのがアダムである。

 アダムはソロとしても成功したアーティストであり、飛び抜けて歌のうまいシンガーだ。オーディション番組「アメリカン・アイドル」のころから、「ボヘミアン・ラプソディ」やマイケル・ジャクソンの曲を歌ってきた。しかも、得意の超高音を生かした自分流のソウルフルな歌い回しを交えて。キッスの曲でも、それ以上に難しいクイーンの曲でもそれが発揮される。

 フレディもアダムもロックから、ソウル、ミュージカルまで歌いこなす万能型ボーカリストの系譜に属する。そして個性の違いといえばそれまでだが、あえていえば、フレディの声の強靱さの根底には、はかなさ、脆さ、切なさ、何よりも哀しみがあって、それが対照的な力強いボーカルを悲劇的で雄々しいものに高めるのに対し、アダムの声はかなり幅広い音域を自由にパワフルに行き来し、繊細さも持ちながら、コケティッシュなハッピーオーラ全開である。

 例えば、今回グラミー賞4冠の18歳の異才ビリー・アイリッシュの魂のため息のような哀切さは、フレディに通じるが、アダムには通じない。しかし、アダムは得意の超高音フェイクを交えながらも、物まねではなく、フレディの歌い方や歌心に沿い、クイーンの曲をその特筆すべき力量で「クイーン」たらしめているのである。「これもまたクイーンとして聞いてもいい」というのが1970年代からのファンの多くが感じたことではなかったか。

 感動が深く染みいってきた忘れがたい場面があった。ブライアンがアコースティックギター1本で、1人で登場するシーンだ。「コンバンワ、オゲンキデスカ」と日本語交じりのMCで沸かせ、「手をとりあって」を会場と共に歌い、大阪公演では「フレディのために1曲」と英語で語って「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」。ギターの1フレーズごとにどよめきが起こり、これも会場と歌い交わす。最後、「ちょっとマジックを」と言って、哀愁を帯びた優雅な旋律を徐々に盛り上げていくと、ヴィジョンにフレディの姿が。この曲を歌うフレディの映像が出てくるのだ。胸内からせり上がってくるものがあった。涙を拭う姿があちらこちらに広がった。86年の「ウェンブリー・スタジアム」の映像だろう。コクと艶のある何ものにも代えがたい神秘の美声だ。客席も歌う。あの、世界に愛の感動の波を繰り返させた、暗闇にスポットライトを浴びた2人が奏でるセッションが蘇る。歌い終えてお辞儀をする映像のフレディにブライアンもこたえ、客席の拍手は鳴りやまない。

 後半も「愛という名の欲望」、デビッド・ボウイと共作した「アンダー・プレッシャー」。そして日本で人気の高い「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」では、ブライアンも、ロジャーも演奏中に笑顔を見せる。曲調は「ドント・ストップ・ミー・ナウ」に、内容は「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」に相通じる曲だ。ステージのコンセプトは王冠を頂いた劇場のような趣向。派手やかにレーザー光線が多用される一方、天体、宇宙、天空、天国をイメージさせる照明や大小装置が駆使された。天体物理学博士でもあるブライアンの面目躍如たる一面も目立った。

 ため息が出るような「テイク・マイ・ブレス・アウェイ」の出だしのフレディの音源に「リヴ・フォーエヴァー」が続く。愛するために生まれた人間の歌、永遠に生きることを誰が望むのかと問う歌。選曲に生と死の影が横切る。この世に生まれて来たフレディが天界に召されていくような気分。映画でエイズの宣告を受けた時に流れていた曲でもあり、深刻で厳粛な時間が流れた。

 そしてフレディやクイーンが体現してきたことを象徴する「ショウ・マスト・ゴー・オン」が演奏された。「ショウ〜」は、超高音を張り上げるフレディの絶唱とも言える曲。これがライヴで立体化されたのは、アダムの超高音なくしてはかなわなかった。フレディもこの演奏を喜んだだろう。彼が録音した時は、目に見えて病気が悪化し、死が近づいていたころだ。「僕の代わりにライヴで歌ってくれてありがとう」というフレディの声が聞こえてくるようだ。

 かつて、ブライアンへのインタビューで、「クイーン+」というのは一種の「プロジェクト」なのか、と聞いたことがあった。いま、それは的外れな質問だったように思う。彼らは、映画で描かれていたようにクイーンという「家族」なのだ。そこにアダムは迎え入れられ、「家族」の一員になったと痛感したのが、今公演だった。

 その証しが、「ラプソディ・ツアー」の中核曲「ボヘミアン・ラプソディ」で推察できた。2014年、2016年の日本での「クイーン+アダム・ランバート」ライヴで、この曲はフレディのライヴ映像を2箇所で織り交ぜ、アダムと歌い交わすような演出もあり、多くの涙を誘った。フレディの声の麗しさが際だったものだ。しかし、今回は、最初の「Is this the real life〜」の多重録音部分はフレディの音源で、これにアダムが「I’m just a poor boy〜」と歌をかぶせる演出。オペラティック・パートは1970年代のクイーン4人のオリジナル映像を流したが、フレディのライヴ映像は最後まで出てこなかった。

 ここに、アダムを「家族」として受け入れたクイーンの姿勢が見える。新しい局面になったのだ。

 そもそもブライアンもロジャーもフレディを大切に考えている。91年の逝去から約30年間、フレディの光輝に彩られたイメージを保つのに努めてきた。アダムは、ブライアン、ロジャーを尊敬し、フレディを心底から愛する。ステージでもそう発言し、讃える気持ちがステージ全体ににじみ出ていて、クイーンに連なっていることに歓びを感じているようだ。

 そのあり方は、新旧のファンたちの分け隔てのほとんどない友愛の輪ともパラレルだ。それゆえ、ライヴ会場は、一つの星雲のように、「何か」に包み込まれながら幸福な時空になっている。

 ステージは最終盤にさしかかり、再びフレディの映像が出てきた。腰を抜かしたのか、椅子に倒れ込む女性の姿も。映像は「エーオ」で会場に感激のコール&レスポンスを成り立たせる。「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「伝説のチャンピオン」でフィナーレに突入。全体を包み込んでいる「何か」とは、フレディの、あるいはフレディへの、幾尋もの深く大きな愛情のように思われた。フレディ・マーキュリーという大きな存在の裏返しとしての、あまりにも大きな不在は、いまや伝説と化して格別に広大な存在となって再び降り注ぎ、アダムという、いわば「プリンス・オブ・クイーン」を新たな家族として祝福しているようだった。

(朝日新聞社/米原範彦)

◇「クイーン+アダム・ランバート」の「ラプソディ・ツアー」日本公演は、30日のナゴヤドームで終了。「クイーン展」(朝日新聞社など主催)が30日から3月22日まで、横浜・アソビルで開催される。

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