「好きな男に会えずイライラした」さいたま連続放火魔、法廷で呻き続けた中年女の姿【ドン・キホーテ放火事件・後編】

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2020年02月09日 21:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

Dick Thomas Johnson from Flickr

埼玉県さいたま市緑区。店員3人が死亡、8人が重軽傷を負うとい大被害をもたらした「ドン・キホーテ浦和花月店」の全焼から2日後、「ドン・キホーテ大宮大和田店」で火災が起こった。犯人として浮上したのは、当時47歳の渡辺ノリ子。「浦和花月店」と「大宮大和田店」の火災だけでなく、イトーヨーカドーやサティの女子トイレに火を放ち続けていたのだ。職場では「おとなしくて目立たない。真面目な人」という評判だったが、「交際相手とのトラブルが絶えなかった」と知人は語る。

(前編はこちら:万引き常習犯からさいたま連続放火魔へ――真面目な中年女のウラ側【ドン・キホーテ放火事件・前編】)

「好きな男性に会えずイライラした」二転三転する供述

 恋愛が、万引きと放火にどう関連したのか――。動機はいったい何だったのか――。ところが、ノリ子は取り調べにおいても、公判においても、供述を二転三転させ、日本中を困惑させた。当時は裁判員制度施行前のため、捜査が進んだものから追起訴を重ね、審理は細切れに行われていた。

 2005年3月、最初に起訴されたのは「ドン・キホーテ大宮大和田店」で毛布を燃やし、腕時計などを万引きした事件についてだった。さいたま地裁での初公判で、ノリ子は「ものを盗むつもりはなかった」と万引きをするつもりはなかったと否定し、放火未遂罪についても「火はつけていません」と否認。

 それでも県警が状況証拠を積み重ねたことで、翌月、ノリ子は「ドン・キホーテ浦和花月店」を全焼させた放火の罪で逮捕される。このときノリ子は「もう裁判でうそは言いたくない」と7件すべての放火と放火未遂罪について関与を認めたのである。

「好きな男性に会えず、イライラして火をつけた。人が死ぬとは思わなかった」

 一連の放火事件についてノリ子はこう供述したという。連続放火の動機としては弱いものの、ようやく犯行を認めたことで捜査員らがホッとしたが、それはつかの間だった。ノリ子は再び、煙に巻こうとする。

 全てを認めたその翌日、弁護人と接見して「どこにも火をつけていない」と話し、あっという間に否認に戻ったのである。結局、全焼して3名が命を落とした「ドン・キホーテ浦和花月店」の放火事件についても「殺意があったと認めるに足りる証拠がない」と、殺人罪での起訴はなされなかった。

 動機どころか犯行そのものも認めなくなったノリ子。しかし、犯行当時に同居していた男性が証人出廷し、前後のノリ子の行動を明かした。ドン・キホーテの放火事件当日に彼女は「(好きな男性の)家に火をつけてくる」と言い残し、外出。翌日の朝方、家に戻ってきたという。テレビで放火の様子が流れているのを見ながら、男性は聞いた。

「お前がやったのか」

 このとき「やってない」と答えたというが、逮捕後に川越署の留置場で同じ房にいた女性は、公判に出廷しこう証言する。

「渡辺さんが3月上旬『事件のことで悩んでいる。まさか死ぬとは思わなかった』と話しているのを聞いた」
「『私は無期かコレだから』と言いながら、左手の親指で首を切る仕草をした。死刑のことだとわかり、3人が亡くなった浦和花月店の火災のことを言っているのだと思った」

 ノリ子は法廷でその女性の名をブツブツと小声でつぶやきながら、その後ろ姿をじっと見つめていた。

 一度は認めながらも否認に転じ、そのまま一連の放火を認めず、被告人質問でも「わかりません」「やってません」「覚えていない」を繰り返したノリ子には、求刑通りの無期懲役の判決が言い渡された。

 判決を不服として即日控訴したが、いざ控訴審が始まっても、ノリ子の態度はやはり変わらなかった。それどころか、控訴審で弁護人はこう訴え始めた。

「被告人は自分がなぜ、裁判を受けているのかすら、わかっていないのです」

 いわく、ノリ子が前頭側頭型認知症に罹患している疑いが精神鑑定などで浮上したのだという。だが、「交際相手やその家族に対してだけ嫌がらせをしていた」ことなどから、「認知症で判断能力が落ちていた可能性は否定できないが、責任能力がある70〜80歳の高齢者と同程度の判断能力はあった」と認定し、08年5月に控訴を棄却している。

 この判決言い渡しの際、ノリ子は呻くようにブツブツとささやき始めた。

「……やってません」
「……お願いします。……やってません」

 読経のような呻きは、判決言い渡しが終わるまで続き、終わってもブツブツと続いた。

「うるせえよ!」

 傍聴席から怒号が上がると一瞬、呻き声も途切れたが、しばらくするとまた、ブツブツと始まるのだった。

 真っ赤なシャツにピンクのジャージの上着、紺色のジャージのズボン。白髪が混じったつやのない髪を左側頭部で結わえ、鼻先にメガネをかけたノリ子は、法廷で呻き続けた 。その後、ノリ子は上告したが、08年11月にこれも棄却され、無期懲役が確定した。

 近年では、万引きを繰り返す「クレプトマニア」という病の存在も知られ、クレプトマニアに前頭側頭型認知症の患者がいることも徐々にわかってきた。長年勤めた病院を退職してから、交際相手宅への奇妙な行動や万引きが目立ち始めたノリ子。この時点で周囲が通院を勧めていれば、事件は起こらずに済んだだろうか。

 当時取材した記者によれば、「そもそもの放火の動機というのが、交際していた男性とトラブルを起こしてイライラし、そのストレスから万引きをするようになった」というが、ノリ子は語らなかった。 クレプトマニアだったのか、男性関係のストレスだったのか――。

 全焼した「ドン・キホーテ浦和花月店」は事件翌年に解体された。その跡地にはドラッグストアが建ち、事件の痕跡は残っていない。火災で命を落とした店員3名の遺族らは、さいたま市消防局が適切な対応を怠ったとして、市に損害賠償を求める訴訟を提起していたが、11年に賠償義務が発生しない形で和解が成立している。

参考文献
・「週刊新潮」2005.3.3号、2005.5.5・12号
・「週刊ポスト」2008.7.11号
・「週刊女性」2008.3.11号

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