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桂文枝、野村克也さんを追悼「本当にユーモア溢れる人でした」

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2020年02月12日 15:46  ORICON NEWS

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写真桂文枝 (C)ORICON NewS inc.
桂文枝 (C)ORICON NewS inc.
 落語家の桂文枝(76)が11日、同日に84歳で亡くなった元プロ野球監督の野村克也さんへ、所属事務所を通じ追悼コメントを寄せた。

【写真】妻・沙知代さんを思い涙を流す野村克也さん

 「つい先日テレビで監督を見たように思ったのにまさか急に訃報を聞くとは」と切り出した文枝は「昔 ある雑誌で阪神の特集を組んだ時、頼まれて監督の似顔絵を描いたことがありました。例のニタニタした顔で喜んでいただきました」と回顧。「名球会の仕事でよくご一緒させていただきましたが、監督ほど、唯我独尊マイペースを貫いた方はいませんでした」と野村さんの人柄をつづった。

 また、「阪神を率いた名伯楽が村山実さん、星野仙一さん、と続いて鬼籍に入られたのが残念でなりません」と悔やみ、「本当にユーモア溢れる人でした。奥さんからプレゼントされた高級時計を無くした時、人の時計が気になって気になって、仕方なかったよ。と苦笑いしておられた顔が忘れられません。合掌」と偲んでいる。

 野村さんはテスト生として1954年に南海に入団。その後はロッテ、西武で捕手としてプレーした。巧みなインサイドワークと強打で知られ、65年には戦後初の三冠王を獲得。現役を45歳まで続け、通算3017試合出場は歴代2位。本塁打王9回、首位打者1回、打点王7回という輝かしい成績を残した。

 南海では73年に監督兼任でリーグ優勝。90年にヤクルトの監督に就任するとデータを用いた“ID野球”でリーグ優勝4回、日本一3回という結果を残した。その後に阪神、楽天でも監督を務め、勝てるチームの礎を築いた。

このニュースに関するつぶやき

  • 「負けに不思議の負けなし」は、敗戦の裏にある準備不足や判断ミスを指摘した言葉だ。「強い者が常に勝つとは限らない」と弱者に創意工夫と奮起を促したい。ユーモア溢れる表現でビジネスにも通じる考えを発信して下さいました。
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