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ドイツの鬼才監督が描いた“どん底”が放つ美しさ 実録映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』

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2020年02月13日 23:02  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

写真娼婦ばかりを狙った、実在の連続殺人鬼を主人公にしたドイツ映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』。殺人現場がリアルに再現されている。
娼婦ばかりを狙った、実在の連続殺人鬼を主人公にしたドイツ映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』。殺人現場がリアルに再現されている。

 扉を開けると、そこはこの世界のどん底だった。異様な光景が待ち受けているが、そこから目を離すことはできない。ファティ・アキン監督の新作『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』(英題『The Golden Glove』)は、ドイツに実在した連続殺人犯の実像に迫るショッキングさと現実世界をしっかりと見つめようとするアキン監督の力強い目線が同居する力作となっている。

 フリッツ・ホンカは1935年にドイツのライプツィヒで生まれた。共産党員だった父親は戦時中に強制収容所を経験し、生還後はアルコール依存症となり、幼いホンカは暴力まみれの生活を過した。母親が育児放棄したため、ホンカは施設に預けられ、16歳のときに東ドイツから西ドイツへと逃亡し、ハンブルクに定着。だが、交通事故に遭ったことから、鼻が曲がってしまう。映画『屋根裏の殺人鬼』は容姿にコンプレックスを持つホンカが屋根裏部屋へと女たちを誘い込み、次々と殺害した1970年〜74年にフォーカスを絞っている。

 ホンカのターゲットとなったのは、ハンブルクの有名なバー「ゴールデングローブ」に夜な夜な集まる娼婦たちだった。ホンカは気に入った女性客を見かけると酒を奢ろうとしたが、多くの女性はホンカの顔を見ると断った。ホンカの酒を喜んで飲み干すのは、仕事にあぶれ、泊まる先のない年嵩の娼婦たちだった。

 一説によると、ホンカはオーラルセックス中に男性器を噛みちぎられることを恐れ、歯のない娼婦を好んだとも言われている。かくしてホンカのお眼鏡にかなったベテラン娼婦は、ホンカが暮らす低家賃アパートのさらに狭い屋根裏部屋へと連れ込まれた。運が良かった女性はホンカからひと晩殴られただけで部屋から帰ることができ、運が悪かった女性は首を絞められ、ノコギリで体をバラバラにされた上に、物置に長年にわたって放置された。街の人たちは年老いた娼婦が消えてしまっても、誰も気に留めることはなかった。

 ホンカの犠牲者となった40〜50代の娼婦たちは、第二次世界大戦中や戦後の混乱期に青春時代を送った世代だ。犠牲者のひとりは、強制収容所内にあった収容者向けの売春宿で働かせられていた過去の持ち主だった。戦争が終わっても、おそらく真っ当な仕事には就けなかったのではないだろうか。社会の底辺を這うように生きる女性たちを、やはり社会の底辺でコンプレックスを抱きながら生きている殺人鬼が襲いかかる。どこにも希望も救いもない、悲惨さを極めた物語である。

 そんなどん底の物語を撮り上げたのは、ドイツ・ハンブルク生まれのトルコ系移民二世であるファティ・アキン監督。民族の違いを超えた恋愛を描いた『愛より強く』(04)がベルリン映画祭金熊賞、オスマントルコで起きたアルメニア人大虐殺を題材にした『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)がベネチア映画祭ヤング審査員賞、ダイアン・クルーガー主演の『女は二度決断する』(17)でゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞した、ドイツを代表する気鋭の映画監督だ。来日したアキン監督に、製作内情とドイツにおけるホンカの実像について尋ねた。

「ホンカはハンブルクで事件を起こしたわけだけど、ホンカが暮らしていたアパートのすぐ近くで、僕は生まれ育ち、今も暮らしているんだ。子どもの頃は親の言いつけを守らないと『ホンカに拐われるよ』と怖がらせられたものだよ。実在するモンスターというよりは、一種の民俗学的な意味での怪物だった。アパートの火事がきっかけで逮捕されたホンカは裁判で終身刑が言い渡されたんだけど、実際には刑務所ではなく、閉鎖病棟に送られたんだ。僕が10代の頃にホンカは病院を退院して釈放され、そのときは人権派と反対派で大変な騒ぎが起きたことを覚えている。僕がこの映画を撮ることにしたきっかけは、ハインツ・ストランクがホンカについて書いた原作小説がとても面白かったということ。その小説を読んだことで、ホンカも自分と同じ人間だと理解できたし、自分に問い掛けられているように思えた。今の自分の映画監督としての技量と熱量で、ホンカのような存在をはたして映画化できるのかってね。僕はこれまでプロデューサーと監督を兼ねて映画を撮ってきたんだけど、主に予算的な問題から妥協しながらの映画製作だった。でも、今回はいっさい妥協することなく映画を完成させることができた。そのことに僕はとても満足しているし、すごく開放感も感じているんだ」

 30代後半の連続殺人鬼ホンカを演じたのは、ドイツ期待の若手俳優ヨナス・ダスラー。歪んだ鼻と斜視だったホンカに特殊メイクの力を借りて成り切ったダスラーだが、素顔は美形俳優だ。連続殺人鬼もかつては純真な若者だったはずだというアキン監督の演出意図から、1996年生まれの若いダスラーが主演に抜擢された。また、ホンカの餌食となった40代〜50代の娼婦たちは、警察に残っていた被害者の資料写真を参考に、きっちり芝居のできる演劇畑の女優たちがキャスティングされている。彼女たちの迫真の演技も見ものである。

 安酒とひと晩の寝床を目当てに、屋根裏部屋へと誘われ、ホンカにさんざん殴られた挙句に首を絞めらて息絶えた娼婦たち。もちろん、すべて芝居なのだが、ホンカと娼婦たちとのやりとりがリアルで生々しい。園子温監督が「東電OL殺人事件」にインスパイアされて撮った『恋の罪』(11)を観た際にも感じたが、ただ陰惨なだけの殺人シーンではなく、社会の底辺にまで降り立った者たちだけが体得できる“どん底の美しさ”が描かれているように思える。

「子どもの頃、ハンブルクの低所得者向けのアパートに家族と一緒に暮らしていたんだけれど、当番で週末に階段の掃除を僕がしていたら、突然ドアが開いて、後ろから男にボコボコに殴られている女性が現れたことを覚えている。2人とも酒を飲んでいるようだった。僕は驚いて父親を呼んだんだけど、殴られていた女性は『これは夫婦の問題だから、部外者は口を挟まないで』とドアを閉めたんだ。今でも、あれは何だったんだろうと不思議に思うし、男女間や家族内での暴力は時代に関係なく、いつでもどこでも起きていていると思う。この映画を作る際に、実はホンカが子どもの頃に悲惨な目に遭ったエピソードも撮ったんだけど、編集段階ですべてカットしたんだ。僕が思うに、ホンカは大脳の他人を思いやる部分が機能しておらず、それが過度のアルコール摂取でより酷い状況になったんじゃないかな。でも、子どもの頃につらい目に遭ったり、脳に障害のある人がすべて犯罪者になるわけではない。だから、ホンカが連続殺人を犯した理由ははっきりとは描いていないし、僕にもそれは分からない。これを分かりやすく描いたら、DCコミック原作の『ジョーカー』(19)になってしまう。人生はミステリーの連続。だからこそ、恐ろしくもあるし、面白くもあるんじゃないかな」

 アキン監督によると、ホンカが獲物を物色するために通ったバー「ゴールデングローブ」はハンブルク市内に実在するそうだ。そして、店の扉には「ホンカがいた場所」というプレートが掲げてあるという。

『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』
原作/ハインツ・ストランク 監督・脚本/ファティ・アキン
出演/ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、カティア・シュトゥット、マーク・ホーゼマン、ハーク・ボーム、トリスタン・ゲーベル、ゾフィー・シュミット
配給/ビターズ・エンド R15+ 2月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathe Films S.A.S./Warner Bros.Entertainment GmbH
http://www.bitters.co.jp/yaneura

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