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「腕時計」をなくしたおかげで伝説の美容研究家に… 山形で小学校の給仕をしていた女性に突然訪れた転機とは?

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2020年02月17日 16:00  AERA dot.

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写真小林照子(こばやし・てるこ)/美容研究家。ヘア&メイクアップアーティスト。1935年、東京都生まれ。東京高等美容学院を卒業後、小林コーセー(現・コーセー)に美容部員として入社。数々の大ヒット商品を手掛け、85年、同社初の女性取締役に就任。その後独立・起業し、美容ビジネスの企業経営や後進を育てる学校運営をおこなっている。『人生は、「手」で変わる。』(朝日新聞出版)、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)、『小林照子流 ハッピーシニアメイク』(河出書房新社)ほか著書多数(撮影/写真部・片山菜緒子)
小林照子(こばやし・てるこ)/美容研究家。ヘア&メイクアップアーティスト。1935年、東京都生まれ。東京高等美容学院を卒業後、小林コーセー(現・コーセー)に美容部員として入社。数々の大ヒット商品を手掛け、85年、同社初の女性取締役に就任。その後独立・起業し、美容ビジネスの企業経営や後進を育てる学校運営をおこなっている。『人生は、「手」で変わる。』(朝日新聞出版)、『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)、『小林照子流 ハッピーシニアメイク』(河出書房新社)ほか著書多数(撮影/写真部・片山菜緒子)
 人生はみずからの手で切りひらける。そして、つらいことは手放せる。美容部員からコーセー初の女性取締役に抜擢され、85歳の現在も現役経営者として活躍し続ける伝説のヘア&メイクアップアーティスト・小林照子さんの著書『人生は、「手」で変わる。』からの本連載。第4回は、年齢や自分の能力を気にして、夢を追うことをためらっている人へのメッセージ。

*  *  *
「これから先、こういう仕事をしていきたい」「こういうことを実現していきたい」。そんな「人生地図」を描くことは、私はいくつになっても必要なことだと思っています。

「もう年だから、無理」「夢みたいなこと考えたって、ダメに決まってる」と笑う方もいるかもしれません。でも“ダメ”というのは、誰が決めることなのでしょう。

 自分ではなから“ダメ”と決めつけるから“ダメ”なだけで、“ダメ”だと思わなければ、“ダメ”にならないのではありませんか? ならば“ダメ”と思うのをやめればよいだけ。

 私の人生の転機は、ある日突然訪れました。養母を亡くしたあとのことです。

 その頃私はまだ、小学校の給仕として働いていました。戦後、山形の町でも時々お芝居が上演されることがあり、私はいつか演劇の世界に関わる人間になりたいと思っていました。それも舞台に立つ俳優ではなく、俳優たちのメイクをするメイクアップアーティストになりたいと考えていたのです。

「メイク」という手わざによって、ひとの顔をあっというまに別の顔に変えてしまう職業は、私にとってのあこがれでした。「変身」。それは私自身の心の奥底の叫びだったのかもしれません。

 給仕の仕事の一環で、家庭科の先生が使うためのろうけつ染めの授業の見本をつくろうとしていたことがありました。流しで腕時計をはずし、私は夢中で作業をしました。そして別の場所にうつろうとしたとき、私の腕時計はなぜかなくなっていたのです。

 探しても探しても見つからず、私は途方に暮れて、見つけることを諦めました。ところがその数日後、とあるご夫婦が私の家にやってきました。聞けばそのお宅の息子さんが、私の腕時計を持ち去り、川に捨ててしまったとのこと。おわびのしるしにと、大きな金額のお金を包んでこられたのです。

 プライドの高い父は、自分たちが哀れまれているような気がしたのでしょう。お金を断固として受け取りません。私も、そんなことでよそさまからお金をいただくのは申し訳ないと思ったので、お断りしました。

 何回も押し問答が続きましたが、結局私たち親子が根負けして、ご夫婦のご厚意をありがたく受け取ることになりました。いつの日か東京に戻って、美容学校に通う。そんな夢が突如として実現できたのは、そのお金のおかげです。

 10歳から18歳までの8年間、私は美容とは全く関係もない暮らしをしてきました。家にお金はない。でも私には「こういう仕事をする人間になる」という目標だけは明確にありました。

 東京の美容学校に入ることを決めた私に、友人の中には、「美容学校に行ったからといって、演劇の世界で俳優にお化粧するひとになれるとは限らないよ」と心配してくれるひともいました。

 でも、私の腹は決まっていました。目標はもう定まっている。

 そこに到達するためにはさまざまなアプローチの仕方があるだろうけれど、躊躇(ちゅうちょ)が許されるほど、人生は甘くない。

 少しでも前に進めるときに進め。

 人生にいつ転機がくるかは、誰にもわからないものです。

 そしてその道が正しいか間違っているかも、誰にもわかりません。

 ただ「自分はこうなりたい」という気持ちが強くあるのならば、その一歩を踏み出した瞬間から「やっぱりやめようかな」「本当にこれでいいのかな」「失敗するんじゃないかな」などという迷いは捨てることです。

 それで思い切りやってもうまくいかなかったのなら、そのときに諦めればいい。

 思い切りやったあとなら、自分でも納得ができるというものです。

 自分の人生の賽(さい)を投げるのは、自分以外にいないのです。

【しなやかに生きる知恵】
チャンスは
チャンスをつかむ準備をしている
人間の元に訪れる

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