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ジャングルを抜けて走るマレーシア唯一の寝台列車を乗り継ぐ2泊3日鉄道旅

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2020年02月18日 11:30  AERA dot.

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AERA dot.

写真今回乗車したトゥンパッ発JBセントラル行き27列車(撮影/植村 誠)
今回乗車したトゥンパッ発JBセントラル行き27列車(撮影/植村 誠)
 近年、マレーシアの鉄道は急速に近代化を遂げ、主力幹線である西海岸線(パダンブサール/バターワース〜シンガポール間)で時速140キロメートル運転が実施されるなど、高速化の進展が著しい。一方で、西海岸線では寝台車も姿を消し、バンコクからシンガポールまで、寝台列車を乗り継ぐ2泊3日の鉄道旅はいまや昔語りとなりつつある。そんななか、貴重な寝台列車が1往復だけ残されている。異国の夜汽車で旅情に触れるべく、一路マレーシアを目指した。

【写真】寝台車からの車窓はこちら

*  *  *
■寝台列車のルートは密林地帯!

 マレーシア唯一の寝台列車が走るのは、東海岸の町・トゥンパッとシンガポールとの国境に面するジョホールバルのターミナル駅・JBセントラルとを結ぶおよそ723キロメートル区間。途中のグマス駅を境に、トゥンパッ側が東海岸線、ジョホールバル側が西海岸線と呼ばれる路線だ。

 沿線にマレーシアの首都・クアラルンプールを擁し、プランテーションなどの開発が著しい西海岸線に対し、東海岸線は起点のトゥンパッこそ主要都市のひとつであるコタバルに近いものの、その路線名とは裏腹にマレー半島を南北方向に横断するルートは熱帯雨林が繁茂するジャングル地帯。

 道路整備が進む以前は貨客混合列車なども多数運行され輸送の要になっていたが、現在は全線を走破する旅客列車は、これから乗るJBセントラル行き27列車とその折り返しである26列車の1往復のみという閑散路線と化してしまっている。

 問題はアクセスだ。ジョホールバル側はシンガポールを玄関にすれば便利だが、悩ましいのはトゥンパッである。トゥンパッへは、日本からのエアライン直行便があるクアラルンプールからコタバルまで路線バスでおよそ7時間。コタバル空港まで空路利用としてもいいが、ともに「わざわざ……」という徒労感がなんとも面白くない。

 あれこれ検討した結果、バンコクから寝台列車でタイ・マレーシア国境ポイントがあるタイ南東端の町・スンガイコーロクへ行き、その足で27列車の始発駅であるトゥンパッを目指すことにした。当時、タイとマレーシアの鉄道全線に乗るべく渡航を重ねていたこともあり、そういう意味でも訪れたいルートではあった。国境越えは徒歩になるものの、西海岸線ルートとはまたひと味違ったバンコク発シンガポール行きの乗り継ぎ旅が楽しめるに違いない。

■テロ横行地域の物騒さと背中合わせに国境を越える

「パスポートを」

 1等個室寝台の扉がノックされたので開けてみると、軍服姿の兵士がふたり立っていた。自動小銃を携えている。

 前日の15時10分にバンコクを発った列車はすでに朝を迎えていた。タイ南部の主要都市であるハジャイ(ハートヤイ)で西海岸線とをつなぐパダンブサール行き編成を切り離し、タイ南東部の鉄路を南下している。

 実はこのエリアは、タイからの独立を主張する一部過激派によるテロが横行しており、日本の外務省からも渡航情報が発令されている要注意地帯。実際に、この列車が通るパッターニなどでは爆弾事件が伝えられることも珍しくない。

 今回の計画にあたっては、とりあえずバンコク(クルンテープ駅)からスンガイコーロクまでの1等寝台の乗車券を確保しておいたものの、出発までWEBなどでこまめに現地情報をチェックし、危険な徴候が見られた場合には別ルートに差し換えることを考えていた。

 幸いにと言おうか、表立った動きは見られず、予定どおりスンガイコーロクを目指しているのだが、こうして兵士のチェックがあるのを目の当たりにすると、油断はできないのだと気を引き締めざるを得ない。しかし、憂慮すべきトラブルもなく、11時20分にスンガイコーロク駅に辿り着くことができた。

 スンガイコーロクはマレーシアとの交易の地であるとともに、マレーシアから羽を伸ばしに来る男性陣も少なくないとか。道路向かいに広がる市場にはそうしてハメを外す男たちのための店が待ち受け、それは同時にテロの標的になることもあるという。

 今日は国境を越えたのち、コタバルに宿を取るだけの行程で時間はある。そんな猥雑な街を見物してみたいとの思いもよぎるが、万が一の事態を考えここは好奇心を押さえることにした。

 駅前から広い歩道のある幹線道を15分ほど歩くと国境ポイント。簡単な手続きで無事にマレーシアへと足を踏み入れた。

■見慣れた列車が!日本から譲渡された寝台車が眠る駅
           
「トゥンパッですよ」

「ここが? ステーション?」

「ええ」

 コタバルから乗った路線バスは、商店街の外れで私を降ろした。「レイルウェイステーション」と伝えておいたものの、降りて周囲を見回しても駅らしきものはない。

 こんなところも自由旅の面白さで、「まだ時間の余裕はあるし、散歩でもしていればそのうちに着くだろう」とトゥンパッの街を歩く。

 駅は市街地を抜けた300メートルほど先にあった。JBセントラルまでの寝台乗車券は事前にマレー王立鉄道(KTM)の公式WEBサイトで購入してある。タイ国鉄もそうだが、こんな異国の鉄道の乗車券がいまや自宅のパソコンでも予約・購入ができるのだから、時代の進歩というのは面白い。

 トゥンパッ駅を発車する列車は1日4本。駅舎を伴う立派な1面ホームと平台だけのホームが1面あるきりだが、構内には多数の側線が並び、終着駅らしい貫禄がある。その一隅に見なれたような車両があるなと思ったら、かつてJRで活躍していた寝台車ではないか。

 乗った覚えのある1人用B個室(ソロ)車の姿もあるが、朽ち具合から察すると現役で使われているかどうかは疑わしい。だが、こんな最果てといってもいい異国の駅で再会するとは……。

 列車は18時ジャストにトゥンパッを発車(取材時のダイヤ/2020年2月現在は18時50分発)。

 7両連結されている寝台車はタイ国鉄の2等寝台と同じく通路を挟んで2段ベッドが線路方向に並ぶタイプで、JRならばA寝台である。これでJBセントラルまで56リンギ、およそ1700円とは格安だ。

 他にリクライニングシートの座席車が3両と食堂車が1両。寝台車のなかはさほどではないが、座席車は冷房がギンギンで、「これは長く乗ってられないな……」と思わざるを得ない。

■いままでに体験したことない摩訶不思議な列車の揺れに…

「オーッ、シックス、シックスね!」

 私が確保した寝台は6号車の6番(下段)。実は数字の並びがいいからと指定しておいたのだが、車内改札の車掌のこの反応からすると、ひょっとしてマレーシアでは縁起のいい数字なのだろうか。

 列車は家並もまばらな大地をゆっくりと南下して行く。ノロノロとはいかないまでものんびりとした走りっぷりだ。

「路盤が脆弱で速度を上げられないのかも……?」

 そんな想像と呼応するかのように、列車の揺れがはじまった。

「ゆうぅら、ゆうぅら……」

 大きく横波に撫でられるかのような不思議な揺れで、これまでこんな乗り心地の乗り物に乗った記憶はない。だが、そんな揺れこそが、このジャングル路線に相応しいような気がし、揺れに身体を預けていると自然と頬が弛んでくるようであった。

 列車はワカバル、パシルマスとコタバル近郊の駅に停まりながら南下、街を抜けると早くも密林の前兆らしい車窓となったが、それとともに夜の帳が眺望を阻んでゆく。そんななか、名も知れない小駅を通り過ぎたり、ときに停車したりすると、わずかに家あかりや街灯が車窓の闇に浮かび上がる。

「いずれは明るいうちに乗り直さないといけないな」

 と、新たな楽しみに誘われるのだが、こんな夜の車窓もまた格別。飽かずに眺めているうちに、車内のあちらこちらから寝息が聞こえるようになった。

■17時間10分の旅路に大満足!

 ふと目が覚めるとどこか大きな駅に停まっているようであった。近代的なつくりのホームの向かいにはJRの特急を思わせる電車が灯もなく停まっている。

 首をひねって駅名標を探すと、グマスの文字が読み取れた。東海岸線と西海岸線との接続駅である。

 列車は徐々に明るくなってくる大地をゆく。昨夜の不思議な揺れは収まり、速度もだいぶ上がったようだ。

 残念ながらジャングルの車窓は終わっており、長々とアブラヤシのプランテーションが続いたかと思うと、小さな街が現れ、再びアブラヤシの林に囲まれてしまう。

 停車駅ごとに寝台車からは乗客が去ってゆく。終点のJBセントラル到着は11時10分。そんな時間の到着なので、途中で寝台を座席に変えるに違いないと想像していたが、一向にその気配もないまま、長い朝寝の時間が過ぎてゆく。

 やがて、久々……というよりはじめてまとまった街並が現れた。どうやらジョホールバルらしい。

 列車は出発時と同様にゆったりとした足取りで街中を走り、定刻通りに終点のJBセントラル駅に到着。

 隣のホームでは、シンガポールへ向かう国際シャトル列車が乗客を待っていた。(文/植村誠)

【ガイド】
●2020年2月現在のダイヤは以下のとおり。
27列車:トゥンパッ18時50分発→翌12時06分JBセントラル着
26列車:JBセントラル19時15分発→翌12時32分トゥンパッ着

●乗車券の予約・購入はKTM公式WEBサイトで可能(要クレジットカード)。決済後に発行されるE−Ticketをプリントアウトのうえ持参すれば、そのまま乗車券として利用できます。
URL https://eticket.ktmb.com.my/eticket/

●なお、文中で紹介したとおり、スンガイコーロクを含むタイ深南部には日本国外務省より危険渡航情報が発出されています(2020年2月12日現在)。

【著者プロフィール】
植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話 韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。

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