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巨人の阿部慎之助も将来的に… 二軍から一軍監督への流れは「得策」なのか

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2020年02月22日 16:00  AERA dot.

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写真今季から巨人の二軍監督を務める阿部慎之助 (c)朝日新聞社
今季から巨人の二軍監督を務める阿部慎之助 (c)朝日新聞社
 昨年は原辰徳監督が復帰し、5年ぶりのリーグ優勝を果たした巨人。しかし切り札とも言える原監督も三度目の登板であり、今年で62歳という年齢を考えると長期政権になるとは考えづらい。そんな中、次期監督の最有力と見られているのが、昨年現役を引退した阿部慎之助だ。

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 ドラフト1位の生え抜きで名球会入りを果たし、チームの黄金期を支えた正捕手となれば、将来的に監督に就任しない方が不思議と言えるだろう。そんな阿部は今年から二軍監督となり、若手選手の育成に注力することとなった。そこで今回は、二軍監督を経て一軍の監督となるのが果たして得策であるのか、過去の事例から探ってみたいと思う。

 まず、過去20年間で二軍監督を経験した後にその球団の一軍監督に就任した例は以下の14人。リーグ優勝を経験した監督は★をつけた6人となった。

★岡田彰布(阪神):2004年〜2008年
矢野燿大(阪神):2019年〜
★若松勉(ヤクルト):1999年〜2005年
小川淳司(ヤクルト):2011年〜2014年、2018年〜2019年
★真中満(ヤクルト):2015年〜2017年
高津臣吾(ヤクルト):2020年〜
★渡辺久信(西武):2008年〜2013年
★秋山幸二(ソフトバンク):2009年〜2014年
山本功児(ロッテ):1999年〜2003年
大久保博元(楽天):2015年
平石洋介(楽天):2019年
三木肇(楽天):2020年〜
大石大二郎(オリックス):2009年
★梨田昌孝(近鉄):2000年〜2004年

 近年の目立った成功例と言えば、2004年から阪神の監督を務めた岡田ではないだろうか。監督就任前年は一軍のコーチだったものの、1999年から三年間二軍監督を務めている。2003年に星野仙一監督で優勝した時の戦力を生かしながらも、自身が二軍監督時代に指導した選手を上手く抜擢し、就任2年目にリーグ優勝。5年間の在籍で4度のAクラス入りを果たしている。1980年代後半の暗黒時代以降では、最も安定した成績を残した阪神の監督と言えるだろう。

 チーム別で目立つのがヤクルトと楽天だ。ヤクルトはこの20年間で就任した監督6人のうち4人が二軍監督を経験しており、若松、真中の二人がリーグ優勝を経験している。90年代の野村克也監督時代が黄金期であることは間違いないが、それ以降も主力の流出が相次いでいる中でこれだけの結果を残しているのは立派だろう。若松、高津は球団の顔と言える存在だったが、小川、真中の二人はそこまでの実績は残しておらず、二軍での指導力が評価されて成功した例と言える。楽天も今年の三木監督で三人目の二軍監督経験者となるが、過去の二人は成功とは言い難い。特に平石は前年6位のチームを3位に浮上させるなど結果を残していただけに、もう少し指揮を執る姿を見てみたかったというファンは少なくないだろう。

 また上述した例とは外れるが、現在西武の監督を務めている辻発彦は中日で2007年から三年間、二軍監督を経験している。当時の中日は落合博満監督のもと黄金期を迎えていたため、二軍からの若手選手供給ではあまり目立たなかったが、三年間で二度チームをウエスタンリーグ、ファーム日本選手権の優勝に導いており、チームを勝たせるという意味では手腕を発揮していたと言えるだろう。

 その一方で巨人、DeNA、広島、中日、日本ハムの5球団は過去20年間では二軍監督から一軍監督になった例は出ていない。高橋由伸(巨人)、ラミレス(DeNA)、野村謙二郎(広島)、落合博満(中日)、谷繁元信(中日)、栗山英樹(日本ハム)などは正式なコーチを経験せずにいきなり監督となっている(臨時コーチ、独立リーグでのコーチは除く)。また、DeNAと日本ハムは生え抜きではない監督が多いというのも近年の特徴と言えるだろう。

 二軍監督を経て一軍の監督になるメリットとしては、チームの全体や将来像を考えやすいという点が挙げられるだろう。前述した阪神監督時代の岡田やヤクルトなどはこのメリットを生かして、上手く世代交代を進めていたということが考えられる。そういう意味では阿部がまず二軍監督に就任したというのも悪い選択ではなかったように考えられる。

 しかし、その一方で不安要素がないわけではない。2012年の日本シリーズで当時2年目だった沢村拓一の頭をマウンド上ではたいた件は今となっては良いエピソードかのように語られているが、現在の野球界ではこのような指導法は良しとされないケースが多い。

 二軍監督就任後も、若手選手を突き放すようなコメントが目立つのも気になる点である。自身はいきなり巨人の正捕手に抜擢されてあらゆるバッシングを乗り越えてきたという自負があるから、若手にもそれを期待するというのも分からなくはないが、そのやり方で上手くいかない選手が出てくることも多いに考えられる。同じチームに居続けるメリットもあるが、その一方で視野が狭くなってしまうという危険性も同時にあるだろう。

 果たしてそのような不安を払しょくして、指導者としても一流になることができるのか。まずは二軍監督としてどのような結果を出すのかに注目したい。(文・西尾典文)

●西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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