伊藤沙莉の浅草氏は最高だ! 『映像研には手を出すな!』没入に誘うハスキーボイス

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2020年02月23日 06:01  リアルサウンド

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(c)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

 深夜に放送されているアニメ『映像研には手を出すな!』(NHK総合)に毎週目を潤ませてばかりである。アニメ製作に没頭する女子高生3人組、浅草みどり(伊藤沙莉)・金森さやか(田村睦心)・水崎ツバメ(松岡美里)と、その情熱に感化されるように増えていく仲間たち。


参考:伊藤沙莉、“集団”の中でこそ真価を発揮 『これは経費で落ちません!』で理想の後輩役に


 彼らの想像の中の「最強の世界」が、画面の中を自由自在に飛び回り、溢れ出し、試行錯誤の末に形になっていこうとする過程は、同じように映像製作に心を燃やしたかつての若者たち、『月刊!スピリッツ』(小学館)で連載中の大童澄瞳による原作ファンだけでなく、なんとなく見始めた視聴者の目も釘づけにし、心を震わせずにはいられない。


 『映像研には手を出すな!』の初回冒頭は、まだ彼女特有のファッションと口調という個性を身につけていない幼いヒロイン・浅草みどりが、宮崎駿が手がけた『未来少年コナン』を思わせる『残され島のコナン』に魅了されるまでが描かれている。まだ何者でもない少女が、車の窓を開け、未知の世界を冒険する日々に心を躍らせる。彼女が描き出す線が、走るように世界を形作り、「カンカンカンカン」「タッタッタッタッ」と幼い声で軽快に口ずさむ効果音がリズミカルに世界を刻んでいく。彼女のイメージの中の彼女が嬉しそうにリンゴに齧りつこうとした瞬間、母親の呼びかける声によって現実に引き戻された視聴者は、「世界が滅びそうな雨だ」と少し心細そうな、内気な少女の本質を見る。


 そうだ、これはかつて「宇宙の果てを見たいけれど、宇宙が広すぎて毎日お風呂で泣いていた」ことのある私たちの話なのだ。ヒロインがまだヒロイン以前である冒頭のシークェンスは極めて重要だ。その、まだ何者でもない普通の女の子の姿、並びに、彼女の口から零れ出る、声優・伊藤沙莉のハスキーで、親しみを抱かせる声は、我々視聴者をアニメーションの世界に没入させる、ナビゲーターの役割を担っているのである。


「力が抜けていてお気楽なところは寅さんで、盛り上がっている時は活動弁士の口上のように」と伊藤本人がインタビューで話しているように、ヒロイン・浅草みどりの声には複数のパターンがある。(参考:https://www.tvguide.or.jp/feature/specialinterview/20200111/03.html)


 例えば、彼女が参考にしたという落語の登場人物たちのような、一生懸命だけどちょっとドジな愛すべきキャラクターとしての声。『男はつらいよ』の渥美清演じる寅さん風の、語尾や口調から醸しだされる下町っぽさ。それでいて、「会話が苦手だから、妙な語尾で心を守っている」と第5話の金森が言うところの、本来の繊細で気弱な性格を示す時の不安げな声。


 そんな彼女が感情を爆発させるように繰り出した、第4話における自分たちの作品のための決死の演説は、圧巻だった。「ええい、チクショウ」で始まり「仕上げを御覧じろ」で終わるまさに「活動弁士の口上」。その涙目の表情含め、観ている視聴者も力が入るような迫力の口上の後、爆発するように彼らの夢の結集「そのマチェットを強く握れ!」が観客のいる地面を揺らし、その後はフワッとした普段の調子に戻った浅草が観客に構うことなく、仲間たちと改善点を語り合っている。


 また、浅草・金森・水崎の想像の中の世界におけるSEは、演じる伊藤、田村、松岡自身が担当しているという点も興味深い。


 一人の人間は往々にして、複雑なパーソナリティを内に秘めている。それが多ければ多いほど、人間は魅力的だ。特に浅草みどりというキャラクターに関しては、どこをとっても愛嬌があり、コロコロと変わる予測不能な行動としゃべり方は、目にも耳にも新鮮で飽きない。まるで小動物か何かを観察しているような気分になる。だが一方で、それだけ役者の力量が試される役柄であると言える。


 昨年映画『ペット2』で初めての吹き替えを担当し、今回が初めてのテレビアニメ吹き替えへの挑戦である伊藤沙莉は、浅草みどりという人間のいろんな一面を、何パターンもの声の“色”を変えることで表現した。かつそれが個性として調和しているために、役が生きている。


 湯浅政明と「サイエンスSARU」が、大童澄瞳の原作コミックに、舞台の奈落を使ったダイナミックなアクションや、銭湯の2階の窓ガラスに重ね合った浅草・水沢2人の初めての合作を夕焼け空のオレンジ色に染め、永遠の煌きを加えたように。


 『ひよっこ』(NHK総合)、『全裸監督』(Netflix)、『獣になれない私たち』(日本テレビ系)、映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』など、どの映画やドラマにおいても絶妙にその役柄そのものとして存在する優れた女優である伊藤は、浅草みどりという人物に、描かれていない過去を想像させるほどの“命”を吹き込んだ。


 物語は第7話を終え、たった1人の力だけではどうにもならないが、協力者が増えることで相応の苦労も増えるアニメーション製作の大変さや、誰かに非難されるのではという表現する人間誰もがぶつかる不安、水崎ツバメの動きの表現に対する尋常じゃないこだわりと過去が描かれた。「最強の世界は自分で書くしかないもんな」と浅草は呟く。第7話最後の水崎の台詞「私は私を救わなきゃいけない。動きの1つ1つに感動する人に、私はここにいるって言わなくちゃいけないんだ」。この言葉に触発される若者が一体どれだけいるだろうか。つくづく、現代にこの作品が生まれたことに感謝せずにはいられないのである。(藤原奈緒)


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