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ギャグマンガの登竜門・赤塚賞29年ぶりに入選。「せめてマンガ家として死にたかった」おぎぬまXの波瀾万丈"半生"

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2020年02月23日 06:41  週プレNEWS

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写真29年ぶりの赤塚賞入選者となったおぎぬまX。その異色の経歴とは?
29年ぶりの赤塚賞入選者となったおぎぬまX。その異色の経歴とは?

ギャグマンガの新人発掘として知られる赤塚賞から29年ぶりに入選者が現れた。過去90回のうち、入選者はわずか5名という超難関を突破したのが、おぎぬまXだ。

中学時代からマンガ家になるべくあがいた、彼のジェットコースター半生をたどる!

■中学時代からテントでマンガ評

――そもそもマンガ家を目指したきっかけは?

おぎぬま マンガ家を目指し始めたのは中学時代からですね。とにかくマンガが好きだったんですけど、20年くらい前ってそれだけでオタク扱いだったんですよ。『ジョジョ(の奇妙な冒険)』を読んでるだけで、全身の関節を曲げられるいじめを受けたり。

――偏見がひどい!

おぎぬま ただ、偶然にも課外活動のボーイスカウト仲間ふたりがマンガ家を目指していたんですよ。夜中に50kmくらい歩くナイトハイクの間、ずっとマンガについて語ったり、とにかく熱量がすごくて。そのときにマンガ家になりたいと打ち明けたら、彼らも「俺も」と。 

――初めてのマンガ仲間に出会ったわけですね。

おぎぬま それからは1ヵ月に1本マンガを作って、キャンプのときにテントの中で誰が一番うまいとか構成力があるかとか、朝まで作品を批評し合ってました。

――そのおふたりの今は?

おぎぬま 彼らは大学を卒業する頃にはマンガ家を諦めて、家庭を築いたり、就職してたり。でも、当時はなんなら僕が一番落ちこぼれで、ふたりは天才肌だったんですよ。

あ、天才肌といえばマンガとは全然関係ないんですけど、僕も床オナ派なんですが、床オナ派の人って天才肌だと思ってるんです。そのことを話すとみんな笑うけど、帰りの電車で「実は俺も......」とカミングアウトするやつもいたりして。やっぱみんな隠すんですよね、それが悔しくて。結局フタを開けたら、ビル・ゲイツだってやってるかもしれないのに、隠してたら証明できないじゃん!と。

――見事に関係ないし、ド下ネタ! とにかく学生時代はマンガ一本だったと。

おぎぬま そうです。高校時代、出版社への初めての持ち込みも3人で行きました。その後、大学時代もいろいろ賞に応募したり持ち込みました。

■マンガのために一度は芸人の道へ

――当時からギャグマンガを描いていたんですか?

おぎぬま そのときはシリアスなマンガです。『進撃の巨人』の逆みたいな、小人が主人公で人間にお湯をかけられて全滅みたいな。

――でも、大学時代から学生芸人を始めたんですよね?

おぎぬま いくら持ち込んでもダメで、編集者に「向いてないよ」と直接言われたり、遠回しに芸人や役者を勧められて、真に受けたんです。大学卒業後、養成所に行ったんですけど、親もそのほうがいいという雰囲気でした。 

――入ったのはプロダクション人力舎の養成所だそうですが、何か理由は?

おぎぬま ユルそうだったから(笑)。でも、東京03さんとキングオブコメディさんが「キングオブコント」で優勝してノリに乗ってたんです。

――芸人生活は2014年までの4年ほど。もうマンガには見切りをつけていた?

おぎぬま いえ、誰にも言っていなかったけど、芸人として売れてマンガを描くつもりでした。芸人ってキャラが大事だから、元マンガ家志望というのは言ってましたけどね。

――あくまでも芸人はマンガ家への過程だと。

おぎぬま 最初はそのつもりでした。でも毎日が刺激的でめっちゃ楽しかったです。月収600円とか、お正月特番で朝5時から延々待たされてギャラがお餅1個だったときは、さすがに「地獄!」と思いましたけど。

――それが原因で再びマンガ家を目標にしようと?

おぎぬま いや、それでも芸人を続けていました。ライブに出るのがホントに楽しかったし、僕自身、画力はなかったけど、コントなら絵を描かず表現できるので。やってることはマンガと変わらなかったし、相性もよかったんです。ネタの時間も3〜5分で、マンガにするとちょうど15ページくらい。ギャグマンガと同じだから親和性もあって。

――「絵を描かず」ということは、イラストを使ったネタはやらなかったと。元マンガ家志望がウリなのに?

おぎぬま 芸人時代に何を一番得たかって、そこなんですよ。ユルいと思ってたのに、はやりのフリップ芸やキャラ芸を事務所から禁止されていたんです。だから当時はインテリジェントな人が多くて、複雑な世界観のネタが多かったんですよね。事務所からお笑い学みたいなものを、周りの芸人からは構成力を学べて、今でも感謝しています。

――ではなぜ芸人を辞めたんですか?

おぎぬま 結局、芸人として全然売れなかったからです。マンガ家を目指しているのにここでくすぶって死ぬのか。なら、せめてマンガ家で死のうと腹をくくりました。

■泣きの1年のはずがずるずると5年......

――では、辞めたことに未練はなかったと。

おぎぬま それが、ふたつ後悔があって......。実はYouTubeに僕のネタ動画がひとつだけ上がってるんですけど、超つまんないんですよ。なんの練習もせず急に会議室でやらされて、これがおぎぬまXだって思ってほしくないです。もうひとつが「夢のボインボール」っていうしょうもないおっぱいネタがあるんです。それがすこぶる評判悪くて、悔しいからマンガにもしたんです。『ジャンプ+』に掲載されているんですけど、今回の赤塚賞フィーバーでも150人くらいしか読んでなくて......。どうにか日の目を見て成仏させたいんです!

――また下ネタ! しかし、その5年後に、いよいよ赤塚賞を獲(と)ることになります。

おぎぬま 芸人の道も捨てて背水の陣だ、1年以内にデビューできなかったらもう終わりだと思ってて、その年だけで17回くらいマンガ賞に応募しました。2ヵ月で60ページ描いたり。そのときも、たまたまバイト先でマンガ家を目指す仲間に出会えて助けられました。今考えると、学生時代からRPGみたいに仲間が増えていった気がします。

――マンガ漬けの1年で可能性が見えたんですか。

おぎぬま それが全然。一応1次選考を通ったりはして、泣きの1年と決めて翌年はアシスタントをやろうと決めました。ただそれが、それまでで一番の地獄でしたね。

――厳しい先生についてしまったとか?

おぎぬま 違うんですよ。そもそも絵がヘタで全然雇ってもらえず、やっと漢気(おとこぎ)のある先生に出会えたんですけど、やっぱり絵がヘタすぎて役に立たず。力不足を痛感し、それがツラすぎて半年で辞めて。

――泣きの1年も結局ダメだったと。

おぎぬま 次の1年はお金も尽きてきたし、社会常識を身につけて引き出しを広げないとダメだと、働きながら描くことにしました。2、3ヵ月かかってやっとキャラクターデザインの会社に入れたんですけど、それが『キン肉マン』のおかげなんですよ。

――どういうことですか?

おぎぬま 僕、昔から『キン肉マン』が大好きで、超人募集に100体以上応募していたんです。それを社長に話したら「こんな根性あるやついないぞ!」と採用されたんです。普通、元芸人だとしゃべれるから営業に回されるところが「こんだけネタ出せるやつはいない」とキャラクターも描かせてもらえたんです。

――絵を描いてお金をもらえる貴重な環境ですね。

おぎぬま ただ、土日もキャラクターショーに駆り出されたり、とにかく忙しくてマンガを描く時間がなかったんです。なので、唯一の自由時間だった昼休みに、駅ビルの屋上で4コマを描き始めました。

――大変そうですけど、そのまま妥協してもよかったのでは?

おぎぬま 実際、戦隊ヒーローを作るときに脚本もやりたいと直談判したんです。通ったら会社に骨をうずめる覚悟で。でもダメでした。ロマンがあったけど、無理なら自分ですべてできるマンガで旗を揚げようと、会社を辞め、結局またバイト生活に逆戻りです。

――そこまでマンガを諦めきれなかったのはなぜ?

おぎぬま マンガが好きという以外になんだろう、執着なのかな。ただ、何度目の泣きの一回なんだと、さすがに焦ってました。だんだん出版社から相手にされなくなるし、だったら「もう俺は独自でいくぞ!」と思って、4コマバトルトーナメント(4BT)を勝手に始めたんです。ホントに僕が面白いのかわからなくなってたし、ほかのマンガ家と対戦方式で戦って、自分が面白いことを証明しようと。

――出版社に見切りをつけたり、腐り始めてますよね。

おぎぬま そのときはまだ平気だったんですよ、でも去年、自我が崩壊したんです。1年かけて4BTでいろんなマンガ家と戦って、結果、優勝したんですよ。ただ去年2回目の4BTを開催したら1回戦で惨敗。出版社にも認められず、自分でつくった道も壊れ、最悪ですよ。もう世の中からフェードアウトしてこもってやろうと、SNSも断って消息不明になったんです。

――自暴自棄ですね。それでもマンガは離さないんですね。

おぎぬま そのときのブログに書いたんですが、「世を捨て4コマの亡者と化すか...今一度、正マンガ道を歩むか...」で迷って、結局この世で誰よりも4コマを描くと決めました。令和になって、1年で4コマ1000本描くことを目標にしていて、今700本描いてるんですけど、樹海にこもって4コマ100本描いたり。もし僕が死んだら驚けとばかりに、誰にも言わず本当に突き詰めていました。 

――やることが極端ですね。

おぎぬま 山ごもりはたまにしていたんですよ、ボーイスカウトだったし(笑)。ほかにも渋谷から5日間出ずに4コマバトルしたり、4コマを100本描くまで断食したり。いろんな修行してきましたけど、やっぱりその環境でしか描けないものがあるんですよ。もし砂漠で描いたらどうなるのかとかも気になるので。

■赤塚賞入選も唯一残る後悔

――その"無の境地"で描いた作品が赤塚賞に入選しました。

おぎぬま めちゃくちゃうれしかったです。代々木公園で知らせを受けて、人前で転がってましたもん。最初の計画では5年くらいは世に出ないと思ってたんです。それどころか生前評価も諦めてました。それでも描き続けて、排水溝とかで4コマを抱きながら死んで、それが5000作目とかだと面白いなって。

――こんなに早く報われるとは思ってなかったと。

おぎぬま 何よりうれしかったのが、うすた京介先生の「短編映画を見てるようだ」というコメントです。芸人時代も「ハリウッド化されるネタ」とか言って、映画を意識していたんです。それを初めてわかってもらえた。

――授賞式ではゆでたまごの嶋田隆司先生にお会いしたと聞きました。

おぎぬま あ〜それ、一番うれしくて一番悔いが残ってるんですよ! 授賞式の日に「今週の『キン肉マン』が最高でした!」と言うつもりだったのに、実際お会いしたら感動しすぎて言い忘れちゃって。ホント後悔しかない......。

――現在発売中の『ジャンプSQ.』3月号では入選作『だるまさんがころんだ時空伝』が掲載されています。本作は4コマではなく15ページの短編ストーリー仕立て。ようやくデビューですが、最後に今後の目標を。

おぎぬま 単行本化やアニメ化など、マンガ家として希望はたくさんありますけど、やっぱり4コマを描くマンガ家を増やしたいですね。さっと入った喫茶店とかで、ひとりは4コマ描いてるくらい、はやらせたいなと思います。

●『だるまさんがころんだ時空伝』

現在発売中の『ジャンプSQ.』3月号に掲載。誰もが知る「だるまさんが転んだ」を題材に、シュールな世界を生み、第91回赤塚賞入選を果たした傑作。審査員を務めた麻生周一先生、うすた京介先生、大石浩二先生、つの丸先生、増田こうすけ先生ら現役ギャグマンガ家が大絶賛。29年ぶりの入選とあって話題に

●おぎぬまX
1988年1月26日生まれ、東京都町田市出身。中学生からマンガ家を目指すも、芸人やサラリーマン、そして無職になったりと紆余曲折の末、平成最後の日に世捨て人に。しかし昨年、第91回赤塚賞で入選し、人生大逆転(?)。公式Twitter【@oginuma_x】

取材・文/鯨井隆正 撮影/鈴木昭寿

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  • 赤塚賞と手塚賞は取っちゃいけない漫画界のジンクス。ゆでたまごも荒木飛呂彦も入選してない。
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  • 原点はキン肉マンか
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