(sic)boyとKMが語る、ラップシーンの新潮流 教科書に則ったスタイルから、オリジナルを生み出す試みへ

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2020年03月15日 12:02  リアルサウンド

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(左から)(sic)boy、KM

 ティーンからカリスマ的人気を誇るプロデューサ/ラッパー・釈迦坊主の主催するイベント『TOKIO SHAMAN』の出演やSoundCloudで発表した音源によって注目を集め、L’Arc-en-Cielのhydeからの影響を公言する、異色のラッパー・(sic)boy(ex. sid the lynch)。そしてBenjazzy(BAD HOP)をはじめとした若手注目株から田我流らシーンの中核を担うアーティストの楽曲のビートまで手がけ、幅広い音楽性を活かし活躍するプロデューサー・KM。そんな2人が世代を超えてタッグを組んだEPが『(sic)’s sense』だ。


(関連:【インタビュー写真】(sic)boy×KM


 本作を一聴して驚かされるのは、ロックバンド的なラウドさやダイナミズムに彩られ、それでいてヒップホップが流れるクラブのフロアを想起させるサウンド。2人の話を聞けば、この明確にジャンル分けすることのできない音楽が、互いのルーツと個性、飽くなき探究心が混ざり合い、ある種の必然の元に生まれていることがよりクリアに見えてくるだろう。同時に、ジャンルレスな楽曲を生み出しているZ世代のアーティストが次々と頭角を現している現在の音楽シーンに抱く、「彼らは突然変異なのだろうか?」という問いへの重要な示唆を与えてくれるはずだ。固定観念にとらわれやすい“ジャンル”というものについても今一度考えながら読んでみて欲しい。(高久大輝)


●「ヒップホップ好きな層だけに刺さって欲しいとは思ってません」
ーー『(sic)’s sense』がリリースされてから少し時間が経ちましたが、周囲のリアクションはいかがですか?


(sic)boy:KMさんのような、トラックメイカーの方と仕事をするのが初めてだったので、ミキシングやマスタリングも含めて、今までSoundCloudとかにUPしていたものに比べたら「聴きやすくなったね」と言ってもらえることが多いです。


KM:いい反応をたくさん貰って安心してますね。結構突っ込んだサウンドで、ヒップホップからもズレているし、ロックに寄せているかというとそうでもないので、居場所がないかなと思いつつやってみたら、メディアやDJ、SpotifyやApple Musicなどに取り上げていただいてびっくりしました。


ーージャンルを問わず幅広い層に聴かれ得る作品になりましたよね。


(sic)boy:噛み砕き方はリスナー一人ひとり違うと思うんです。だから、僕が作った曲をヒップホップだと思ってくれればヒップホップだし、ロックだと思ってくれればロックだし、J-POPならJ-POPだし。ポジティブに捉えられますよね、全部。


KM:EPが出来上がったときに、マネージャーから「これジャンルなんて書けばいいですか?」って聞かれて、「確かにわかんないよね」って話して。だからジャンルを2つ選べる配信サイトではメインをヒップホップにして、サブジャンルでロックにしたんです。だいたいの配信サイトではだいたい選べるジャンルは1つなので一応ヒップホップってことにはなってるんですけど、別にヒップホップ好きな層だけに刺さって欲しいとは思ってません。


ーーKMさんは別のインタビュー(参照:https://www.youtube.com/watch?v=keucM1EHRK0)で本作は「リミッターを外して作っている」とおっしゃっていますが、具体的にどういった部分に現れていると思いますか?


KM:そうですね。僕は、柔らかい優しいサウンドを目指していて。トラップスタイルからもう少し間口を広げたくて、音的にはフェンダー・ローズ(エレクトリックピアノの代表機種)やギター、ピアノだったりを取り入れながらやっていたんです。本作ではさらに踏み込んでいて、例えば「no.13 ghost」はもうちょっとでダブステップまでいっちゃうくらいの感覚で、エレクトロニックな音を使っていたりします。キック単体にしてもミックス的にかなり前に出てくるようにしていて。そういう要素はヒップホップからは少し敬遠されがちだったんです。やっぱりラッパーはリリックをキックの音に潰されたくないと思うので。けど彼のフックはキャッチーで繰り返しのフレーズも多い分、音で遊べたというか。


ーー本作はクラブユースもできるサウンドに仕上がっているところも素晴らしいと感じました。


KM:それも狙っていて。やりとりの中で彼のアイデアを具体化してトラックに乗せていくとどうしてもロックに寄り過ぎてしまうので。例えばイントロは入りやすくトラップスタイルにしてみて、それだけだと面白くないから、フックの最後だけギターサウンドに一回だけフリップしてすぐ戻すとか。このバランスはかなり話し合いましたね。


(sic)boy:はい。スタッフも含めて何度も聴き返しながら。


ーー「(sic)’s sense」のギターの音をスクラッチしたようなエフェクトもそういったバランスを考えて?


KM:ギターの音にスクラッチを入れることで、サンプルしているようなニュアンスに持っていけるんですよね。音楽的にはスクラッチが入ってない方がわかりやすいとは思いますけど、いかんせん彼のボーカルがラップとは言い難い歌い方になっていたので。スクラッチしたり、スクリューさせたりすることでトラップの文脈にギリギリ引っかかるように計算しました。


ーー(sic)boyさんは、フロウなどでこだわっていることはありますか?


(sic)boy:Bメロでもフックに持っていけるくらいキャッチーじゃないと納得いかなくて。サビであることを明確に示すよりも、キャッチーなメロディと同じコード進行が、ゆるやかにつながっていくのが強みだと思っていますね。ここをフックにしてもいいんじゃない? って話は結構ありました。


KM:「freezing night」なんてどこがフックかわからないよね(笑)。しかもブリッジでいきなりトラックが消えるんですよ。歌がメロディックなのにトラックの音が消えることって、今ならUSの音楽で何曲か頭に浮かびますけど、日本だとやってる人はあまりいなくて。そういう新しいアイデアも詰め込みましたね。


●「ヒップホップは自由でなきゃいけない」
ーー制作の中で2人が感覚を共有できていると感じた、あるいは違いを感じた部分はありましたか?


KM:僕が思うに、彼の聴いてる音楽は世代の幅が異様に広くて。例えば「Linkin Parkのあのアルバムのあの感じ」と言っても話が通じるし、「Limp Bizkitのあの感じ」って言っても伝わる。単純に詳しいんだなって思うことが多いですね。


(sic)boy:KMさんと制作したことで、リル・ピープやポスト・マローンとは違った、ロックとヒップホップの融合を間近で見れて楽しかったですし、衝撃的でした。KMさんとは、ルーツというか好きな音楽が同じだったりもするんです。


ーーリル・ピープのような所謂エモラップと呼ばれるサウンドを対抗馬的に意識していたりも?


(sic)boy:初めはそういう思いもあったかもしれないです。ただEPを作っているなかで、別の新しいカオスなものが生まれたかなって思えてからは、あまり気にしなくなりましたね。


KM:もちろんそういうサウンドに寄せることもできたんですけど、それだとタイプビートと変わらないので。日本人としてのロック、日本人としてのヒップホップという感性を大事に、素直に表現してみようという想いはあったかな。


ーーLimp Bizkitあたりは、(sic)boyさんの年齢を考えると少し上の世代かと思うのですが、どのように知りましたか。


(sic)boy:中学生の時にミクスチャーやロックはひたすら勉強していて。ディスクユニオンとかブックオフで中古のCDを買ってウォークマンに入れて学校に行ってましたね。売れてるアルバムは特に安いじゃないですか。そういうのをバーっと選んで買って。高校生のときはバンドもやってましたね。


KM:CD買ってたの?(笑)。あれ、兄弟っていたっけ?


(sic)boy:僕、2個上に兄がいて。


ーーお兄さんの影響などは?


(sic)boy:特にないと思いますね。兄は長渕剛さんとかをよく聴いてました。でも椎名林檎さんは兄から教えてもらいましたね。


KM:そういえば「(sic)’s sense」ってさ、最初に「椎名林檎っぽいの作りたい」って言ってたの覚えてる?


(sic)boy:そうっすね。あのタム回しですよね、サビ前の。


KM:「幸福論」ぽいのやりたいってね。跡形もないかもしれないですけど(笑)。


ーー出発点がそこにあるというのは驚きです。


KM:椎名林檎さんがポップスなのかはわからないですけど、日本人が持って育ってきている音楽の感性やポップスの感性は僕もあるし、たぶん彼の中にもあると思うんです。ただ通常、ヒップホップってそれを隠そうとする。USからの影響を受けたいと思って聴いてるから。もちろん僕もそういう部分を持っていたりもする。けど、僕が素直にポップスの感性を出したら、(sic)boyも素直にそのメロディに乗っけてくれたんです。


ーードキュメンタリー動画「夜のパパ」の中でKMさんがおっしゃっていた「日本人の耳になじみのあるサウンドに落とし込んでいくっていうのが自分の使命」という意識は現在もありますか?


KM:そうですね。ワールドワイドで戦える音を目指したいと思ったときに、わざわざLAで流行っている最新のビートシーンを一生懸命吸収したところで結局現地には敵わないと思ったんですよ。結局LAに持って行って「お前のスタイルはどんなものなんだ?」と言われて、LAで流行ってるビートを聴かせるのってちょっと恥ずかしいと思う。だったら逆に、日本人が考えているポップなセンスを研究して、トラップやハウスのフォーマットに落とし込んだ方が、音楽的な魅力が強くなるんじゃないかなと。日本人だけに聴かせるのではなくて、世界で通用させるためにポップな感性を残しているんです。


ーーなるほど。KMさんは以前Twitterで「ヒップホップをやろうとすればするほど、ヒップホップってジャンルからは離れちゃう」と呟いていましたが、もう少し詳しく教えていただけますか?


KM:そもそもヒップホップってジャンルじゃなくて、スタイルとか精神性だと僕は捉えていて。ヒップホップはまず自由でなきゃいけないと思っているんですよ。ハウスでもラップできるし、テクノと混ざったりした時代もあったし。ジャンルとして捉えると90’sのヒップホップだったり、今のトラップサウンドをイメージする人が多いと思うんですけど、僕が好きなヒップホップのスタイルは、まず音楽的に自由であるってことなんです。だから一般的にイメージされるヒップホップを作るのではなく、自分のアイデアでどうやって新しい音楽を作り出すかを指していますね。


●「(ミクスチャーは)ヒップホップサイドから敬遠されがちだった」
ーー(sic)boyさんのルーツについてさらに詳しく伺っていきたいと思います。「Hype’s」を聴いたときアニメソングのような印象も受けました。(sic)boyさんの曲には、〈呪印〉や〈霧隠れ〉といった『NARUTO』を彷彿とさせるワードも出てきます。アニメや漫画の影響は大きいですか?


(sic)boy:アニメも漫画も好きですね。意図してアニメソングっぽく作ろうとは思ってないんですけど……毎日自分のことだけ書いてても疲れが出てきちゃうから、漫画をさらっと読んで「この人どういう気持ちなんだろう?」って思いながら歌詞を書いたり、アニメを観たり漫画を読んだりして主題歌を勝手に自分で作ってみるみたいなこともしていて。そういえば、MAD動画(既存の音声・ゲーム・画像・動画・アニメーションなどを個人が編集したもの)ってあるじゃないですか。自分の曲を調べると出てきたりして、すごい嬉しいですね。


ーーフェイバリットな作品があれば教えてください。


(sic)boy:『NARUTO』と『ジョジョ』(『ジョジョの奇妙な冒険』)が好きですね。あとは『ソウルイーター』『ブリーチ』とか。リアリティがあるものよりも、非現実感というかちょっとファンタジックなアニメとか漫画が好きですね。


ーー(sic)boyさんはBring Me The Horizonがお気に入りと伺ったのですが、彼らからの影響もありますか?


(sic)boy:ありますね。Spotifyで去年一番聴いたアーティストはBring Me The Horizonでした。僕が高校生のときは、スクリーモに近い音楽性だったと思うんですけど、去年リリースされた『amo』でもっと好きになりましたね。その中でも1曲トラップに近いフロウがあったりして、すごく勇気を貰えます。ジャンルレスというか、核としてラウドなギターリフがあるんだけどメロディが綺麗でまとまりがあるバンドだと思います。過激なサウンドなんだけど、優しくもある。こういうバンドって日本では少ないんじゃないですかね。それが今回のEPにも、ボーカルに影響を与えてるかもしれないです。


ーー〈当たり前に変える時代の波〉(「(sic)’s sense」)というリリックもありますが、自分たちがシーンや音楽を更新していくという意識はありますか?


(sic)boy:めちゃくちゃ味方がいるかと言われたら別にそんなこともないので。競争したいっていうよりはめちゃくちゃ作り込んでいるだけ。他と比べたりすることはあんまりないですね。オリジナルなものを作っていろんな人を巻き込んでいけるようにすることが目標です。


ーー共鳴していると感じるアーティストがいたら教えてください。


(sic)boy:それこそOnly UとかLEXの活動は見ていて楽しいですね。もともと結構長い付き合いで。僕より歳下だけど、作る音楽は斬新だし好きです。あとOZworld a.k.a R’kumaくんとかweek dudusくんは、僕では全くできないフロウとか、リズムの取り方ができて、かっこいいですね。日本のラップシーンを、若い人たちが押し上げてる感じがして本当にすごいなと思います。これまでのラップとは、全く別のものとして聴かれちゃうのもわかるなって。


ーーKMさんは、(sic)boyさんのようなアーティストが登場している現在のヒップホップシーンについてどう感じていますか?


KM:ジャンルレスな音楽を作るラッパーがでてきたことはすごく面白いなと思います。僕の中高生時代は、Limp Bizkitとか、Linkin Parkみたいなミクスチャーがものすごい流行っていた時代でした。一方で国内のヒップホップでいえば、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの世代。ティーンズの僕らはどっちも好きで聴いてはいたんですけど、ミクスチャーとヒップホップが交わることはあまりなかったんです。


ーーその時代だとお互いにアプローチがあったとしても合流まではなかったと。


KM:合流していった人もいました。例えばRIZEのJESSEさんにはSORA 3000っていうMCネームもある。ただやっぱりクラブでは厳しい目でみられることがよくありました。DJ側からしたら音がラウドすぎてかけられないというか。「それはかけちゃだめでしょ?」なんて言われることも多かったんですよ。こう言ったら失礼ですけど、ヒップホップサイドからちょっと敬遠されがちだったと思います。今は自分の名前で曲を作ってご飯を食べてるし、そういうことは絶対言わないようにしようと思ってる。だから、「こうじゃなきゃヒップホップじゃない」みたいなことを言う人を弾き出せるような音楽で埋め尽くしていきたい。別にもっと好き放題やりゃいいのにって。そういう意識は若いラッパーにもあると思います。


ーー日本でのヒップホップの固定観念が生まれたのは、いつ頃ですか?


KM:おそらく90年代って輸入の時期だったんですよね。あまり情報がなくて「とにかくNYだ」って話になったと思うんですね。だからNYで流行っていたビートが、ヒップホップとして日本で根付いてしまった。それが00年代に入って、よりエレクトリックな質感を使うプロデューサーが出始めて、国内のプロデューサーも頑張ってUSの音に……USに追いつこうっていう、教科書に乗っ取った時期だったと思うんですよ。2010年代は、機材も進化してますし、そこからさらにオリジナルを出そうっていう試みがあった時期なんじゃないかな。


ーーヒップホップがより自由に表現されるようになったタイミングはありましたか?


KM:ゆっくり変わっていったと思います。DJも変わり始めた時期があったんです、YUKIBEB、DaBook、MARZY(YENTOWN)あたりが出てきて。所謂「クラブDJ」というよりも、自分が好きなサウンドをプレイに落とし込むDJが増えていった。その動きがSoundCloudの進化とかも絡まって、さらに加速していった。そのうち、MARZYがHarlemの金曜日の帯にいたりするようになって。ちょっとずつヒップホップのクラブDJのイメージも変わっていきました。


ーー(sic)boyさんはリル・ピープやXXXTentacionやカート・コバーンにも影響も受けていると思うのですが、彼らのような刹那的な生き方や早すぎる死について思うことはありますか?


(sic)boy:アメリカと日本の違いもありますし、あまり刹那的な生き方について考えることはないかもしれません。ただ、「死にたい」と感じることはあって、そういうときにはできるだけリリックをメモしてます。曲を聴いて共感してくれる人がいるって思うことで、孤独を歌ってるんだけど孤独じゃないみたいな。ネガティブな気持ちにならないように、自分を鼓舞しているようなところもある。同じように悩んでいる人たちにもちゃんと刺さってくれたら嬉しいですね。


ーーネガティブなことは歌に昇華しているんですね。精神的にもKMさんの存在は大きいですか?


(sic)boy:そうですね。


KM:音楽の話はもちろん、世間話もよくします。恋愛相談されたりもするし、「いつ結婚したんですか?」とかも(笑)。他の若手からも人生相談されることは多いですね。


(sic)boy:兄ともあまりしゃべらないし、部活も長続きせず先輩ともそんな口も聞かなくて。こうやって20歳を超えると圧倒的に相談できる大人がいないなと思って。KMさんと知り合ったのが去年の9月くらいで、最初はすごい緊張しましたけど、今はなんでも話せるようになって、年上の人とちゃんと話すことって大事だなと感じてます。音楽的なことだけじゃなくて人間的なことでも。


KM:あんまりそういうことを言っておじさん化されていくのは嫌なんだけど(笑)。


(sic)boy:違うんですよ! 人生の先輩みたいな。音楽以外で稼いでいる年上の人はいるんですけど、音楽シーンで、DJとかビートメイクを仕事にしている人に相談できるっていうのはすごい刺激にもなりますね。KMさんは自分の目標でもあるので。今までずっと1人でやってきたので心強いです。


ーーでは、最後に今後の活動についてもお聞かせいただけますか?


(sic)boy:4から6月に掛けて3曲リリースする予定です。僕らにもう1組客演アーティストを迎えた楽曲になっているので聴いてみてほしいです。


KM:どの月に誰との曲がリリースされるかは当日のお楽しみにしていただければ。三者三様でどれも自信を持って届けられるクオリティに仕上がっているので、ぜひチェックしてほしいですね。あとは、原曲とは違ったライブ構成も考えています。彼はギターもすごくうまいので、“バックDJとラッパー”っていう構成じゃなくてスペシャルライブセットみたいなものを今後はやっていきたいですね。(高久大輝)


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