【今週はこれを読め! エンタメ編】ド直球の家族小説短編集〜木村椅子『ウミガメみたいに飛んでみな』

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2020年03月18日 22:12  BOOK STAND

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『ウミガメみたいに飛んでみな』木村 椅子 光文社
「そもそもウミガメって飛べるんだっけ?」なんて野暮なことは言いっこなしだ。ウミガメだって人間だって、空くらいなら飛べるのである。固定観念は捨てるべきだ。

 本書は、これがデビュー単行本となる木村椅子さんの短編集。久しぶりにこんなド直球の家族小説を読んだ気がした。いずれの作品においても、家族の存在が重大な役割を果たしている。自分が若い頃に流行ったトレンディドラマなどでは、登場人物の若者たちの生活感のなさ(20代の若さでこんな広くておしゃれな家に住めるのはおかしいとか、なりたての社会人にとって一二を争う関心事であるはずの仕事に関する悩みなどがほとんど語られないとか)がよく取り沙汰されたが、とりわけ親をはじめとする家族の気配がまったくしないものが多いことがたびたび指摘されていたと記憶している。それにくらべて最近の若者たちは親や家族を大切にするよな〜という実感が、本書によって補強される形となった(木村さんの実年齢は掲載されていないのでわからないが、若い人が主人公となっている短編が多いので)。

 個人的に好きなのは、「その金色を刈り取るもの」。有名な不良として知られた兄を持つ羽村朋生は、中2の夏休みに髪を金色に脱色する。父親(この人も昔は不良)」にはからかわれ、母親にはため息をつかれたけれど、猛志兄ぃに「へぇ、なんだよ、案外似合うじゃねぇか」と褒められたので朋生は満足した。「金髪にしたことで気が大きくなっていたのか」夜の街をきままに自転車で流していた朋生は、廃墟のような家を発見する。窓から中の様子をうかがっているとき遠くからバイクの音が聞こえることに気づいた朋生は、兄と敵対するグループの園宮たちから隠れようと咄嗟に鍵のかかっていないドアからその家に飛び込む。助かったと思ったのもつかの間、「両手を上げろ」という声が。

 声をかけてきたのは、朋生と同じ中学2年生の利一だった。その家で自殺した兄の幽霊に会いたいと願う利一に、朋生は自分の秘密を打ち明けることに...。ブラコンと言ってしまえばそれまでだが、朋生も利一も兄の気持ちを理解したいと切実に願っている。そしてそのうえで、自分として生きて行くための一歩を踏み出そうとしている。我が子が息子たちであることもあって、こんな兄弟の心のつながりっていいなと思うし、まったくタイプの異なる朋生と利一が互いの個性を認めて友情を育んでいく様子にもぐっときた。

 表題作も注目すべきおもしろさ。とりわけ、主人公・孝一の父親が妻亡き後にはまった『まりりん☆ガッデス』なるアイドルグループまわりのディテールには、たまらないものがある。タイトルの『ウミガメみたいに飛んでみな』も『まりりん☆ガッデス』の「空くらいなら飛んでみな」に由来しているし、そもそもこのグループ名からしてナイスネーミングだしで、アイドルに明るくない私のような読者でも「こういうアイドルいそう!」「こんな曲名ありそう!」といったおかしみをダイレクトに感じられるのがすごい。

 そして最後にもうひとつ。著者が北海道のご出身だからかと思うが、登場人物たちの会話に「なまら」という言葉が何度も出てきたのがなんとなくうれしかった。北海道に親戚関係がなく道民の知り合いもほとんどいない私は、「水曜どうでしょう」でしか聞いたことがなかったもので。

 前言撤回。さすがにウミガメも人間も、空は飛べない。でも、孝一の母が力説したように(「あれ? 亡くなったんじゃなかったっけ?」←読んでみてのお楽しみということで)「飛べると思うことがまずは大事」なのだ。いやほんと、なまらいい短編集でしたよ!

(松井ゆかり)


『ウミガメみたいに飛んでみな』
著者:木村 椅子
出版社:光文社
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