『ザ・ノンフィクション』東京には何かがある「夢と涙の六本木 〜モモとチャムの上京物語〜」

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2020年03月30日 19:12  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

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日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月29日の放送は「夢と涙の六本木 〜モモとチャムの上京物語〜」。

あらすじ

 夜の六本木で働くために上京した二人の19歳女性。香川から上京し、ダンサーとして働くため祖父の家で暮らすモモ。家族仲は良好だが、小・中学校でいじめられたことがあり、コミュニケーションに苦手意識がある。職場のショーホールでも「ぼっち」でいることが多く、午前1時に閉店してからも店で始発を待つことすら気まずく、遠くのファミレスまで夜の街を歩く。そんなモモに先輩のしおりが声をかける。

 もう一人の主人公は栃木から上京したチャム。両親が幼い頃に離婚し、母親が家を出ていた時期もあり「自分は母に捨てられた」という思いを抱えている。チャムは中学の時から家に帰らず、年齢を偽りキャバクラで働き、友達の家で過ごしていた。指にある入れ墨のために普通の飲食店では働けず、六本木で働く。しかし母親とのわだかまりを解消しないと前に進めないと栃木へ帰省するが……。

上京したての若者の孤独――自分以外が皆、華やかに見える

 モモははいじめに遭った過去があり、就職先のショーホールでもなかなか人の輪に入れない。『ザ・ノンフィクション』ではこういった居場所のない若者に対し、世話焼きの気のいい先輩が出てくるケースが多いが、今回のしおりもいい先輩だった。しおり自身も宮城から上京している。

 しおりは「このままいったときに(モモは)誰にも何も聞けなくなったりとか、自分が行き詰まったときに誰も味方してくれないということになりかねない」とモモを案じる。しおりは聞き上手で、モモの話をうんうん、とただ聞いていた。しおりの包容力を前に、モモはいじめられた過去や、部活動などもしておらず、先輩に対して何が失礼かどうかもわからず輪には入れない、一緒に暮らすおじいちゃんにも香川の友達や家族にも心配かけるから言えなかった、と気持ちを涙ながらに吐露していく。そんなモモの話をしおりは聞きつつ「自分から距離をつくることは相手も近づいてはくれないから」と金言を繰り出す。その後番組の最後では同僚と笑顔で会話するモモの姿が見られた。しおりのような知り合いが私も欲しい。

 就業や就学で上京したての若者の孤独感は独特だ。「若者=生きてるだけで楽しい青春の日々」というイメージだけはあるが、現実はどうってことのない日々が続く人の方が多いはずだ。しかし「若者=青春」の華やかなイメージだけはあるので、周りの若者は皆要領よく楽しそうに華やかに過ごしているのになぜ自分だけ冴えないのだろう、こんなはずでは、と焦燥感を募らせる人もいるはずだし、私自身そういう若者だった。

 今だとSNSで他人のリア充ぶりがこれでもかと目に入ってくるので、今の若者の孤独や焦燥感は10年前の若者より強いかもしれない。しかし、いじけているだけではしおりの言う通り、相手も近づいてくれないのだ。まずは居場所をつくるスタートを切れたモモを見て安心した。

 もう一人の主人公、チャムは上京したものの母親に対する積年のわだかまりや寂しさにキリをつけないことには前に進めないと判断したのか、帰省し思いの丈を母親に訴える。しかしその時は夕飯時だったようでチャムの母親の前にはジョッキがあり、おそらく母親は、チャムの重大な告白を酔いが回った状態で聞いたのではないだろうか。

 酒が入っている相手に「相手を責める要素の入った非常にデリケートな話をする」のは、タイミングとしてはかなりまずい。母親自身も昔はやんちゃだったとあり、チャムの告白で母親はかなりの逆ギレ状態になり、売り言葉に買い言葉の罵り合いに発展。最悪な形で告白は終わった、かのように見えた。

 しかし母親は後日、チャムに手紙を送っていた(チャムに対する謝罪というより、チャムの気持ちもわかる、という体だったようだが)。しかしその手紙でチャムは満足だったのだろう。番組の最後ではチャムが指の入れ墨を消そうと病院を訪れた際、母親が付き添っており、親子関係には歩み寄りが見られたようだ。もうちょっと穏やかな感じで行けないのだろうかといち視聴者として思うが、親子や夫婦関係といったディープな人間関係においては、当事者が互いに納得しているのならば、結局はそれでいいのだろう。

「東京」の力は今の若者にも顕在だった

 私は上京して20年を超えるが、当時と違い、今は地方と東京で買えるものに差はなくなった。また、ネットサービスの普及や進歩で地域の娯楽・文化格差も弱まり、地元にいるほうが金がかからず快適な暮らしができると考える人も増えたと思う。そんな中でもモモとチャムは上京してきた。まだ東京が必要な若者もいるのだ。

 個人的に初めて六本木に行ったときは、駅前にある首都高の高架が視界をふさぎ薄暗いせいもあって、「大したことないじゃん」と思ったものだ。しかし銀座四丁目の和光の時計台、新宿西口の高層ビル群、丸の内の瀟洒な高層ビルと石畳の道を見たときは、「東京ってなんてきれいなんだろう」と興奮したのを今でもはっきり覚えている。この間、夜の銀座に行ったらいまだにドキドキして、気持ちが色褪せてないことがうれしかった。ピチカート・ファイヴの名曲「東京は夜の七時」は、このワンフレーズだけで東京の「何かいいことがありそう」感があふれている。

 かつて母親と東京の街をドライブしていた際、母親が高層ビル群を見て「こんなところで働いていたら自分を偉いと勘違いしそうだ」とつぶやいていたのが印象的だった。確かに東京は人を勘違いさせる側面もあるだろうが、勘違いさせるほどの何かがある街とも言える。

 次週のザ・ノンフィクションは『余命3年の社長と刑務所を出た男 前編〜塀の外の夢と現実〜』。元受刑者を最も受け入れている北海道・札幌市の北洋建設。約50年前から元受刑者を積極的に採用し、その数は延べ500人を超えるという。同社社長の小澤輝真(45歳)は進行性の難病「脊髄小脳変性症」を発症し、余命3年と言われる中で、採用活動を続けている。小澤の活動と、小澤のもとで働くことになった元受刑者を見つめる。

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