2020年は量子コンピュータ元年? 実用化の可能性やAIとの関係を考える

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2020年04月03日 07:02  ITmedia NEWS

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写真カナダD-Waveの量子アニーリング方式の量子コンピュータ「D-Wave 2X」
カナダD-Waveの量子アニーリング方式の量子コンピュータ「D-Wave 2X」

 今回は、世界各国でその開発に巨額の資金が使われている「量子コンピュータ」とAIの関係を考えてみたい。量子コンピュータはさまざまな分野に影響を及ぼすといわれている。その活用事例を見る前に、まずは量子コンピュータとは何なのかを解説したい。



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●量子の世界と量子コンピュータ



 量子コンピュータとは何かという話に入る前に、それを実現する土台となっている量子力学の世界を整理する。



 鉄や銅といった、何らかの物質を細かく分解していく作業を想像してほしい。よく説明に使われるのは水(H2O)なので、ここでも水を分解してみたい。しばらくすると、水という物質はこれ以上分解できないレベルに達する。これが分子だ。水の分子は、さらに小さな原子という単位によって構成されており、水の場合は水素(H)2個、酸素(O)1個の計3個の原子で成り立つ。



 特別な力を使って、この原子の内部をのぞけるとしよう。すると原子はさらに小さな単位である原子核と電子で構成されており、原子核は陽子と中性子から成ることが分かる。この原子や、それを構成する電子や陽子、中性子といったものを「量子」と呼んでいる。トライグループが公開している動画も参考になる。



 こうした量子がどのような特徴を持つのかを研究するのが「量子力学」で、その発展により、量子の世界には私たち人間が住む世界とは大きく異なる点があることが分かってきた。



 例えば、量子コンピュータに深く関係する重要な特徴の一つに、「状態の重ね合わせ」と呼ばれるものがある。私たちの世界では、ある空間に何かがある(1の状態)、それとも何もない(0の状態)という状況は同時には起こり得ない。



 そこにあるかないか、1か0かのどちらかだ。しかし量子の世界では「1でも0でもある」という状態、より正確に言えば「1から0にかけての状態が連続している」状態も起きるのである。つまり、それだけ多くの情報を重ね合わせて同時に表現できる。



 「量子もつれ」と呼ばれる現象がある。これは2つの粒子がもたらす現象で、量子もつれの状態にある2つの粒子の片方に何らかの影響が加わると、それがもう片方の粒子にも伝わるというもの。すぐ近くにある粒子間だけでなく、粒子が離れた場所にあっても「量子もつれ」が起きる場合がある。つまりある粒子が持つ状態=情報を、同じタイミングで別の粒子にも関連付けられることになる。



 こうした量子の特徴を生かすことで、多くの情報を重ね合わせたまま、並列で処理することが可能になる。それを実現したのが量子コンピュータだ。従来のコンピュータでは、最小の情報単位(ビット)が持つ値は0か1の2通りしかなく、それを順に処理していくしかなかった。それと比べれば、いかに量子コンピュータが高速で情報処理できる可能性を秘めているかが分かるだろう。



 例えば、2019年10月に米Googleが科学誌Natureに発表し、大きな注目を集めた論文では、同社が開発した量子コンピュータ「Sycamore」が、従来のスーパーコンピュータが処理に1万年を要する演算を、たった200秒で行うことに成功したと主張している。



●量子コンピュータ実用化への期待



 現代は、あらゆるモノがネットにつながるIoTの時代だ。いま注目が集まる5Gが整備されれば、それらが扱うデータのやり取りが一層進むことになる。



 調査会社のIDC Japanは、IoTのエンドポイントデバイスが年間で生成するデータ量が、18年の13兆6憶GBから、25年には5.8倍の79兆4憶GBに達すると予測している(20年2月時点)。



 従来型のコンピュータの処理能力向上は限界に達しつつあるといわれていることもあり、膨大な量の情報を高速処理できる量子コンピュータへの期待が高まっているわけだ。



 しかし、実用化はそう簡単ではない、従来と比べてハードウェアが異なるのはもちろん、それを機能させるための情報処理の手順やアルゴリズムも大きく異なる。そのため量子コンピュータの概念自体は1980年代から議論されているのだが、実用的なシステムやサービスという形で一般の話題に上るようになったのは、2010年代に入ってからだ。



 特定の課題に対応することに特化したタイプも登場していることが、話を複雑にさせている。



●量子アニーリング方式と量子ゲート方式



 例えば、11年にはカナダに拠点を置くD-Wave Systemsが、「D-Wave」という量子コンピュータの開発に成功したと発表した。



 このD-Waveは、「量子アニーリング」と呼ばれる方式を使って実現されたものだった。これはいわゆる「組合せ最適化問題」を解くのに適した方式で、汎用(はんよう)的なものではない。組合せ最適化問題は、指定された条件下で、特定の指標が最も良い状態になるような変数の組み合わせを求める問題のことだ。



 汎用的な、つまり特定の用途に限られない量子コンピュータの開発も進められているが、当然ながらそちらのほうが実現は難しい。それを実現する方式として現在主流なのが「量子ゲート方式」で、GoogleのSycamoreもこれを採用している。ただし量子ゲート方式であればどんな演算でも高速で処理できるわけではなく、高速処理が可能なアルゴリズムには制限がある。実はGoogleが発表した論文でも、彼らに有利な条件で検証したのではないかという批判が出ている。



 いずれにしても「どんな問題でも瞬時に解ける夢のコンピュータが実現された」という状態ではなく、まだ発展途上の技術といえる。だからこそ、世界各国でこの分野への大規模な投資が行われているわけだ。



 一方で、大手IT企業はクラウド上で量子コンピュータを使えるサービスを次々と発表している。16年には米IBMが「IBM Quantum Experience」を開始し、19年11月には米Microsoftが「Azure Quantum」を、12月には米Amazon.comが「Braket」を、それぞれ立ち上げた。



 これらはあくまで「現時点で実現されている量子コンピュータの性能にアクセスできる」サービスであり、使い手の側にも試行錯誤が求められるが、こうした商用化の進展を受けて、「2020年は量子コンピュータの導入元年になる」と予測する人々もいる。



●量子コンピュータとAIの関係



 前置きが長くなったが、こうした量子コンピュータの実用化がAIにどのような影響を与えるかを考えてみたい。



 最も分かりやすいのは、量子コンピュータの情報処理能力によって、より大量のデータを使った機械学習が可能になるというシナリオだ。大規模なデータを、より短時間で処理可能なコンピュータがあれば、それだけ高度な機械学習を行える。実際にMicrosoftのサティア・ナデラCEOは、17年9月に開催された自社イベントで、量子コンピュータが応用可能な領域の一つとして「機械学習の高度化」を挙げた。



 しかし、量子コンピュータで大量の教師データを扱う仕組みはまだ研究段階にある。いくつかのアプリケーションで実装された例があるものの、量子コンピュータによる機械学習の実用化を進めるためには、新たなコンセプトで設計し直すことが必要だという声もある。



●暗号技術への影響は



 近年は量子コンピュータによって、現在の暗号技術が破壊されてしまうのではという懸念が広がっている。いま、電子証明書などで広く使われている「RSA暗号」という技術がある。これは簡単に言うと、「コンピュータで計算させれば暗号が分かってしまうが、計算に長い時間がかかるために暗号としての強度が保たれる」仕組みだ。だが、量子コンピュータがあれば、その前提が崩れて暗号技術としての意味をなさなくなるかもしれない。



 このように、圧倒的な計算能力の向上が、これまでの各分野の常識を変えていく可能性は十分にある。量子コンピュータ技術の活用事例について、広くアンテナを立てておく必要があるだろう。



●量子コンピュータの活用事例



 最後に、量子コンピュータの具体的な活用事例を紹介したい。



 量子コンピュータの応用先として期待されている分野の一つが、交通問題だ。テレマティクス技術の発展で、道路を走行する自動車からデータを集め、それを管理することは現実的になってきたが、都市全体で全ての交通を管理するとなれば話は別だ。処理すべきデータは膨大で、リアルタイムな処理も求められる。そこで量子コンピュータの出番になる。



 ドイツのフォルクスワーゲングループは17年11月、Googleと量子コンピューティング分野で包括的な研究を行うことで合意した。その目的の一つが、交通の最適化だ。その1年後、同社はD-Waveと共同で、量子コンピュータによる都市交通管理システムの研究成果を発表した。これはバスやタクシーといった交通機関をどのように配置すれば、最も効率的に人や物資を移動できるかという「組合せ最適化問題」を、量子アニーリング方式で解くアプローチだった。



 19年11月には、フォルクスワーゲンとD-Waveがこの交通管理システムの実証実験を、ポルトガルのリスボンで実施。市内を走る一部のバスの走行経路を、量子コンピュータが算出した結果に基づいて決めたという。



 日本だと、例えばリクルートコミュニケーションズがマーケティングにおける量子コンピュータの活用法を模索し、研究開発をしている。その具体的な例の一つが、Webサイト上でのユーザーに対する情報提供の最適化である。



 同社は19年5月に開催された経済産業省の政策シンポジウムで、D-Waveによる量子コンピュータの活用例を発表した。同社は旅行サイト「じゃらん」上で、ユーザーに宿泊施設の情報を提示する際に、その表示順序を決める複雑な計算に量子コンピュータが使えないか検証したという。従来は人気度の高い宿泊施設を上位に表示していたが、表示結果の多様性を実現するために条件を加え、その中で「最適な組み合わせ」を導き出すために量子コンピュータを活用した。実験の結果、実際に売上増加に効果があったとしている。



 社会問題の解決にも、量子コンピュータが役立てられている。東北大学が行っているのは、災害時における最適な避難経路の算出だ。例えば地震によって大きな津波が発生した場合、自動車で逃げようとする人々が大量に発生し、道路が渋滞してしまう。それを防いだ上で、人々を円滑に安全な場所へ誘導するようなシステムの構築に、量子コンピュータを活用している。



 実際に彼らは、高知県高知市の地図を使い、市内に点在する避難場所に自動車を誘導するモデルを構築。避難経路が被らないように調整することで、従来のコンピュータを使った場合に比べて渋滞の発生を抑えられたという。



 量子コンピュータが具体的な価値を生み出す領域として、交通やロジスティクス、マーケティング、さらには新素材開発や創薬といった分野が有力視されている。こうした事例が既に登場していることには注目すべきだろう。



 一方で、新技術には過度な期待が生まれがちだ。AIブームと同じように、多くの期待と失望が繰り返される中で、広く社会に普及する革新的なサービスが生まれてくるだろう。


このニュースに関するつぶやき

  • 量子コンピューターで武漢ウィルスの特効薬を開発して下さい。
    • イイネ!7
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